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#文字でスケッチ

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眼前の光景に心のひだが震えた。絵に留めるかシャッターを切るか。いや僕らには文字がある。どの一瞬も文字で切り取ることができる。文字ならではの流麗さを以ってスケッチを試みる。#文字で… もっと読む
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記事一覧

ビーナスブリッジと太極拳

子供の頃、月に一度日曜の早朝から公園のゴミ拾いボランティアに行っていた。 電車に乗ってJR元町駅を降り西口へ出る。親に西口で降りるように言われていたので、当時は殺風景な駅前北側の長い階段を上り、更に歩道橋を渡って北へ向かっていたものだった。あまりにも人気がなくてちょっと怖かった気もする。 今思えば東口は賑やかで店も沢山あり、南東側には大丸神戸店へと続く横断歩道があるので人通りも多かった。親が人気の少ない西口を選んで私を歩かせたのは単に近道だったからかもしれない。人通りが少

メカの対処法 / #文字でスケッチ

妻に新しいワイヤレスイヤホンが届いて言った。 「今使ってるやつあげよぉかぁ」(関西弁) えー…ワイヤレスでしょ。 僕はイヤホンは有線派。 ガジェット類をいじるのは好きだし、 説明書なんかもくまなく読むし、 “設定”とか“カスタマイズ”とかむしろ好物。 そして新し物好き。 でもイヤホンは無線にしたくない。 充電して、ケースから出して、電源入れて。 たまに認識されなくて、確認して。 耳から外してブラブラさせとくのもできないし。 有線だったら穴に挿すだけ! で、改めて

待合室で待ちぼうけ in 耳鼻科

先週患った風邪が喉から鼻に移行したので今日も耳鼻科に行きました。 やっぱりBスポット治療って即効なんですね…一週間で痛みが取れました。 診察自体は処方する薬を変更するだけで、処置はスプレーと吸入だけという大変オーソドックスなものでした。 しかし、ここまでかかる待ち時間というものがありまして…今回は待合室での様子を書き綴りたいと思います。 私がお世話になっている耳鼻科は青森県内でもかなり腕が立つことで有名なところで、小さいながらいつ行っても人でごった返しています。多いときは

いつもの道で|#文字でスケッチ

今日は出張会議があったので、いつもより早い時間に家を出て駅に向かった。 駅へ行く途中に、ひとつだけ横断歩道がある。横断歩道の対岸脇には、大きな楠が一本立っていて、今の季節は色づく前に風雨で落ちた薄緑の実が、あたりにちらほら散らばっている。 信号は赤。4、5人が並んで待っていた。私は後ろの方にいて、日差しの暑さもあり「早く信号が変わらないかな…」と思っていた。 やがて信号が青になり、並んでいた私たちは一斉に前進を始めた。そのうちの一人が、左右をキョロキョロした後、右手を挙

あそこのあのこ

本棚を買った。現品限りで4500円。組み立て済みの代物だった。 店員に「これください」と頼み込む。 「ただいまご用意いたしますのでそちらでお待ちください」と言われて、近くのソファに座った。 なんとなく、サービスカウンターに目をやる。そこでは新人研修が行われていた。先輩店員が新人にレジ操作を教える、ごく普通の研修だ。 「私もそんな時代があったなぁ」と微笑ましく見ていた。でも、既視感があったのはそれだけじゃなかった。 研修担当の先輩店員、よーく見たら知ってる顔じゃん… 同

番外編 降りてきた  #文字でスケッチ

首を振って、ため息をつく。 斜め60°くらい上を見上げる。 カーテンレールのもう少し上、天井と壁の境目あたり。 実際、見るために見ているのではないのだが。 そこに答えがないことはわかっている。 わかっているのにこういうとき、なぜ、必ず人は斜め上を見上げるのだろう。 空中を凝視していた視線を、今度はゆっくりと右へ動かし、それから左へ半時計周りに滑らせる。 下ろしてきた目線を次は真下へ向ける。 頬杖をついたまま、しばらくテーブルの木目を眺めたあと、右手の人差し指と中指を眉間に強

おじさんのかわいいカブ / #文字でスケッチ

20時の弁当屋さん前にカブ(バイクの)が停まる。 おじさんがヘルメットを脱いでいる。 僕は無性に食べたくなったのり弁ができあがるのを店内で待っている。 おじさんが入店してきて注文している。60歳台くらいかな。 窓ガラス越しにカブを見やる。 こぼれた店明かりが照らす緑ボディーと白シールドが夜に映える。 うん、やっぱいい。 もし乗るなら、カブだったら、ちょっとバイクも乗ってみたい、とか思ったり。 後部の荷台の横に取り付けられた“赤いバッグ”に目が留まる。 緑と白と赤

ある夏の日曜日 アメリカのおへそ辺りで

毎年恒例の夏休み長距離ドライブ旅行。ちょっと一休みに、一番近いスタバを目指して高速を140kmでずっと飛ばして走っていた。幾つかの高速道路が交わる田舎町で出口を降りた。 店の周りをドライブスルーの車の列が一周している。私はすぐ横のホテルの空き駐車場に車を停めて店内に入った。 入った瞬間から何だか雰囲気の良さが伝わってくる。 ぽっちゃり目のメガネ女子。 背が高くて大柄な女子。 そして、金髪ボブカットでドライブスルー担当女子。 みんな生き生きと働いている。チームワークも良さ

台風の日|#文字でスケッチ

小学校の空き教室を利用しての、放課後児童支援事業。土曜日は朝から開所して、留守家庭のお子さんを預かる。土曜日は、参加者が少ない。だいたい10人程度だ。台風接近中なので、更に今日は少なく、3人だと連絡があった。 私は午後のシフト。まだ暴風にはなっていず、雨も小降りで、傘をささずに歩く人も多かったが、眼鏡をかけている私は、レンズに水滴が着くのを避けるため傘をさして職場へ向かった。 職場に着き、傘立てを見ると大人の雨傘3本と子どもの雨傘3本が刺さっていた。子どもの雨傘は乱暴に閉

番外編 風が吹いている #文字でスケッチ

 風が吹いてきた。    ゆらりゆらり。  間合いを図ろうとするが、気まぐれな風はもう止んでいる。  またか。今の時期の風は一定ではない。ぐるぐると回り、ふわふわと踊って、他を翻弄する。こちらの都合に合わせてはくれない。  移ろいやすい風を掴まえるのは難しい。    また、風が吹いた。  先ほどよりは強くしっかりとした風だ。  これに乗れるか。ゆらりゆらり。揺れながら、風向きを確かめる。透明な羽が左右に頼りなく振れる。朝日を跳ね返して光が飛び散る。  未だ駄目だ。未だ風向きは

ちょっと早足で行く。

僕は、通勤経路の三分の一を徒歩が占めている。およそ1時間の通勤時間の中で、ほぼ20分が徒歩の時間になる。 その20分は駅から職場までの道程である。駅を出て、信号をいくつか待つ以外は、歩き続ける。ちょっと早足で行く。 春の頃は、早足を意識するとか、どこかに近道はないかと探していたけれど、いま道は決まった。早足でいなくちゃという意識はなくなりつつある。 改札を出て、駅から続くモールの通路を渡り、階段を降りる。階段の縁の凹凸を足の裏(指の付け根あたり)で感じながら。目の前の信

お母さん、いいんだよ

ニャークスのヤマダさんに、お久しぶりの気持ちをこめてこちらに参加します。 ちなみにヤマダさんと言えば花丸恵さんと企画されていた#100文字の世界でご存知の方もいらっしゃるのではないでしょうか? ※こちらへの投稿期間は終了しております。 私が以前投稿させてもらったのはこれ。 懐かしいですねー。 そして、今回の企画概要はこちらです。 「集めたスケッチはWeb展覧会を模してマガジンに集約していきます。」との事。 文字だけで場面を切り取ってなるべく写実的に繊細に表すというの

あげる / #文字でスケッチ

気配に顔を上げると、胸の前でソフトクリームを持つ女性が視界を横切った。 と、その女性の後ろには女の子が“続いている”ことに気付く。 やや力の込もった足取り、背を透してソフトクリームに吸い寄せられている眼差し、何より右手に握られた長めのプラスチックスプーン。 スプーンは槍のように垂直上向きで、歩き方と視線も相まって、やにわにトランプ兵を思う。 あぁ、前の追われる“アリス”は女の子の母親なのかと合点する。 お母さんが僕から2席分空けたベンチに腰掛けると、ソフトクリームも自ず

いちばん好きなもの / #文字でスケッチ

お母さんと息子くんが商業ビル1階に設けられた室内広場のテーブルに座り、ハンバーガーを食べている。 幼稚園の年長さんか小学校低学年くらいか。 ♢ お母さんは自分が持つハンバーガー越しに、わりと冷静な目で、息子くんの口元と手元と表情を見ている。 息子よ、口にケチャップがついてるね、服にはこぼしてないな、それにしてもニコニコとそんなに美味しい? 時々思い出したように次の一口を少しかじる。 ♢ 息子くんは視覚と味覚からくる情報で体中に幸せを満たしている。むしろ溢れ出てし