輪行袋

「いらっしゃいませー!」
 彩世は家の扉を開けると、ほのかと命(みこと)にそう言った。
「お、お邪魔します。」
「失礼します。」
「何、緊張してない?」
「そりゃあろそうよ。」
「うん。」
「大丈夫だって。今日はママも出かけちゃっていないし、自分の家だと思ってくつろいじゃってよ。」
 彩世のこの圧倒的陽の気にはいつも充てられていたが、今日は自分がいつも以上に陰な分、ただただ圧倒されてしまった。
「とりあえず部屋にいこっか。」
 彩世の後ろをぴったりとくっついて離れない二人。なんだかここで距離ができると、不安な気持ちになる気がした。
「ここが私の部屋なんだ。」
 そこは、いかにもザ・女の子の部屋といった感じの、ピンクで染め上げられたまさしく彩世の城だった。
「すごい。」
「輝いてるね。」
「いやどこがよ。全然普通でしょ。」
 笑いながらそういう彩世は、本音でそう言っていたんだろうが、なかなかどうして真っ直ぐには受け止められない。
「私の部屋はもっと散らかってるから。」
 ほのかは申し訳なさそうに言う。
「私の部屋は、もっと茶色い。」
 大真面目にそんなことを言う命。大真面目が故に、二人は笑ってしまった。
「えー、私おかしなこと言ったかな?」
「茶色って。」
「普通に木製の家具ってことじゃないの?」
 二人は笑いが止まらなかった。
「そうなんだけどー。」
 命は少し怒ったように言ってみせた。
「なんか、命のおかげで少し緊張が和らいだかも。」
「私も……なんか緊張してたのが急にばかばかしくなっちゃった。」
 命もそう言って笑った。
「それならよかった。あ、お茶でも持ってくるからちょっと座ってて。」
「うん、ありがとう。」
 二人は荷物を降ろすと、綺麗に配置されたクッションの上に腰をかけ、部屋中を見渡した。
「それにしてもすごいよね。」
「うん、さすが彩世って感じ。」
 そんなことを話していると、ふと部屋の隅に置かれた大きなバッグというか袋が目に入った。
 確かにそれもこの部屋の他のもの同様、ピンク色ではあったが、少しばかり異質な雰囲気を放っていた。
「ねえ、あれなんだろう。」
 先に気づいたほのかが尋ねる。
「え、どれ?」
 ほのかが指差す方を見る命。
「んー、なんかのバッグかな?」
「でもなんか、ちょっと雰囲気が違くない。」
「確かに。」
「それに、やけに大きいよね。」
 その袋は学校やちょっとした旅行に持っていくには大きすぎるように見えた。
「うん。でも海外旅行とかそういうのなら、普通はキャリーバッグとかだよね。」
「そうだよね。」
 二人はその袋から目を離せずにいた。
「お待たせー。」
 彩世が部屋に戻ってきた音で急に現実に引き戻された二人は、びくっとした。
「どうしたの?」
「ううん、なんでも……」
 二人が見ていた方向を見て、合点がいったのか彩世は、あー、と言った。
「それのことね。」
「ああ、うん。なんかじろじろ見ちゃってごめん。」
「いいのいいの。」
 彩世は持っていたお盆を一度テーブルの上に置くと、その袋の方に行った。
「これはね、人を入れて運ぶ袋なの。」
 ニヤニヤした彩世の表情から、それは明らかに冗談なのが分かった。
「ごめんごめん、冗談だってば。」
「それは分かるわよ。」
「そっか。」
 彩世はぺろって舌を出した。
「これはね、輪行袋、もしくは輪行バッグっていうの。」
「「リンコーバッグ?」」
「そう。私のお父さん釣りが趣味って話したことあったっけ。」
「ああ、前に聞いたことある。」
「私は初めて聞いたかも。」
「そっか。そう、私のお父さん、釣りとかそういうアウトドアな趣味が多くて、これはその趣味の一つ、自転車に関係あるものなの。」「自転車?」
「そう。例えばどっかに遠出して、その遠出先で自分の自転車に乗りたいとするでしょ?」
「レンタルとかじゃなくってこと?」
「うん、そうそう。そういうとき、このバッグに自転車を入れることで電車とかにも乗れるのよ。」
「ああ、なるほど。」
「自転車用入れみたいなこと?」
「そうそう!」
「へえ、すごいね。」
「初めて見たー。」
「まあ私はあんまり自転車好きじゃないんだけどね。」
 彩世は笑いながら言った。
「え、なんで?」
「だって、足が太くなっちゃいそうじゃない。」
 彩世はしたり顔で自慢の脚線美を見せながらそう言い放った。
 やはり、陽の気に充てられてしまいそうだ。

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