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NYCショート vol. 5 / 同時通訳ブルース・犬に噛まれた!?「わかりません」と「覚えてません」

 明日、日本語通訳が必要なんだけど、やってくれない?
 友人が翻訳・通訳派遣会社を経営しているんで、年に1、2度ですけど、こうやって、いきなり助け舟を求められることがあります。

 ギリギリで依頼が来たけど、日本人通訳を確保できない。 
 友人の会社は法律と医学が専門なんで、ニューヨークとはいえ、そこまでちゃんと通訳のできる日本人の数も、そんなに多くないそうです。

 法律関係のアサイメントは、9割ぐらいがデポジションです。
 これは欧米法のディスカバリーの手続きの一つで、公開された法廷での公判の前に、事実関係を知る可能性のある個人から証言をとるプロセスです。
 コロナ前は、原告か被告の弁護士のオフィスで行われることが多かったんですけど、コロナ以降は100%ズームになりました。
 そうなると家からできる仕事ですし、ギャラもいいんで、他の仕事とバッティングしていない限り、頼まれたら、受けることにしています。

 この日は、やや珍しいケースでした。

 出席者は、原告側の弁護士、被告、被告側の弁護士、裁判速記官、そして通訳のわたし。 
 被告が日本人女性で、原告は近所の人。
 簡単に説明すると、原告の訴えは、被告の犬に噛まれた。
 怪我の治療代を出してほしい。
 今日は、原告側の弁護士が、被告、つまり犬のオーナーと思われる日本人女性から証言をとる日なので、通訳が必要ということになったそうです。

 いつもの流れですけど、まず宣誓をします。
 そして初めに原告側の弁護士が、基本的な質問をします。
 名前、住所、生年月日、職業、現在の住所にいつから住んでいたのか、その前に住んでいた住所は、既婚者はいるか、同居者いるか。

 そして核心部分に入りました。

 原告側の弁護士
 「XXXXXという名前のシェパード犬を飼っていますか?」
 被告(日本人女性)
 「いいえ」
 原告側の弁護士
 「それでしたら、XXXXXという犬を飼っていますか?」
 被告(日本人女性)
 「いいえ」
 原告側の弁護士
 「XXXXXという犬は知っていますか?」
 被告(日本人女性)
 「はい、知っています」
 原告側の弁護士
 「その犬はシェパードですか?」
 被告(日本人女性)
 「わかりません。けど雑種だと思います」
 原告側の弁護士
 「XXXXXという犬のオーナーは誰ですか?」
 被告(日本人女性)
 「夫の友達です」
 原告側の弁護士
 「その夫の友達の名前は?」
 被告(日本人女性)
 「知りません」
 原告側の弁護士
 「それではXXXXXは、今どこにいるんですか?」
 被告(日本人女性)
 「わかりません」
 原告側の弁護士
 「XXXXXがどこにいるのかを、あなたの旦那さんは知っているのですか?」
 被告(日本人女性)
 「わかりません」

 デポジションや公判の通訳は、学生時代から今まで、数えきれないほどやってきました。
 そしていつの時代でも、一番訳す機会の多い答えが「I don't know(わかりません・知りません)」と「I don't remember(覚えていません)」です。
 交通事故のケースだと、これ、下手した7割越えかもしれません。大袈裟ではなく。

 ですからこの日の日本人女性の証言も、こういった受け答えになるのも理解はできるんです。
 けど通訳しながらも、うん??とよくわからなくなってきました。
 大体、あなたはその問題となっている犬を飼っているのか?

 ここから、時系列を踏まえながらの質問に切り替わりました。

 原告側の弁護士
 「〇年〇月〇日(原告が噛まれた日)にXXXXXは、どこにいましたか?」
 被告(日本人女性)
 「わたしの家にいました」
 原告側の弁護士
 「あなたの家で預かっていということですか?」
 被告(日本人女性)
 「はい、そうです」
 原告側の弁護士
 「その日、〇〇〇〇(原告)がXXXXXに噛まれたのは知っていますか?」
 被告(日本人女性)
 「噛まれたかどうかは、その場にいたわけではないので、わかりません」
 原告側の弁護士
 「わかりました。それでは現住所の前に住んでいたアパートでの話に移ります」

 まず原告側に弁護士は、前に住んでいたアパートの住所と、何ヶ月そこに住んでいたのかを確認しました。
 そして犬の話に入りました。

 原告側の弁護士
 「前に住んでいたアパートでもXXXXXを預かっていたことはありますか?」
 被告(日本人女性)
 「はい」
 原告側の弁護士
 「いつからいつまで預かっていましたか?」
 被告(日本人女性)
 「覚えていません」

 ここで原告側の弁護士は、証拠を提示しました。
 前に住んでいたアパートの大家さんから、被告に送られた手紙でした。

 原告側の弁護士
 「この手紙に、見覚えがありますか?」
 被告(日本人女性)
 「はい」
 原告側の弁護士
 「この手紙の内容については理解されてますか?」
 被告(日本人女性)
 「たぶん」
 原告側の弁護士
 「これは、あなたが前に住んでいたアパートの2階に住んでいる〇〇さんという方に、XXXXXが噛みついた。アパートはペット禁止です。速やかに犬を他の場所に移すように、という大家さんからの警告と要求の手紙ですよね?」
 被告(日本人女性)
 「そうだと思います。けどわたしは現場にいた訳ではないので、噛まれたかどうかはわかりません」
 原告側の弁護士
 「この前に住んでいたアパートでは、いつからいつまで、XXXXXを預かっていたのですか?」
 被告(日本人女性)
 「主人の友達の犬なので、よく覚えていません。クリスマスで二週間ほど日本に帰省し、戻ってきたらもうXXXXXがいました」
 原告側の弁護士 
「この大家さんからの手紙が来て、XXXXXはどうしたんですか?」
 被告(日本人女性)
「主人がどこかに連れて行きました。友達の家かもしれません」
 原告側の弁護士
「ご主人のお名前は?」
 被告(日本人女性)
「〇〇〇〇です」
 原告側の弁護士
「仕事は?」
 被告(日本人女性)
「今は無職ですけど、時折、大工仕事をしています」
 
 この後、原告側の弁護士は、昨年の夏にも、10年以上付き合いのある被告の友人の顔に、XXXXXが噛みつき大怪我をさせたことを明かし、これに関しての質問もしましたけど、被告の答えは「あれは友人が酔っ払って変な声を出したので、それに犬が反応しただけで、噛んだわけではない」でした。
 救急車で運ばれて、何十針も縫う大怪我だったらしいですけど、被告の日本人女性は「噛んでいないという」主張を曲げませんでした。
 その大怪我をした友人から、訴えられてはいないけど、治療費の負担を求められている。けどまだ支払いはしてないとのことでした。
 結局、最後の最後まで、誰の犬なのかわかりませんを繰り返し、XXXXXが人を噛んだという認識はない。
 頑なにこれを言い通しました。

 次は、旦那さんからの証言を取らないといけないということだと思います。
 でも通訳のわたしは、これでお役御免。
 このケースがどういった結末を迎えるのか、知ることもないんです。
 調べればわかるかもしれないですけど、そんなに興味もないですし。

 ただわかっていることは「真実を語ります」と宣誓しても、ほとんどの被告の本音は、宣誓なんてあくまでも形式的なもの。
 自分の身を守ることが第一。
 となると、宣誓なんてどうでもいい。
 そうなってしまうんですよね。

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