キス

「ファーストキスってどんな味がするのかなあ。」
 勇樹は驚きのあまり、椅子を引いてしまった。
「おい、マジか。」
「何?」
「何?、じゃなくて。何だ急に、その話の入りは。」
「いやあれだよ、別に変な意味じゃないよ?」
「変な意味かどうかは関係ないんだよ。急にそんな話をしたことに驚いてるの。」
「ああ、そっか。」
 陽介はやっと合点がいったという表情を浮かべた。
「で、なんで突然そんな話したんだよ。」
「いや実はさ、この前の週末に家族みんなで大掃除してたのよ。」
「うん。」
「そしたら陽乃が昔持ってた少女漫画が出てきてさ、子供の頃はそういうの見たことなかったから試しに読んでみたのよ。」
「おお。」
「そしたらさ、多分小学生向けなのに、彼氏彼女だ、初デートだ、ファーストキスだ、そんなのばっか出てくるのよ。」
「え、そんな感じなの?」
「そう。ヤバくない?」
「まあ確かに、早いな。」
「で、まあ残念ながら僕は、高校生になっても彼女の一人もできたことがないわけで、どうなのよ、ってね。」
「なるほどな。」
「まっつんも彼女できたことないよね。」
 勇樹も安易に認めたくはなかったが、これまで彼女ができたことがないのは事実。無言で頷くことしかできなかった。
「彼女、欲しくない?」
「まあ、そりゃあな。」
「何さ、カッコつけちゃってさ。」
「いやカッコつけてるとかじゃなくて、縁遠すぎて何とも言えないだろ。」
「それは、確かにそうだけど。」
 二人はお互い、何も言えなくなってしまった。
「なんかね。」
「なんかな。」
 二人はまた沈黙になってしまった。
「二人とも、どうしたの。」
「おお、英一。」
「なんか浮かない顔してるじゃん。」
「いやそれがね、彼女欲しいよね、って話してたら、ね。」
「あ、なるほど。」
 英一は全てを察したかのように、小さな声でそう言った。
「九十九っちはさ、彼女いるの?」
「ああ、いや……」
「なんだ。」
「その……いる。」
「「おお!」」
 二人は思わず大声を出してしまった。
「あ、すまん。」
「思わず大声出ちゃった。」
「大丈夫だよ。」
 彼女がいる者の余裕とでもいうのだろうか、英一は笑って答えた。
「誰と付き合ってるの?」
「中学の時の同級生で、高校は違うんだけどね。」
「なんて子なの?」
「え、いや、何か恥ずかしいな。」
 二人は真っ直ぐと英一は見ていた。
「わかったわかった。服部茜、今はここから離れたとこにある女子高に通ってるんだ。」
「いいなあ。」
「羨ましい。」
 二人はシンプルに羨ましがった。
「その、キスとかは……」
「待て、陽介。そこまで聞いちゃうのはちょっと反則じゃないか。」
「ごめん。」
「いや、大丈夫よ。」
 英一はまた笑っていた。
「ちょっと、俺たちにどうやったら彼女ができるかご教授願えないだろうか。」
「お願いします、九十九先生!」
「いやそんな……」
 思わぬ大役に、英一は焦ることしかできなかった。

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