現代病

今回の御話は1月の揃いも揃って真面目そうにて、僕たちが2本目にやらせてもらった「現代病」という劇??の第一校の小説版となっております。
是非、本番との違いを楽しんでください!



 目の前に広がるは暗闇。一点の明かりもない漆黒である。
 視覚だけではない。聴覚も嗅覚も、全ての感覚がなくなったかのようなこの空間。
その空間にたどり着いてからどれほどの時間が経っただろう。ここでまず一つの感覚が何かを受信した。それは聴覚である。
真っ暗闇の中でその耳に響いてきたのは、どこからか聞こえてくる、コツコツ、という人が歩いてくる音であった。
 決してその姿を見ることはできないが、何やら人が近づいてくる気配だけは感じることができる。
 すると突然の照明。しかし不思議なことに、真っ暗闇に突然明かりが差したはずなのに、目がくらむことがない。どうやらここは普通では考えられないような世界らしい。
 真っ暗闇に差す一本の明かり。その明かりの下には、男が一人。この男の顔をはっきりと見えているのに、なぜかどんな顔かしっかりと見ることができない。
 果たして今この場には私とこの男しかいないのだろうか。いやそもそも、私とはだれなのだろうか。
 するとその男がおもむろに話し始めた。
「現代病。それは時代の流れの中で新しく生まれた、いわば新種の病。悩みや争いの多いこんな時代が産んだ闇とでも言いましょうか。」
 男の語り口は何とも言えない味を醸し出していた。
「糖尿病を代表とする生活習慣病に、アレルギーなどの生活環境病。科学の発展によって世の中が便利になる一方、それによって生まれるひずみもあるようで。便利になるばかりがいいことではないのかもしれません。」
 男は皮肉たっぷりにそういった。
「現代病はその名の通り現代に生まれた病。その性質からか、今までの医学だけでは到底太刀打ちできないものもあります。」
 医学がいくら進歩しようとも治らないものもあるのだ。おそらく人類が存在し続ける限り、いたちごっこのように進んでいくのだろう。
「そんなときに頼られるのが民間療法というもの。民間療法というと一件怪しく聞こえるかもしれませんが、おばあちゃんの知恵袋だったり音楽療法だったり、皆さんが一度は聞いたことがあるようなものも含まれたりするんです。もちろん、中にはあまり評判の良くないものもあるようですが。」
 ここで男はニヤリと笑ってみせたが、その笑顔を今まで見てきたどんな笑顔よりも背筋を凍らせた。
「さてこんなところにも一人、現代病に苦しむ若者とその治療にあたる人が。」
 男がそう言い終わると、先程までの暗闇が一変、男性二人が向き合う姿が目に飛び込んでくるのだった。

「それで、どうして今日はここに?」
 メガネをかけた男は、もう一人の男性に向けて尋ねた。
「あ、いや、ここなら民間療法でしたっけ、それが受けられるって聞いたもので。」
 もう一人の男は少し緊張した面持ちで答えた。
「なるほど。」
 相手をまっすぐに見据えながらそう言う。
「あの、よろしくお願いします。」
 男は軽く頭を下げた。
「正直、私たちみたいな民間療法を行う人のことをインチキだとかそういう風に言う人もいます。」
 メガネをかけた男は、深くため息をついてからそんなことを話し始めた。
「はあ。」
「科学的根拠がないと言われればそうかもしれません。でも、私たちは長年の経験に基づいた上でやっているんです。科学的根拠こそないかもしれませんが、それではむしろ根拠は何かと問われれば、私たちがやってきたこと全てですよ。」
「なるほど。」
 メガネ男の力強い口調に、そう答えるしかなかった。
「残念ながら、こういった活動は私も生きるためにしていること。ですのでもちろんお金はいただきますし、現代社会では医療としては扱われていないので保険も適用されず、それなりに値も貼ります。」
「はい。」
 もちろん男はそれは覚悟の上でのことだった。
「でもね、私は皆さんのためを思ってこういった活動をしているだけなんですよ。だから、そこだけは勘違いしないで頂きたい。」
「もちろんです。」
メガネ男は男の反応を見て納得したようだった。
「まずは事前にアンケートに答えていただいたり、検査を受けていただいたので、それと照らし合わせていきますね。」
「はい、お願いします。」
「うんうん、なるほど。」
 メガネ男は手元の資料を何やら確認しながら頷いた。
「頭痛に眠気、耳鳴りに倦怠感。そういった症状が定期的にやってくる、と。ちなみに他の病院ではなんと言われましたか?」
「風邪か、ストレスから来るものじゃないかと。」
 男ははっきり言ってそんなあいまいな診断結果に納得いっていなかった。
「うんうん、まあそれが医療の限界ですよね。」
「限界ですか?」
「はっきり言います。限界です。」
 メガネ男は強い口調で言い放った。
「でもあなたとしてもそうですよね。満足いく診察を受けられなかったから、ここを尋ねてくださったわけでしょう?」
「まあ、はい……」
 図星すぎて男は何も言えなかった。
「あなたのその判断は正しい。」
「本当ですか?」
 男はその言葉に救われる思いがした。
「あなたの場合、これは間違いなく、今はまだあまり認識されていない現代病の一種です。」
「現代病ですか?」
 現代病と言われても男にはあまりピンとこなかった。
「はい。病名はズバリ、サブスクリック症候群です。」
「サブスクリック症候群?」
 男は思わず大きな声で聴き返した。
「はい。サブスクリプションは当然ご存知ですよね?」
「はい、もちろん。音楽だったり映画だったり、そういうのが月額いくらで聴き放題、見放題になるサービスですよね。」
「その通り。もちろん使われてますもんね?」
「はい。」
 男は事前にアンケートにもそんなことを書いたので、大して驚かなかった。いやむしろ、アンケートを書く際に、そんな質問をされたことに驚いた。
「えーっと、契約されているのは……」
 メガネ男は資料に目を落とす。
「あ、音楽と、映像系のを何本か。あと最近は水とかも試してみました。」
「なるほど。」
 メガネ男はゆっくりと頷いた。
「ズバリ、それが原因ですね。」
「え、サブスクが原因なんですか?いや、え、まさか、なんかあれですか、変な洗脳の音楽とか映像が流されてるとかそういうことですか?もしやあの水にも?」
 男の不安は募るばかりだった。
「落ち着いてくださいよ。違いますから。」
 メガネ男はなだめるような口調でそう言った。
「冷静に考えてください。サブスクを提供する会社だってそんな危険を冒したりすると思いますか?」
「それはまあ、確かに。」
 そう言われればと男は納得した。
「じゃあ、サブスクが原因ってどういうことですか?」
「いいですか、数多の情報を手に入れられるこの時代、あなたは自分のキャパを遥かに超えるサブスクと契約してしまっているんです。」
「キャパオーバー、ですか。」
「そうです。その結果あなたは、いわばサブスクリプションの犬になってしまってるんです。
「サブスクリプションの犬?」
 聞きなれない言葉に、男はまたもや大きな声で聴き返してしまった。
「とりあえず、という一時の感情だけでいくつものサブスクリプションに入ってしまい、その結果、結局ひとつも満足に使えずに毎日、毎月をのうのうと過ごしてしまっている、そんな人たちのことを専門用語で、サブスクドッグと呼びます。」
「サブスクドッグ?」
今日は聞きなれない言葉のオンパレードらしい。
「もうそれ、ペットのサブスクリプションみたいじゃないですか。」
「ほら、その発言もそう。サブスクに毒されてるんですよ。」
「ええ……」
 つまらなかったかもしれないが、渾身のボケをつぶされた気分だった。
「いいですか。あなたとしてはちょっとした面白要素のつもりだったかもしれませんが、まずその発想が、サブスクリック症候群の症状のひとつなんです。」
「今のがですか?」
「ええ。なんでも定額脳になってしまってるんです。」
「定額脳ですか……なるほど。」
「でも安心してください。正しい治療をすれば治りますので、とりあえず少しずつ治療をしていきましょう。」
「はい。」
 男は真っ直ぐな目で答えた。
「当面の間は、お仕事が休みの土日を使って治療を進めていきたいんですけど、大丈夫そうですか?」
「はい……えっと、具体的には何をすれば?」
「まずはうちの提携先であるレンタルショップに行ってもらいます。」
「レンタルショップっていうとDVDとかCDを借りられるあのレンタルショップですか。」
「そうです。その施設で土日を過ごしてもらいます。」
「過ごす、ですか。」
「子供の頃とかにそういった店に行ったことありませんか?」
「ああ、もちろん。それこそ土日になると親と一緒に行きましたよ。」
「そうでしょう。そこで、今日は何を借りようか、と心ときめかせたこともありましたよね?」
「ああ、ありましたね。」
 男は、幼かったあの頃、土曜日になると家族でレンタルショップに出かけ、そこで何を借りようかと真剣に悩んでいた自分を思い出し、なんだか懐かしい気分になった。
「大丈夫ですか?」
「ああ、はい。すみません。」
「いえいえ。なのでまずは、あの頃の感覚を思い出してほしいんです。」
 メガネ男は真っすぐを目を見ながらそう訴えた。
「だからまずはレンタルショップに行ってもらって、そこで店長の指示に従ってください。」
「分かりました。」
「とりあえず、お会計の後であとでお薬と一緒にそのレンタルショップの住所もお渡ししますので、今週の土曜日から頑張ってみましょう。」
「はい、お願いします。」
 男は深々と頭を下げると、部屋を後にした。
 すると何やら、メガネ男がぶつぶつと言っているのが聞こえてきた。
「危ない危ない、危うく勘づかれるところだった。あいつの言う通り、音楽や映像、そして水の中に洗脳要素を混ぜることでこういうところに来させ、そうしてそういった奴らを治療と称してレンタルショップなどの提携先に送る。そうすることで様々なところが潤い、経済が回るってわけさ。」
 メガネ男は急に立ち上がると、何やら点を見上げながら独り言を続けた。
「ああ、サブスクリプションはなんて素晴らしいシステムなんだ。」

 すると辺りは再び真っ暗闇に覆われた。ここが非現実な空間だったことを思い出させる。
 そして先程と同じように、暗闇に響く足音、貫く明かり、はっきりとしない顔の男。
「皆さんが使っているそのサブスクリプションにも、実は大きな陰謀が隠されていたりするかもしれません。ああ、実は私も最近、頭痛が酷いんですよね。どこかいい病院をご存知ありませんか?」
 それだけ言うと、男はあの笑顔のまま、闇と同化していくのだった。

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