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羽になりたい 丘のうえのハウゼン博士


「羽になりたい!!」

突然学校のグラウンドで、藍美が叫んだ。

テスト週間もようやくおわった早帰りの放課後、誰もいないグラウンドに俺たちはいた。

照り返す太陽がグラウンドに反射して、その熱が足下から上がってきて自然と汗が出てしまう。

向日葵も蕾をつけ始め、もう夏なのだと思った。

いつものようにグラウンド脇の植物に水をやっていた俺は、藍美が叫んだことにびっくりして、ホースを指で握りつぶしてしまった。

その勢いで水が放射状に散らばっていった。

俺は慌ててホースの蛇口を捻り水をとめると

「どうしたんや、急に」
と藍美に声をかけた。

「だって羽の話しを聞けば聴くほど、すごいんだもん。」

「そうかぁ…?」

「そうだよ、わたしなんてその土地のこと知ろうとして知る前に引っ越しちゃうんやから…」

藍美は茶色がかったおさげの髪の毛をゆらし、天を仰ぎながら言った。

井之口藍美はこないだうちのクラスに来た転校生や。

北九州の片田舎から、親の仕事の都合でここ神戸の街に越してきた。

少しおっとりとした雰囲気のある子で、俺はこの子のことが気になっていた。

羽というのは俺のこと

酒井羽というのが本名。

羽と書いて「はね」と呼ぶ。
読み方はそのまんまで、親がどこにでも跳べるようにと付けた。

俺の家は代々人身御供をしている。
正確にはごく最近まで人身御供をしていた。
それは実際ひとを生贄にして埋めるわけではなく、ある一定の年齢になったら修行という名の山籠りにはいる。

そしてこの土地の大切な息吹を感じたら下山をして、その土地のために貢献をするのが習わしだった。

しかし両親はこの土地のために何十年、何百年と捧げてきたこの慣しから開放されたがっていた。

「羽」この名前を親が俺につけたのは、
もういい加減自由になって、外に飛び立ちなさいという意味なのだと、あとから知った。


俺と藍美が仲良くなったのは、藍美が話しかけてきたのがきっかけだった。

藍美が転校してきたその日の放課後、
「ねぇねぇ、酒井くんちょっと聞いていい?」と藍美の方から突然話しかけてきた。

皆んなが教室を出て行った放課後だったから良かったものの、俺は突然声かけされて面食らってしまった。

「えっと…井之口さんだっけ?」

「うん、そうだよ」
そうしてズイズイ俺のほうに近づいてきたかと思うと

「酒井くんって羽っていうの?」と聞いてきた。

俺は少し間をあけて

「…うん。」と言った。

羽と書いて「はね」。

一見ロマンがあるように思うけれど、実はあまり自分では好きな名前じゃなかった。

「酒井くんの名前ってカッコいいね!」

そう藍美がいうまでは…。

藍美と俺が仲良くなるのには、そんな時間は掛からなかった。

少し前まで神さまの生贄だった俺の家系とは違い、藍美の家は放牧民のような生活だといった。

「どの場所にも居場所なんてないんだよ」
そうやって寂しそうに藍美はよく呟いていた。

「せっかくその土地のことや、クラスメイトの友達と仲良くなっても結局またお別れがやってきて「バイバイ」をいうの。その土地に何度も根付きたいって思ったよ」

藍美はまるで各地を転々とするサーカス団のように決まった寝ぐらを持つこともなく、過ごしてきたのかもしれない。

そんな藍美にとって、俺は物珍しい存在だったのだろう。

そんな藍美と俺は正反対の境遇でいながらも、まるでS極とN極のように不思議と近づいていった。

けれど、

「ねぇ、羽!もしもわたしが、暫く学校に来れなくなっても探しちゃダメだからね!」

俺にそう告げた翌日から、藍美の姿が消えた。



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