トンボ

 最近新しいゲームを買ったから一緒にやらないか、と誘われ、勇樹は陽介の家に来ていた。
 もちろん、英一も誘っては見たが、今日は彼女とデートなんだ、と罰の悪雄な顔でそそくさと帰っていった。
「じゃーん!」
 さっきの英一の断りが予想以上に刺さったのだろう。いつも元気な陽介ではあったが、いつもよりも空回りして見えた。
「お、『べえすぼおるまん』じゃん。最新作出たんだっけ。」
「そうなのよ。まあ子供の時ほどはプロ野球とか見なくなったんだけどさ、ついつい『べえすぼおるまん』だけは勝っちゃうんだよねえ。」
「その気持ちは分からんでもないな。」
「さあ、早速やろうよ。」
 スイッチオン、と言いながら、陽介がゲームを起動した。
「もう結構プレイしたの?」
「ちょっと触ったくらいかな。」
「今日は何するの。」
「やっぱり、選手育成っしょ。」
「まあそっか。舞台は、高校?」
「そうそう。」
「はあ、高校かあ。」
 ため息をつく勇樹。
「え、どうしたの?」
「いや、このシリーズ自体は結構昔からやってるだろ?」
「まあ、そうだね。」
「それこそ小学生くらいのときにプレイした時には、高校野球なんて遥か遠い存在だったけど、もう俺たちもそういう年なんだぜ。」
「確かに……もう僕たちと同い年の人が甲子園で戦ってるんだもんね。」
「そうよ。そう考えると、なんかなあ。」
「まあでも別にいいんじゃない?僕たちには僕たちの青春があるわけだし。」
「俺たちの青春ねえ……」
 そう言いながら勇樹はコーラを口に運んだ。
「誰作る?」
「とりあえず、陽介でいいんじゃないか。」
「え、いいの?」
「お前のゲームだからな。」
 選手の簡単なプロフィールを設定し、さっそくゲームを始めることにした。
 このモードは、ふとした理由から弱小野球部に入ることになった主人公が、仲間たちともに甲子園出場、そしてプロ野球入りを目指す物語だ。
 いたってシンプルな流れだが、様々なイベントもあって、これがなかなかに面白いのだ。
「ああ、罰としてグラウンド整備をしろってさ。」
「それは仕方ないだろ。」
「これなんていうんだっけ?」
 グラウンド整備をする主人公の姿を見ながら、陽介がそう尋ねた。
「トンボだろ。」
「そうだ、トンボ。これ、なんでトンボっていうの?」
「トンボみたいな形だからだよ。」
「ええ、そんな理由?ほかにも似てるものありそうだけどなあ。」
「いいんだよ、しっかりグラウンド整備しろ。」

「おお、プロ入りできたー!」
「あんま強くないけどな。」
「まあまあ。でも、最初にしては上出来じゃない?」
「出た、『べえすぼおるまん』あるある。」
「いやあ、やっぱり久しぶりにやると楽しいね。」
「そうだな。」
「今度はまっつんも作ろうよ。」
「おお、いいな。英一とかもな。」
 そう言って、二人はなんだか少し悲しくなってしまった。
「今日デートなんだよね。」
「そう言ってたな。」
「羨ましいね。」
「まあな。」
「もし彼女できてもさ、一緒に遊んでね。」
「おお……俺からも頼むわ。」
 勇樹は柄にもないセリフを言ってしまい、少し後悔をした。
「よし!まだ時間あるし、まっつんも作ろう!」
「そうだな、そうしよう。」
 こうして、夜遅くまで二人でゲームを楽しむのだった。

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