日陰

「そもそもの始まりは、少し前の体育の授業だったんです。
運動はそんなに得意じゃないし、クラスで仲がいい子もいないんで、そんなに好きじゃないんです。あ、なんでクラスに仲がいい子がいないとダメか、って顔してますね。うちの体育の授業って、いつも二人一組になって準備体操をするんですよ。
 うちのクラスの女子は奇数なんで、誰も休んでない時は先生とやって、誰か休んで偶数人だってわかってるときはこうやって先生に会いにきたり、保健室に行ったり、とにかくなるべく避けてたんです。
 で、その日はみんな出席してたので、これなら先生とできるな、と思って出席したんですね。
 え、先生と組むのは嫌じゃないのかって?私は正直そんなに気になりませんね。先生とやって授業に出られるなら、むしろそっちの方が楽って言うか。
 そうじゃなくてその日の話ですよ。その日は間違いなくみんな出席してたんですけど、体育の授業の直前にクラスの女の子の一人が貧血になって保健室に行っちゃったみたいで、いざ体育の時間になったら偶数人だったんです。
 私そういうのだけはすぐにわかるんで、もう軽く絶望しちゃって、どうしよう、って頭抱えてたんです。今からでも私も休もうか、でももう授業も始まっちゃうし、そうこうしてるうちに先生が来て、もう旗を括るしかなくなったんです。
 いつものように先生が、『二人一組になって。』っていうんです。そりゃあそうですよね、わかってましたとも。私一人あまりそう、でも余ることもできない。
 そんなジレンマに頭を悩ませてたら、誰かが私に声をかけてきたんです。
『大桃さん、一緒にやらない?』
 頭をあげるとそこに立っていたのは、うちのクラスでも三本の指に入るほどの人気者、杉浦彩世(すぎうらあやせ)さんだったんです。
 もちろんビックリしましたけど、せっかくのチャンスです。うん、お願い、って自分でもすんなりするほどうまく返事ができたんです。
 それで、杉浦さんのおかげで、あ、いや、彩世って呼ぶように言われてるんでそう呼びますね、彩世のおかげでその日の授業はなんとかなって、しかもその日、一緒にお昼を食べないか、って誘われたんです。
 それでお昼休み、一緒にご飯を食べることになって、そしたら、彩世って本当にすごいです、自然と私がしゃべりやすいようにしてくれるんです。それで私もついつい楽しくなっちゃって、あ、やり過ぎたかも、って思ったんですけど、大桃さんと話せてよかった、って。
 私も久しぶりに楽しくて、でも次の日になれば全部嘘になっちゃうんだろうな、って思ってて、そしたら次の日、話しかけてきてくれたんです。『おはよう、ほのか!』って。
 ビックリしました。ほのかですよ?
 おはよう、杉浦さんって答えたら、『彩世』って。『彩世って呼んで。』って。
 それからよく一緒にご飯を食べたりするようになって、彩世と話すようになってから他のクラスメイトの子たちとも、少しずつですけど話せるようになって、彩世は日陰者だった私を日向に、太陽の当たるところに連れてってくれたんです。
 そんなことがしばらく続いて、ある日、『今度の日曜日、遊びに行こうよ。』って。それで遊びに行ったんです。」
 ほのかはここまで一気に喋ったのだった。
「そうでしたか。」
 ほのかがずっと喋っていたことなど、樽井にとっては大したことではなかった。いやむしろ、喜ばしいとすら思った。
「先生のおかげかもしれません。」
「いえ、大桃さんが頑張ったからですよ。」
「先生、ありがとうございました。」
 樽井はうんうん、と頷いた。
「じゃあ、失礼します。今日も彩世たちと遊びに行くんで。」
「はい、さようなら。」
 ほのかが出ていった理科準備室。樽井はなんだか寂しく感じられ、同時に嬉しくも思った。暮れ始めた夕陽を見て自然と笑顔になる樽井。
 しかし感傷的になっていた樽井はまだ知らない。この部屋に入り浸る生徒がまた一人増えたにすぎないということを。

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