05セルフケアは家族のケア

「たばこをやめるように、看護師さんからもよーく言って下さい」

心筋梗塞の治療後に、患者さんのパートナーからこのように頼まれることがあります。私は患者さんに、たばこを吸っている期間や本数、たばこに対する思いなどについてひとしきり話を聞いたあと、決まってこうたずねます。

「たばこを吸うことは、将来面倒を見てくれる方とお話して決めていますか」

すると、患者さんは視線をそらし、力なく「いいえ」と、パートナーは前のめりになって、語気を強めて「ほら、だからやめないとって言ってるのに。看護師さんも言っているじゃない」と、実に型で押したように、みなさん同じような反応をします。禁煙の話はしていないのにもかかわらずです。

家族は、たばこの害をいつも心配しているけれど、本人が怒ってしまうから、面と向かって禁煙の話ができずにいる。本人からすると、家族からはなんとなく禁煙のプレッシャーを受けつつも「何か文句あるのかよ」という気持ちでたばこを吸ってしまう。そんな居心地の悪さを、本人も家族もずっと感じながら生活をしていたのでしょう。

心筋梗塞は、心臓に栄養を運ぶ血管が動脈硬化によって詰まってしまう病気です。激しい発作が起きれば突然死することもあります。そして、動脈硬化は一度起こってしまうと、基本的にはもとに戻ることはありません。「喫煙」していると新たな心筋梗塞や動脈硬化の進行につながってしまうため、医師は必ず禁煙するようにアドバイスします。

また、動脈硬化によって脳卒中になると、命にかかわるのはもちろん、体が動かせなくなったり、言葉が話せなくなったり、認知症になったりすることもあります。そうなれば、当然、介護が必要になります。そんなことも医療者は細かく説明します。

「自分の人生だからいいんだ。長生きをしようとは思ってない」

これが、患者さんが医療者からの話を突っぱねるときの常套句です。本心であればぜひ尊重したいのですが、私の看護師としての経験上「そう思い込んでいるだけ」の場合がほとんどです。その証拠の一つに、心筋梗塞で倒れた際は、他人に助けを求めたり、救急車で病院に来て治療を受けようとしたりしています。

自分は自分、他人は他人と割り切っているように見えるその言葉の裏には、家族や周囲の人との交流を求める気持ちが隠れているように思います。もちろん、多くの場合、本人はそのことに気づいていません。

ただし、看護師はそのような本心を見抜いています。たとえば、私たちが次に待つ患者さんのところへ行こうとすると、引き止めてできるだけ長く話をしようとするの人が多いのを見ても、このことは明らかです。誰だって自分のことをわかってほしいと思っているし、安心して話ができる関係を求めているのです。

ところが、それではと思ってたばこの話を始めると、何かを警戒するように、急にこわばった表情になります。話を聞くと「医者も家族も、たばこを吸う人の気持ちなんてこれっぽっちもわかっちゃいない」などと言います。

たとえば家族との間で、たばこを吸いたいと言っても頭ごなしに否定されたり、場合によっては、その話をすること事態がタブーになっていたりして、ありのままの自分を家族にさらけ出すことができない状態になっているのでしょう。

これでは、家族が本人の前でたばこの話をもち出せなくなってしまうだけでなく、本人も家族に隠れてたばこを吸うようになってしまいます。こうなってしまうと、互いのたばこに対する思いや考え方を知る機会は、自然と失われてしまいます。

たばこの話にかぎらず、長年のあいだ続いている、本音を言いづらい関係や本人のプライドが邪魔をして、いつしか自然体でいることが難しくなるケースも少なくありません。

このような理由によって、家族にありのままをさらけ出して交流したいという願いは、まるで幾重にも重なった丈夫な殻に包まれているようで、なかなか表に姿を現してはくれません。看護師として入院中に関わることのできる時間は限られていて、そのことに本人が自ら気づく前に退院していってしまうことが多いのです。

ただ、たいていの人は入院中のどこかでは、自然体で包み隠さず何でも話せることの清々しさは味わっていると思います。中でも「お通じはありましたか」と毎日、看護師から聞かれることに驚く人もいるようです。

「家では便秘に悩んでいてどうしたらいいかわからなかった。けど、ここでは気軽に相談ができてよかった」と、家族や友人には言えなかったことを、医療者と話せることで悩みが解決する人もいます。

冒頭に書いた、たばこを吸うか吸わないかは、一見、自分自身の問題のように見えます。けれども、「自分が苦しむ姿を見るのは誰になるのか?」を思い浮かべてみれば、たばこの件は家族にとっても大きな問題であることがわかります。反対に、家族が苦しんでいると、自分もつらいのではないでしょうか。

ためしに「心筋梗塞はつらいから、禁煙したい気持ちもないわけではないよ。でも、たばこは周りもみんな吸うし、イライラしているときでも、たばこを吸うとおさまるんだ。だから、禁煙するとイライラして大切な家族に当たってしまうのが怖いんだ」などと、自分の気持ちを正直に穏やかに口に出してみましょう。

お互いがわかり合って、安心して話せる関係になれば、誰も我慢したり怒ったりせず穏やかに話し合うことができます。そして、どうぞ気兼ねなく自分のケアをしてあげてください。自身のつらさが解消することは、家族にとっても安心につながるのです。

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