トンボ

 この季節は18時を回ってもまだ外が明るく、どうにも暑い。
 すぐにでも室内に入って、涼しいクーラーの風を直で浴びたいものだが、それを続けると続けたで、体にいいものとも思えない。
 やはりどんなに暑かろうと、多少は外に出ることも大切なのだ。
 しかしそうはいっても、暑いものは暑い。
 高森は雨相に話しかけた。
「いやあ、暑いですね。」
「そうですねー。」
 雨相は遠くを眺めながら答える。
「でも、珍しいですよね。先生が外で打ち合わせしたい、なんていうなんて。」
「そうですね。」
「どうしてですか。」
「少し前まで甲子園がやってたでしょう。」
「ああ、そうでしたね。」
「高森さん、見ました?」
「試合はお昼なのであんまり見れませんでしたけど、でも僕も元高校球児ですから。結果だけは追ってましたよ。」
「え、高森さん野球部だったんですか?」
 雨相は驚きの声を上げた。
「はい。あれ、言ってませんでしたっけ。」
「いや、知りませんでした。」
「そうでしたか。強い学校ではなかったですけど、小学校から10年間、結構真剣にやってたんですよ。」
「意外です。」
「まあそうかもしれないですね。でも、あのときのきつい練習も、今思えば財産ですよ。」
「財産?」
「いや、仕事柄体力はあった方がよくて。」
「なるほど。」
 雨相は頷いた。
「それで、高校野球がどうしたんですか?」
「ああ、高校野球を見てから野球熱が再燃しまして、それである日散歩してたらここの河原で小学生のチームが練習してるのを見つけたんです。」
「ああ、なるほど。」
「それからはなんか考え事をするときにふとここまで来るようになったんですよ。」
「へえ。」
 そんなことをしていると、河原で練習していた小学生たちは、どうやら撤収作業を始めたようだった。
「あ、もう片し始めましたね。」
「ですね。」
 小学生たちがボールを探し回ったり、バットなどの道具を片している様子はとても微笑ましかった。
 少しすると三人ほどの小学生が大きな棒をもってグラウンドに出てきた。
「あ、あれなんでしたっけ。」
「トンボですね。」
「ああ、そうだ。あれは、地面をならしてるんですか。」
「そうですね。練習すると結構地面がぼこぼこになっちゃうんで、ああやってトンボでならすんですよ。」
「なるほど。いや、僕スポーツに真剣に取り組んだことがないんで、そういう話新鮮なんですよ。」
「ああ、そうなんですか。」
「はい。本当はスポーツものとかも書いてみたいな、と思うんですけど、自分の中に基礎がなさ過ぎてなかなか思うようなものが書けなくて。」
「部活動とかされなかったんですか。」
「文芸部に入ったことはありましたけど、あんまり続きませんでしたし、部活動、って感じではなかったですね。」
「ああ、そうなんですか。」
 二人はそんな話をしながら、野球部の片づけを眺めていた。
「すみませんでした、こんなところまで呼び出しちゃって。」
「いえいえ。先生が言う場所なら、たとえ火の中水の中ですよ。」
「ありがとうございます。」
 雨相は笑いながら言った。
「よし、とりあえずどっか室内に移動しましょうか。」
「そうしましょう、先生。」
 二人は腰を上げると、お尻のあたりを叩き土や草を落とした。

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