見出し画像

トラウマの治療について①~治療の3段階

トラウマの治療には段階があります。

治療というと、「この病気には〇〇という治療法があって――」といったイメージがあるかもしれません。

ですが、トラウマの治療に関しては(実際は、どの疾患・症状にも言えることだとは思いますが…)段階があり、段階ごとに必要な治療・支援が異なります。

治療は、心理・社会的支援だけでなく、医学的支援も含めたトータルで行われます。

症状によって、学校へ通ったりお仕事へ行くなどの社会生活そのものが行えなくなっている方も少なくないからです。

トラウマの段階的治療

治療はおおまかに、①安心・安全の確保(安定化)、②外傷記憶の治療(トラウマの処理)、③統合とリハビリテーションの3つの段階に分けられます。

①安心・安全の確保(安定化)

現実的な脅威が今も持続している場合は、その脅威を取り除くことを何よりも優先させる必要があります。

例えば、今でもDV、暴力被害が持続している場合は、シェルターに避難するなど、加害者から離れる必要があるでしょう。そのうえで、その方の状況に応じて衣食住の確保や生活再建、身体的治療が行われます。この段階では心理的支援よりも現実場面への介入・支援が最優先です。

心理教育も重要な役割を果たします。
心理教育とは、その人が自分の置かれた状況や症状についての正確な知識を得ることを支えるアプローチです。

例えば、何らかの被害体験に合った方は自分だけでなく、周りからも責められている場合が多いです。

しかし、初めから100%被害に合うことがわかっていてその場を訪れたのか?

相手が自分に危害を加えるような人だと事前に100%わかっていたら、その相手を選んだのか?と言うと、答えはNoです。

<だから、あなたは自分からわかっていて被害を受けに行ったわけではない。あなたは悪くない>

<加害者側に言い分があったとしても、加害行為という行動を実行に移すか否かの責任と主体は加害者側にあります。その責任はあなたにはありません。相手の問題です>

といったことを治療・支援者はしっかりと伝えていく必要があります。

これと並行して周囲の方に対しては、上記の責任の所在についての説明の他に、

<私たちには正常性バイアスというものがあって、危険や脅威を正しく見積もることが難しい傾向があります。例えば、警報装置が鳴った時に「どうせ、また誤作動だろう」と思ってしまい、実際に家事や災害に気づかず、避難が遅れてしまう――などです>

と伝え、当事者の方が誤解や偏見の目に曝されないような(周囲が当事者の方のサポーターとして機能するように)支援をしていく場合もあります。

また、症状を抱えた方の多くが『自分の心と身体に何が起きているのかわからない不安』を抱えています。

例えば、原因となった出来事から時間が経ってから(場合によっては数年~十数年後に)トラウマの症状が現れることがあります。このような場合は、以下のような説明を行います。

<私たちは過酷な状況に置かれると、それを乗り越えることに全身全霊を注ぐため、その時の苦痛やしんどさを感じることを保留にする心の動きが生じます。そうして、当時の苦痛やしんどさ、感情が時間差で甦ることがあって、これをフラッシュバックと言います>

<実は、トラウマの症状は大変な時ほど表に現れなくて、状況が落ち着いてくると出てくることが多いんです。それは、大変な時に取り組むと心が壊れてしまうので、そうならないために、過去の自分が未来の自分にお願い!!と言って託すしかなかったもの――なんて言われていたりします>

こうしたメカニズムや、自分に起きていることを知るだけでも『自分の心と身体に何が起きているのかがわからない不安』を減らしていくことに繋がります。

多くの方が、トラウマの症状だけでなく『自分の心と身体に何が起きているのかがわからない不安』を抱えているので、この不安が減るだけでも負担の総量が減り、余裕を取り戻す方もいます。

このように、治療初期はトラウマの治療というよりも、治療を行うための土台を整えることが優先されます。もちろん、トラウマの症状が激しくて、環境が安定しても本人が休まらない状態にある時は薬物療法が導入されます。

薬物療法は本質的な治療というよりは、治癒に進むための身体の土台を整えるという意味で、大切な役割を果たします。

この段階でカウンセリングが導入される場合は、トラウマによって生じた現実的な問題にどう対処し、整えていくかが中心に話し合われることになります。上記のような心理教育がカウンセリングの中心となり、当事者の方が知識を得て、心の余裕を取り戻していくことが優先されます。

前稿の『トラウマについて~その③:心と身体に起きていること』の話で言えば、心理教育は情動脳の情報圧力によって機能停止に陥った理性脳の働きを回復していくことを手助けするアプローチです。

この段階で、受容・共感・傾聴を中心とした感情に焦点を当てたアプローチは禁忌となります。ただでさえ、情動脳の暴走が起きているなかで感情に焦点を当てると脳の暴走に拍車がかかり、収集がつかなくなるからです。

また、情動脳の暴走によって生じる症状に対し、いくつかのセルフケアの方法をお伝えしていくのもこの時期です。

私の場合は、呼吸法やTFT(思考場療法Ⓡ)という、鍼のツボをご自身でタッピングしていただく方法をお伝えすることが多いです。

②外傷記憶の治療(トラウマの処理)

心の傷となった記憶や出来事そのものはなくなりませんし、なくすことはできません。

ここでの治療とは、外傷記憶によって生じたトラウマの症状を治療することを指します。

通常、私たちの感情や感覚は時間の経過とともに流れてい消えていくものです。

しかし、トラウマ化するほどのインパクトや無力感を起こさせる出来事はそうはいきません。

トラウマとなった出来事そのものは過去のことなのですが、その記憶がなかなか過去のものとはならず、私たちの『今』に影響を与え続けます(その影響の表れ方を記載した記事が、『トラウマについて~その②:トラウマの症状とは?』になります)。

つまり、外傷記憶の治療とは、本来は過去のものである外傷記憶を、きちんと過去に位置づけていくプロセスのことです。

ここではカウンセリングなどの心理支援が重要な役割を果たします。通常の対話によるカウンセリングの他、トラウマ処理と呼ばれる特殊な技法が用いられることもあります。トラウマ処理の詳細については、次稿で解説していきたいと思います。

③統合とリハビリテーション

私たちは過酷な状況を生き抜くために、苦痛を感じることよりも状況を乗り切ることを優先させます。

トラウマの原因となった出来事はあまりの苦痛を伴うため、私たちは少なからず、その体験を心から切り離して苦痛を感じないようにしたり、なかったことのようにして生き延びようとします。

そして、今(当時)の自分にはどうにもすることができない状況によって生じた苦痛は、将来へと先送りにされます。

こうして、過去の自分にはどうにもできなかった苦痛が、今になって様々な形で表れたのがトラウマの症状です。

しかし、それらは症状という形をとっているため、それがいったいどのようなもので、自分にはどういった体験であったかは漠然としていることも多いと言われています。

それらを紐解き、その意味や影響を捉えなおし、自分の人生体験として整理・統合し、トラウマとなった出来事を本当の意味で過去の出来事にしていくのがこの時期です。

また、いざ症状が減り回復へと向かっていくと、自分がこれから何を目標にして、何処へ向かっていったらいいかわからなくなってしまう方もいます。

これまでは長いトンネルから出ることだけを目標にするしかなかったために、いざ長いトンネルから出てみると、これからどうしていったらいいかわからなくなってしまうのです。

そのためこの時期は、これから自分がどうしていきたいか? 何を目標にしていきたいか? と将来についてを話し合っていくことになります。

また、症状によって休職を余儀なくされていたり、社会参加を見送る状況にあった方は上記と並行して社会復帰のための準備を段階的に行っていきます。

例えば、就労が目標であるなら、病院のデイケアを利用したり、就労移行支援事業所などの福祉サービスを利用する――などです。

治療の段階で最も重要なこと

トラウマの段階的治療で最も重要なのが『①安心・安全の確保(安定化)』です。

現実的な脅威が今でも継続している状態で『②外傷記憶の治療(トラウマ処理)』を行うと、症状の悪化を招くからです。

『②外傷記憶の治療(トラウマ処理)』と『③統合とリハビリテーション』は段階の通りに進む場合もありますし、並行して行われる場合もあったりと、その方の状態に応じて進み方は異なります。

その人によって、これらを行きつ戻りつしながら、治療・支援は進んでいくことになります。


次稿では、各段階で行われるアプローチについて。
具体的には、①ケースワーク、②心理教育、③薬物療法、④カウンセリングについて述べていきたいと思います。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?