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優秀な外科医は我が子にメスを入れるか?

たとえどんなに優秀な外科医でも、命に係わるオペは家族には行わない。家族には執刀しないのが習わし、と、どこかで聞いたことがある

小学生の頃ハマってたブラックジャックだったかな?
違うか…彼はピノコどころか自分自身もオペってたからな💦

おおかみはズブズブの素人だし、とんでもないガセねたかも知れない
けど、おおかみがどんなに優秀な医者だったとしても、こぶた達を手術するのは…無理。絶対に無理


親不孝介護」、読んだ

ためになることが沢山書かれてる
その中でも ”介護のプロでも自分の親は介護できない” というのが心に刺さった

確かにその通り

そういえば、グループホームに長いこと務め、施設長になった友も、自分の親の介護は出来ない!と迷わず言い切ってた


なんとなく出来ちゃう気がするんだよね

とりあえず数日は出来ちゃうだろうし
撤退戦でだんだんきつくなるのが仇になって、抜けられなくなる
抜けるタイミングを見誤っちゃう

とりあえず介護に手を出しちゃう人でも、”我が子のオペはできるか?”と聞かれたら ”無理っ!” と答える人も多くないかな?

”優秀な外科医でも我が子にはメスを入れない” と言うのは、スキルの問題じゃない。完全にメンタルの問題

介護に求められるスキルは、外科医ほどじゃないでしょ…というのは一旦棚にあげといて

オペれないけど介護れるって思うのはどうしてだろう?

オペならばもうこれは外科医の問題。患者は麻酔で眠ってる
”親にオペられるなんて死んでもやだ!”と暴れたりはしない。ただしく麻酔っていれば
外科医が ”我が子…” という思いを封印できるなら、すばらしいオペができるかも知れない

介護はする側だけの問題じゃない。される側は元気に起きてる
介護する側が "我が親” という思いを封印しても、介護されるほうは "我が子” という思いは…まず封印できない

難しい…どう考えてもハードルが高すぎる


それならば、親を親とも思わず、子を子とも思わなければいいじゃん!
…なんだけど。だったら介護のプロにお世話になったほうが良くないかな?

良い介護をするために、親子の縁を薄くするくらいなら
介護はプロに任せて、親のところへ足しげく通ったほうがよさそうだ


棚に上げてた "スキル” についても、親子なら分かりあってるから、よりよい介護ができるとは思えない

昭和な時代ならまだしも、介護が必要になる時まで、ずっと親と同居してる人はいまや少数派

親子が同じ屋根の下で暮らすのは、大卒で就職するまでとしても22年
高校や大学で親元を離れるまでだともっと短い

子が物心ついてからだと、ほんの10年程度しか親と暮らしていない
家族が家族である時間は本当に短い💦

50歳ぐらいになって介護が必要になったとき、パートナーや子、自分の immediate family と暮らした年月は、親と暮らした年月よりも、よほど長くなってる

その間に親も老いている。一緒に暮らしていたひととき、その時の親じゃない

10年ちょっと同じ屋根の下で見てきた親、その後30年近く離れて暮らしていた親

よく分かってもいない親のことが、絆とやらで分かってることになり
分かっている自分が介護するのがBetter/Bestだと思い込んではないかな?


”共倒れになるまで頑張るんだ!”というのが美徳な時代もあったんだと思うけど

いったい、何が目的なんだろう
自分も、相手も不幸だよね。共倒れ

自分も、相手もしあわせになるにはどうしたらよいか?
既成概念とか、周りの声とかに惑わされず、シンプルに考えるようにしたい

介護に限らないことだけど

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