劇場

「そういえば、この前家に呼んでもらった時に、飾ってあった写真ちょっと見ちゃったんだけど、まっつんはお兄さんがいるの?」
帰り道、英一はそんなことを聞いてきた。
「ああ、うん。」
「俊兄は昔から優しくてさ、僕も一緒に遊んでもらったなあ。」
「ああ、そんなこともあったっけ。」
「写真でしか見てないけど、結構似てるよね。」
「え、そんな似てないだろ。」
「そうかなあ。」
英一は疑いの眼差しで勇樹を見た。
「僕も、似てるな、って思うんだけど、まっつんはいっつも否定するんだよー。」
陽介も英一の意見に乗った。
「特に目の辺りとか、ねえ。」
「わかるわかる!」
「そんなもんかねえ。」
勇樹はまだ納得いっていないようだった。
「九十九っちは兄弟とかいるの?」
「僕は、まあ……」
「何、何よ。」
「まあ色々あるんだろ。」
「いや色々ってほどじゃないんだけど、兄が一人。」
「お、じゃあ俺と一緒だな。」
「そうだね。」
「次男なのに、英一、なんだね。」
「確かにな。」
「それはよく言われるよ。」
英一は笑いながら答えた。
「で、お兄さんは何やってるの?大学生?」
先程の英一の煮え切らない態度を見て、陽介は興味津々なようだった。
「いや、僕と兄貴、10個も歳違うんだよ。」
「10個、それは結構離れてるな。」
「じゃあ、もう働いてるんだ。」
「いやそれがそうじゃないというか……」
「あ、ごめん。言いづらい事聞いちゃって。」
「いや大丈夫、そういうんじゃないから!」
露骨に暗い顔になった陽介を見て、あらぬ誤解をされていると感じた英一は慌ててフォローした。
「まあ、二人になら話してもいいか。うん、話すよ。」
「お、おお。」
勇樹と陽介は畏まった。
「実は僕の兄貴、お笑い芸人やってるんだ。」
「「お笑い芸人ー?!」」
二人は大声で叫んだ。
「ちょっと落ち着いて。」
「ああ、すまん。」
「ごめんごめん。でもだって、ねえ?」
「うん。」
「まあ家族が芸人なんて珍しいもんね。」
「いやというより、英一からは想像もつかないからさ。」
「だよね。九十九っちは、真面目、って感じだし。」
「ああ、そういうことね。」
英一は思わず笑ってしまった。
「こんなこと聞いたらあれかもしれないけど、有名なの?」
「いや全然。何度か深夜テレビには出たことあるけど、まだまだバイト暮らしよ。」
「ああ、そうなのか。」
「やっぱり厳しい世界なんだね。」
「まあね。俺も劇場まで兄貴のネタ見に行ったことあるけど、まあ頑張ってほしいな、って感じだね。」
「そっか。でもせっかくならテレビで見たいよな。」
「そうだね。友達のお兄さんが芸人さんなんて、カッコいい!」
「お前は単純だな。」
 そんな二人のやり取りを見ていて、英一はまた笑ってしまった。
「ちなみにさ、いや本当ちなみにだけど、なんて名前なの?」
「カタカナで、セッサタクマってコンビの、光(ひかり)って言う方。光一だから光って芸名なんだよ。」
「へえ。まっつん、早速調べてみようよ。」
「いや、できたら帰ってからにしてよ。さすがに僕も恥ずかしいから。」
「わかった。じゃあ、帰ったら見させてもらうよ。」
「うん。」
 英一は軽く微笑みながらそう返事した。

この記事が参加している募集

#スキしてみて

527,181件