とんかつ

「おはよう、まっつん。やっぱり月曜日はどうにもエンジンかからないね。」
「まあそうだな。」
「まっつんは週末どっか行ったりした?」
「ああ、昨日の夜に家族で外食したくらいかな。」
「おいいねえ。何食べたの?」
「とんかつ。」
「とんかつか、最近食べてないかも。」
「俺も久しぶりだったよ。」
「やっぱりとんかつって家って言うより外で食べるもんだよね。」
「まあそうだな。俺も料理できないから詳しいことは分かんないけど、揚げ物は大変だって言うもんな。」
「いいなあ、とんかつ。」
 陽介がそうこぼした。
「陽介はとんかつに何をかける?」
「普通にソースでしょ。」
「だよなあ。俺もそう。」
「うん……なんで?」
「いや昨日とんかつ食べるタイミングでその話になってさ、父さんんが塩が一番だって言い始めて母さんと喧嘩しちゃってさ。」
「え、喧嘩?」
「まあ五分後にはお互い泣きながら謝ってたけどな。」
「本当に、ラブラブだよね。」
 陽介はそういうと笑いをこらえきれなくなったのか、声を出して笑った。
「まあただのプロレスだよ。」
 俺は昨日のことを思い出し、改めてため息をついた。
「たまに本当にうまいものは塩で食うのが一番だ、っていう人いるけど、そういう人の塩に対する信頼感すごすぎないか?」
「まあ確かに。」
「それが素材本来の味を一番楽しめるって、そんなこと言うくらいならそもそも塩もいらない気がするんだよな。」
「それはそうだよ。うん、なんで塩だけは許されるんだろうね。」
「なんだろうな。自分とは世界が違いすぎて分からないわ。
「天ぷらとかお刺身とか、天つゆとかお醤油つけた方が絶対うまいと思うんだけどな。」
「間違いねえよ。あれだよ、何でも塩が一番とかいいだしたら、もう歳だ。」
「歳?」
「今の俺たちもそうだけど、やっぱり若いうちは濃いものが食べたいんだよ。でも歳とってくると濃いもの食べると胃もたれしたり、そういうの食べすぎたら食べすぎたで体調悪くしたり、そういうことがあるんだよ。」
「なるほど。じゃああれか、若い頃みたいに無茶できないのを悟られたくなくて、塩がいい、って言うことで自分の身を守ってるのかな。」
「そうだろ。間違いない。ああ、なんか解決したな。」
 うん、なんだか少し胸の突っかかりが取れた気がした。
「てかごめんね、まっつんのお父さん悪く言うわけじゃないけど、とんかつに塩って、合う?」
「それなんだよ。天ぷらとかお刺身なら百歩譲ってわかるんだが、とんかつだぞ?」
「だよね。あっさりいきたかったらおろしポン酢とかもあるもんね。」
「まさにその通り!」
「うーん、大人になったらわかるのかな?」
「さあ……」
 そういって俺は首をかしげた。
 多分そんな質問をしようものなら、大人になったらわかるさ、とこちらを子ども扱いした回答をするだけで今日の会話よりも生産性がないんだろうな、と思った。
 自分はそんな大人にはなりたくないな、と思いつつも、人は有史以来に多様な失敗を繰り返してきたように、俺も同じような味気ない回答をするんだろうな、と思った。
 せめて次にまたとんかつを食べる時は、めいっぱいソースをかけようと思うのであった。

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