無理難題
「先生、どうしたらいいと思います?」
ほのかは頬杖をつきながら尋ねてきた。
「どうと言われましても……」
「人生経験長いんだし、なんかヒントくらいちょうだいよ。」
彩世もため息を漏らしながらそう言った。
「いやいや、僕も君たちと10歳くらいしか変わらないですからね。」
高校生というまだまだ若くてピチピチな生き物に囲まれていると、時たま自分がとても老けて思えることもあったが、それでも自分だってまだまだ二十代。人生経験なんて浅いものである。
その証拠に、自分の同級生たちは職場ではまだまだバリバリの若手なわけで、この教師という特殊な職業が、そんなおかしな発想を生むのだ。
「二人とも、先生だってまだお若いんですよ。」
命は自分なりにフォローに回ったつもりだったが、樽井からすると、その言葉はその言葉でなんだか傷つく気もするのだった。
「それはその、そうなんですけどね……」
言葉に詰まる樽井を見て、ほのかと彩世の二人ははしゃいだ。
「わあ、命、結構言うほうなんだ。」
「え、何がですか?」
命に悪意は本当になかったのだろう。頭の上に大きなハテナが出ているのが誰にも見てとれた。
「だから今の言い方、それがどうにも嫌味ったらしかったのよ。」
「えっと、なんでですか?」
「つまりね、まだ高校生の命が言うことで、先生はまだ若いですよね、大局的に見れば、とも取れるわけ。」
「そんな、そんなつもりないんですよ?」
ほのかからの指摘に命は焦った様子でそう弁明した。
「分かってますよ。」
樽井も笑いながら答えた。
「それに、違う風にも取れるわけ。」
今度は彩世が投げかける。
「違う風、ですか?」
「先生だってまだお若いんですよ、ってことは、先生なんてまだまだ若くて、若輩者だもんね、って意味よ。」
「ええ、それはさっきの何倍も飛躍しすぎてるじゃないですか。」
「そう受け取る人もいる、ってことよ。」
「そう、だったんですか。樽井先生、申し訳ございませんでした。」
「いえいえ、そんな風には思ってませんから、謝らないでください。」
樽井も慌てて否定した。
「その割にはショック受けてましたけどね。」
ほのかは痛いところを着いてきた。
「そんなことないですって。いやというかそんなことより、チェス同好会の人数集めの話ですよね?」
「なんか話ずらされた気がするー。」
彩世はわざと頬を膨らませた。
「そうなんです、全然新入部員が入ってくれなくて、どうしたらいいんですかね。」
「うーん、まあ正直いって新年度でもないですし、この時期に新入部員を入れようって言うのはなかなかに難しいですよね。」
「えー、どうにもならないんですか?」
「まあ四月だったりすれば、色々と披露する機会があるから可能性は高いですが、なかなかそういう時期じゃないと無理難題な気はしますね。」
「でもみんなにチェスの面白さを知ってほしいんです!」
命は珍しく大きな声を出した。
「鬼島さんの思いは分かります。やっぱりまずは、そういう思いを伝えるところからじゃないでしょうか。」
「思い、ですか。」
「ポスターを貼っても、なかなかみんな見てくれないものです。だから例えばお昼の放送ですとか、先生方に頼んでみて全校集会の時に少し宣伝の時間を設けてもらうとか。」
樽井の提案にゆっくり頷く三人。
「そしたら、入ってくれますかね?」
「それは、はっきり言って分かりません。でも、このままじゃ何も変わらないのも事実です。」
「分かりました。私、やってみます。」
「その意気です。」
「じゃあ放送できるまではさ、昼休みにみんなに声掛けて実際にプレイしてるところ見せてみようよ。」
「それもいいねえ!」
「じゃあ私は……」
盛り上がる三人を見ながら、樽井は新たなスタートを切る若者を応援するような気持ちになり、もしかしたら自分はやはり歳を重ねたのかもしれないと思うのだった。