土鍋

 金曜日、仕事が終わる。これから待っているのは至福の二連休だ。不思議と家に向かう足取りも軽い。
 この二連休は珍しく和太鼓の練習が休みのため、本当の意味での二連休だ。
 帰って何をしようか、それはもう決まっている。
 家に着く。手洗いとうがいをしっかりとし、スーツから部屋着に着替える。よし、準備は完璧だ。
 俺は昨日の夜に届いた段ボールを開ける。うん、これだ。そこに入っていたのは、土鍋。ちょっとやそっとの安物ではない。
 俺はこの日を待っていた。この日のために買ってきた、普段なら手を出せない高級米を準備し、いざ尋常に。

 学生時代に友達と行った夏祭りで見た和太鼓のパフォーマンスに心を打たれた俺は、すぐにチームへの入団を決意した。
 竜さんをはじめとしたチームのメンバーと和太鼓を叩くうちに、この和太鼓という文化を若い世代である俺たちが残すんだ、という強い使命感に駆られた俺は、そのまま地元の大学に進学。そして就職先も地元で探し、公務員になることを決意した。
 大学生の間は実家から通っていたが、就職を機に一人暮らしを決意。今も実家からそれほど離れた場所ではないが、一人暮らしを続けている。
 実家にいたころは家事など何もしなかったが、一人暮らしをしたらそうも言ってられない。
 見よう見まねで家事をやり始めたが、やってみると意外とどうして面白いもので、特に料理にのめりこんでいった。

 お米のいい匂いが部屋中に立ち込めている。もういいだろう。
 このお米が炊き上がるのを待つ時間、何度も間食という誘惑に負けそうになった。
 しかし、ついに時は満ちたのだ。
 蓋を開け、湯気が立ち込める。この匂い。
 しゃもじで米を切る。さすが土鍋、おこげまでできている。まずは白いところだけをお茶碗に入れる。
「いただきます。」
 両手を合わせ、深々と頭を下げる。
 まずは一口。お米が立っているのが目に見える。
 口に運ぶ。ゆっくりとお米を噛んでみる。これが米本来の甘味。
「美味しい……」
 自然とそんな言葉が零れ落ちてきた。

 気づけば土鍋は空になっていた。
「え、あれ……」
 本当に予想外の出来事だった。
「いや、でもそれにしても美味しかった。」
 あまりの美味しさに独り言が止まらない。
「奮発して買ってみて本当によかった。」
 改めてその言葉を嚙み締める。
「この週末は米祭りだな。」
 うんうん、と頷くのだった。

「石嶺さん、お疲れ様です。」
「ああ、青砥くん、お疲れさま。」
「あれ、なんか石嶺さん、テンション高くないですか?」
「お、よくわかったね。」
「そりゃあ分かりますよー。」
「いや実はさ、この前いい土鍋を買ってさ……」
 俺は嬉々として土鍋の話をするのだった。

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