陸上

人が物事を始めるのには何かしらのきっかけがある。
テレビなのか直接なのかは分からないが、見ていてカッコイイ、素敵と思ったから。周りでやっている人がいたから。理由は様々である。
しかしその理由というのは案外他人には理解されず、自分の中だけで完結していたり、いざ続けているうちにその理由を自分ですら失念してしまうこともある。
なんでこれに夢中になったんだっけ、と。

「そういえば二人は何か部活に入ろうと思ったことってなかったの?」
帰り道、英一は勇樹たちにそう尋ねた。
「なかったな。」
勇樹は即答する。
「うーん、なんか入ろうかなと思って体験入部とかは行ったけど、結局これ!、って言うのは見つからなくてやめたんだよね。」
「そうなんだ。」
「英一はどうなんだよ?」
「僕も中学生の頃は一応入ってたけど、なんか高校ではいいかな、って。」
「へえ、そうなんだ。」
「え、英一は何部だったの?」
「僕は普通に、陸上部だったよ。」
「「陸上部?」」
二人は声を揃えて驚く。
「いや確かに陸上やってた体型には見えないかもしれないけどさ。」
英一は自分のお腹をぽんぽんと二回叩きながら言った。
「なんかすまん。」
勇樹が謝る。
「謝る方が失礼だから。」
英一が笑って答えた。
「陸上って言うけど、何をやってたの?」
陽介が尋ねる。
「ああ。これ言うといつも変な感じになるんだけど、まあいっか。」
少しだけもったいぶってみせる英一。
「なんだよ、気になるじゃんか。」
「うんうん。」
「いや実は、投擲競技やってたんだ。」
「投擲競技?え、ハンマー投げとか砲丸投げとかのあの?」
「そうそう。」
「「ええ?!」」
二人はまた声を揃えて驚く。
「いやすまん。でもそりゃあこっちだってビックリしちゃうよ。」
「自然な反応だと思うよ。」
驚かれ慣れているのだろう、英一は笑って答えた。
「具体的には何をやってたの?」
「主にやってたのは砲丸投げかな。」
「「砲丸投げ。」」
二人は思わずハモってしまった。
「その、色々聞きたいことはあるんだけどさ、なんでまず始めたのよ。」
「うーん、なんでだっけ?」
「え、覚えてないの?」
「結構なことだと思うぞ?」
二人は思わず詰め寄りかけた。
「いやなんだろう、なんとなくテレビで見ててカッコイイと思ったからだったと思うんだけど、もうやってるうちにそんなこと忘れちゃったんだよね。」
「そんなもんなのかね。」
勇樹は納得のいかないと言った表情を浮かべた。
「あれ、そういえばお兄さんいたよね?」
「うん。」
「お兄さんがやられてたとかではないの?」
「ああ、やってないなあ。」
「そうするとなおのこと謎だな。」
「でもそんな面白そうなのやってたならまたやればよかったのに。」
「いやあ、やらないよ。」
「なんでだよ、面白いじゃん。」
「だって……疲れるもん。」
「それは同意だな。」
「そうだね。」
二人は笑いながら答えた。
帰宅部が三人、漫画やドラマで見るような熱い青春はないが、三人にとってはこれが青春なのである。

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