燻製

「これ、よかったら食べてみてください。」
いつもと同じ激しい練習を終え、全力で太鼓を叩き汗を流しきった面々が休んでいると、石嶺は皆の前にタッパーを出しながらそう言った。
「おお、なんだこれ。」
角田が中身を伺うように見ながら尋ねた。
「はちみつレモンとかですか?」
清志も尋ねる。
「いや、ちょっと……結構違うな。」
「なるほど。」
「まあまあ、是非。」
「勿体ぶらないで教えてくれよ。」
「それはまあ、開けてからのお楽しみってことで。」
石嶺はそう言った。
「わかった。じゃあ俺が行く。」
角田はおそるおそるタッパーに近づき、その蓋に手をかけた。
蓋を開けた途端、部屋に広がる香り。
「お、これは、燻製じゃねえか。」
中には燻されていい色合いになったベーコンとチーズが入っていた。
「はい、大正解です。
「どうしたんだ、こんなに。」
「貰ったんですか?」
「いや、作ったんだよ。」
石嶺はドヤ顔を浮かべながらそう答えた。
「え、作った?」
「料理が好きとは言ってたが、こんなもんまで作るようになったとは。すごいな。」
「ありがとうございます。」
「でも作るって言っても、どうやって作るんですか?」
清志は素朴な疑問をなげかけた。
「いや実はこの前のボーナスで燻製器を買ったんだよ。」
「燻製器ですか?」
「そうそう。もちろんそういう機械がなくても作れるんだけどな、せっかくだから買っちゃおうかな、って。」
「なるほどな。なんだ、食ってみていいのか?」
「ええ、勿論どうぞ。」
ベーコンに手を伸ばす角田。そんな角田を緊張した面持ちで見つめる石嶺。
ベーコンを口に運び、ゆっくりと噛み締める角田。
「おお……美味しい。」
石嶺の顔はみるみる明るくなっていく。
「本当ですか?よかった!」
「僕もいいですか?」
「もちろん。」
「じゃあ失礼して……美味い!」
清志も自然と笑顔になった。
「おお、そうか。よかった。」
その光景を見て、周りも食べ始めるのだった。

「いやあ、美味しかったです。ご馳走様でした。」
「それはよかった。」
「これはあれだな、酒に合うな。」
「そうなんですよ。燻製器買って以来、酒飲む量が増えちゃって。」
「いやあ、それは仕方ないな。」
「そういうもんなんですか?」
「そりゃあそうだよ。まあそうか、清志はまだ未成年だもんな。」
「はい。」
「まあその内だな。二十歳迎えて一杯目は、うちの酒飲めよ。」
「はい、是非お願いします!」
「じゃあツマミは僕が持っていきますね。」
「そりゃあいい。」
三人はそんな話をしながら笑い合った。
「そんなことより、こんなもん食ってたら飲みたくなっちまった。このあと軽く一杯どうだ?」
「是非お供させていただきます。」
「いいなあ、羨ましいです。」
「はは、飲めるようになったら連れてってやるから。それまでの辛抱だ。」
「無理に生き急ぐ必要はねえぞ。いいか、清志、今を楽しめ。」
「はい。」
「え、竜さん、もう酔ってるんですか?」
「バカ野郎、まだ飲んでねえぞ。」
三人は笑いながら、着替えるのだった。

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