倫理

 高校生活の三年間というのは、人生の中でも最も濃密な時間だという言葉を、どこかで見た気がする。
 青春とはなんだろう。勉学に部活動、恋愛に友情、様々な要素が交わりあうことを示すのだろうか。
 そんなことを夢見ながら高校生になってみたが、そんなドラマのようなことなんてのは早々あるものではない。
 これは決して、楽しくないというわけではない。いやむしろ、自分なりに楽しい高校生活を送れている自信はあるし、大人になって振り返ってみれば、バカだったなと笑えるエピソードもあろう。しかし残念ながら、それほど様々な要素が交わりあっていないのも事実である。
 そして何より、フィクションの中ではなんだかんだ言ってうまくいくものの、実際には頭を悩ませてくる要素がある。そう、進路である。

「はあ、こういうの苦手だよ。」
「分かるよ。大体、得意な人なんていないよ。」
「てかさすがにまだ早くない?」
「まあそうだけど、早くから考えておくに越したことはないよ。」
「えー。」
「陽介、静かにしろよ。」
「だって……」
 三人は放課後の誰もいない教室で頭を揃えて、大学入試に関する資料を眺めていた。
「別に考えたくなきゃ考えなくてもいいけどな、あっという間に卒業の時期はやってくるんだぞ。」
「でも、まだ一年だよ?」
「だから意味があるんだよ。」
「どういうこと?」
「周りより早くスタートすれば、その分アドバンテージになるだろ。」
「そうかもしれないけどさ……」
「まあまあ。何も今もの場で決めなきゃいけないわけじゃないんだし、どんな学校があるのかなって感じで見てみようよ。」
 英一は二人をなだめるように言った。
「じゃあ陽介くんはさ、文系理系とかの希望はある?」
「ああ、うん、どっちだろう。」
「将来やりたいこととか、もしくは得意科目苦手科目とか。」
「ああ、それなら国語とかは苦手だな。」
「なるほどね。数学とかは?」
「数学は、割と好きかも。」
「見かけによらずな。」
 口を挟む勇樹。
「どういう意味?」
「まあまあ。そうしたら、まずは理系でやりたいことを探してみてもいいかもよ?」
「なるほどね。ちなみに、九十九っちは?」
「僕は、法学部に行きたいなって思ってる。」
「法学部か。いいじゃんか。」
「ありがと。」
「そういうまっつんはどうなの?」
「まあ俺も理系だな。まだ志望校は決まってないけど、一応国立志望で行こうとは思ってる。」
「そんなところまで考えてるの。」
「いや、もっと考えてるやつはいっぱいいるよ。とりあえず選択肢を減らしたくないだけさ。」
「選択科目は、何にするの?」
「うーん、まだ学部までは固まってないから理科は後にするとして、社会は地理か倫理政経かな。」
「倫政かあ。」
「うわあ、そんなに考えてるの?どうしよう。」
「おい、落ち着けって。」
 分かりやすく頭を抱えた陽介の肩をトントンと叩く勇樹。
「あのな、さっき英一も言ってたけど、何も今日決めなくてもいいんだよ。もっと言ったら、いざ大学に入ってからやりたいことが違うって思うかもしれないだろ。」
「うん。」
「でも、だからこそ、早い今の段階から頭の片隅に入れておくことで、次に繋げることができるんだよ。」
「そっか。うん、ありがとう。」
「おお。」
「よし、三人で絶対に合格しよう!」
「おお。」
「うん。」
 三人は、既に大人への階段を歩み始めているようだった。

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