パセリ

「じゃあ改めて、俊作お帰り!」
「ありがとう、母さん。」
「大学の方は楽しくやってんのか?」
「勇作さん、私が腕を振るったせっかくのご馳走が冷めちゃうわ。まずはいただきますしましょう?」
「そうだね、亜寿美さん。」
 結婚して二十年以上経っても仲がいいのはいいことだが、両親が手を取り合いながらそう言い合う光景は息子からしたらなかなか見たくはないものである。


 久しぶりに兄貴が返ってくるということで母さんは一週間も前から張り切っていた。美容室に行ったり、どんな料理を作ってあげようか悩んだり、しまいには家の中まで飾り付けようとしていたので、クリスマスじゃないんだから、とそれだけは止めたのだった。
 父さんはそんな母さんを見ながら、
「亜寿美さんはいつまで経っても可愛いな。そんなに焦ることはないよ。」
と、余裕のある笑みを浮かべながら言っていたが、ここ一週間おそらく無意識のうちに派手なネクタイをしていることに俺は気づいていた。


「サークルは入ったのか?」
「バイトは始めたの?」
「彼女はできたのか?」
「ご飯はちゃんと食べてる?」
 両親から質問攻めを受ける兄貴を横目に俺は豪勢な夕飯(母さんはディナーと言っていたが)を食べていたが、ふとステーキに添えてあったパセリをどけようとした時だった。
「パセリってどんな気持ちなんだろう。」
 ぽかんとした表情の家族を見て、今の言葉が口に出ていたことに気付く。
「勇樹、陽介に影響されてないか?」
 おかしな無言の時間を破ったのは兄貴のその言葉だった。
「いや別にそういうわけじゃないけど。」
「そういえば陽介くんも最近うちに来なくなっちゃったわね。」
「そういえばそうだな。勇樹、陽介くんとは今も仲いいのか?」
「まぁ、そりゃあ。」
「一番?」
「……一番だよ。」
 俺のその言葉を聞いて笑顔を浮かべる両親。
「亜寿美さん、次は陽介くんの久しぶり会をやろう!」
「勇作さん、天才!」
「やめてくれよ。陽介は本気にしちゃうんだから。」
「いいじゃないか、久しぶりに菅原さん家とお話したいもんな。」
「そうね、今度連絡しましょ!」
 そう勝手に盛り上がっている両親を見ながら兄貴が呟いた。
「何も変わって無くて安心したよ。」
 そして少し怪訝そうな顔を浮かべて俺に尋ねてきた。
「なんか悩み事でもあんのか?」
 ピタリと話を止める両親。
「そうなの?勇樹。」
 不安そうな顔で見つめる母さん。
「いや、なんもないよ。」
「困ってることがあるなら相談しなさい。」
 真剣な表情を浮かべる父さん。
「本当になんもないってば。」
「じゃあ何だったんだよ、パセリの気持ちって。」
 兄貴まで表情が本気だ。
「いやそれは、パセリって食べずに捨てちゃう人が多いだろ?だから、パセリに感情があったとしたら、どんな気持ちなのかな、と思って。」
 うーん、と少しうなってから父さんが話し始めた。
「確かにパセリを捨ててしまう人はいる。でもパセリには、パセリの役割があると思うんだ。」
 父さんは一口だけワインを飲んでから続ける。
「ステーキは美味しい。亜寿美さんが焼いてくれたこのステーキは格別だ!」
 口元に手を当てながら、まあ、と母さんがこぼす。
「でもステーキだけじゃダメだ。ステーキだけじゃ栄養が偏るし、彩りも綺麗とは言えない。つまり、美味しくステーキを食べるためにはパセリとか人参も必要なんだ。」
 酔いが回り始めたのだろう、いつもより大きな声で父さんが話す。
「仕事だってそうだ。例えば、スポーツ選手とか、医者や弁護士とか、芸能人とか、みんなが憧れる仕事は確かにかっこいい。でもその人たちが活躍する裏にはその何倍もの人がいて、その何倍もの苦労があって、それで成立してる。」
 酔った父さんにしては妙に説得力がある。

「いいか、二人とも。父さんたちは、パセリになりなさいとも、ステーキになりなさいともいわない。でも、自分が自分であることに誇りを持ちなさい。そのために必要なことなら、支援は惜しまない。」
 父さんは最後にもう一回だけ、ワインを飲んだ。何か言おうとしたところで、父さんは机に突っ伏して寝てしまった。
「あら、勇作さんたら完全に眠っちゃったみたい。もう、かっこいいんだから!」
 母さんがこっちを向く。その顔は息子たちへの愛で溢れていた。
「生きたいように生きなさい。何があっても私たちの愛する息子なんだから。」
 横を見ると兄貴と目が合った。兄貴が力強くうなずく。俺は柄にもなく、こんな家族を作ろう、と思うのだった。

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