そこにあるものは

源治さんの隣は、ポカポカと日向ぼっこをしているみたいに温かい。

彼と初めて出逢ったときから、ずっとそう。
言葉数は決して多い人ではないけれど、ずっとわたし達家族のことを大切に考えてくれてることが源治さんからは伝わってくる。

源治さんと出逢って、早いものでもう60年。
わたし達もすっかりと歳を取ってしまった。

激動の時代…それは本当に色々なことがあった。ガムシャラに生きているうちに随分とまた遠くまで来たものだわ。

陽の射す縁側に出て、掌を太陽にかざすと浮き出した血管がキラキラと浮かんで見える。

「わたしも、すっかりおばあちゃんね」
自分の事のはずなのに、なぜかくすぐったくて思わず笑ってしまった。

今日は天気が良くて吹き抜ける風や、
ポカポカ陽気がとても心地よい。
こんな日はお布団も干してしまおうと庭に出て布団を持ち上げてみたけれど、重くて中々洗濯竿のところまで持ち上がらない。

数年前までは、すんなり布団も干せたのに、歳のせいかしら…そう思っていると

隣からスッと影が延びて
「ばあちゃん、こういうのは俺がやる言うたやろ」と近所の康太が手を伸ばし布団を干してくれた。

康太は今年、高校生になる。
本当はどこか近所に住んでいる子だった筈だけれど、なぜかここが好きやと毎日顔を見せるようになってしまった。

見た目は今どきの若いもん言う感じで金髪にピアスを開けていたけれど、康太はそこら辺の誰よりも優しいことを知ってる。

「あぁ、康太ありがとう。このくらいだったら出来ると思ったのよ。いつもありがとうね」

そうして手を伸ばし、康太の陽に透けてキラキラ輝く髪を優しく撫でた。
すると、康太は嬉しそうにしながらも
「あ…でもばあちゃん、このあと、天気が崩れるかもしらんから、一旦洗濯もの干すのやめとき。」

そういうと洗濯ものを取り込み部屋に置いている室内干し用のラックに洗濯ものを干してくれた。

そしてあらかた洗濯ものを干し終えると
「ほんじゃ俺ちょっと練習行ってくるわ!!」とそのまま外に出ていってしまった。

康太が外に飛び出して間も無く、ポツリポツリと雨が降ってきた。

「康太のいう通りになったなぁ…」
そう呟きながら縁側から雨粒の落ちてくる灰色の空を眺めた。

康太と初めて会ったのは、こんな雨の降っていた日のことだった。初めて康太と会ったとき、康太は家の前の道で暗い表情をしてずぶ濡れになっていた。

雨はすっかり止んでいたけれど、それとは反対に康太の表情は重かった。

このままだと風邪を引いてしまうと思い、
慌てて声をかけ、家のお風呂に入ってもらった。
そしてお風呂から上がった康太に温かいほうじ茶を出しながら、彼が話すのを待つ事にした。

すると暫くして康太は重い口を開いて

「俺…家業を継がなあかんのに、何度やっても上手くいかへん。何やっても上手くいかへん。
俺生きてる意味があるんやろか…」と言い出した。

その言葉を聞いて

「何かあったんやなぁ。辛いなぁ」

素直にそう思った。

そして康太の髪を拭いていいか尋ねると、頷いてくれたのでキラキラと光る康太の髪をタオルで拭きながら、ゆっくりわたしは話し出した。

「ばあちゃんはな、もう80年以上生きとるけど毎日上手くいかんことばかりよ。
毎日お茶ひっくり返すし、自分が眼鏡かけたこと忘れて探したりもするしそんな事ばっかり。だけどね、そんなばあちゃんでもええいう人が居てくれとる」

康太は真剣にわたしの話しを聞いてくれていた。

「だから、康太もそんな康太でもええよ言うてくれる人がおるよ。
康太はダメじゃない。一生懸命やってるところが素敵なんよ」

そう言って優しく髪を撫でた。
そして

「わたしの息子も野球の練習なんかで
よく転んだり、上手くいかなくて落ち込んだりしていたけれど、何回もやってるうちに上手くなっていったから大丈夫や」

すると康太の目からは大粒の涙が溢れてきた。

康太が落ち着くまで、わたしはずっと康太の柔らかな頭を撫でていた。

暫くするとさっきまで降っていた雨が嘘のように、空がパァッと明るくなってきた。

その様子をみた康太は
「…ばあちゃん、俺今なら上手くできそうな気がする。ありがとう!」
と勢いよく外に飛び出していった。

康太とはそれからの付き合いになる。
康太には自分の孫と同じくらい幸せになってほしいと思っている…

そうしてもの思いに耽っていると

ガラガラと玄関の引き戸が開く音がして
源治さんが帰ってきた。

「ただいま…あれ、お前1人で布団干せたんか?」と部屋干しされてる布団を指差した源治さんに

「おかえりなさい。いや、いつもの康太が布団干すの手伝ってくれたのよ。気にかけてもらえてありがたい事やね」と言った。

すると源治さんはおかしそうに笑って
「百合江のそういうほっとけないところが人を惹きつけるんだろうな。」と言った。

「今日はな、龍神さんに会ってきたよ。」

そうして源治さんは今日の出来事を楽しそうに話してくれた。

あぁ、そうか…もしかしたら。

「源治さん…もしかしたら、その龍神さまの弟は今一生懸命練習してはるかもしれへんわ。
きっと頑張ってはるで」

康太から移ってしまった京都弁を使いながら、
源治さんに話すと源治さんはニコニコと、楽しそうに

「百合江はほんとに可愛いなぁ」と頭を撫でてくれた。

雨が降っていた空はすっかりと晴れて、
雲間から明るい西陽が、わたし達の元へ降り注いでいた。

その光は優しく庭の木々たちを揺らしながら、
キラキラと輝いていた。


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