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番外編 降りてきた  #文字でスケッチ

首を振って、ため息をつく。
斜め60°くらい上を見上げる。
カーテンレールのもう少し上、天井と壁の境目あたり。
実際、見るために見ているのではないのだが。
そこに答えがないことはわかっている。
わかっているのにこういうとき、なぜ、必ず人は斜め上を見上げるのだろう。

空中を凝視していた視線を、今度はゆっくりと右へ動かし、それから左へ半時計周りに滑らせる。
下ろしてきた目線を次は真下へ向ける。
頬杖をついたまま、しばらくテーブルの木目を眺めたあと、右手の人差し指と中指を眉間に強く押し当てて目を閉じ、意識を集中させる。

さっきからずっと落ち着かない。
ずっとこうしている。
もう少し。もう少しなのに。
どうしてだ。
いろんなものが出てきて邪魔をする。
もうそこまで、来ている気がするのに。

目を開けた。手元のスマホが目に入る。
そうだよ、そうすれば簡単じゃないか。
すっきりするよ。
誘惑の声がする。

いやいや。それじゃだめだ。
簡単に諦めたら負けた気がする。
何に? 何かに、だ。

スマホを裏返して視界から隠す。
立ち上がってお湯を沸かす。
こんなときはカフェインが必要だ。コーヒーを入れよう。

カップから立ち昇る湯気を眺めながら考える。
こうなったら、ローラー作戦か。
五十音を最初から一文字ずつ潰していこう。
あ。アサダ。アオキ。アオイ…。
い。イシイ。イシダ。イノウエ…。
う。ウエダ。ウミノ。ウエムラ…。
え。エンドウ。エガワ…。

だめだ。もう飽きてきた。それに、こんなので出てくる気がしない。

…なんて名前だったっけ。あの女優さん。
顔は浮かんでいるのに。
大きな目が印象的なきれいな女性。
ずっと前の大河ドラマで、瑛太さん演じる大久保利通の恋人役だったんだよなー。
スマホで検索すればすぐわかるのはわかってるんだけど、それはしたくない。
だって悔しいじゃないか。

あー。
だめだ。出てこない。
とりあえずいったん考えるの、やめよう。
そろそろ夕食の用意しなくちゃ。
そうだ。
違うことを考えていると急にフワッと降りてきたり、しないだろうか。

大根の皮を剥いて薄切りにして、端から細く切る。
この切り方、千六本とか、言うんだっけ。
千切りと千六本、どっちが細いのだろう。
あ、お味噌、そろそろなくなる。在庫、出しとかないと。

…と、降りてきた。
ほんとうにフワッと。

内田さん。
そうだ、内田有紀さん、だ。

カミナリに打たれたようでもなく、閃くような感じでもなく、まるでずっとここにあったように、出てこなかったことが嘘のように、今までの私の苦労を嘲笑うかのように、フワッと出てきた。

あー。すっきりした。

…って言うか、さっき「う」で考えたやん。
なんでそのとき、出てこんの?


*****

情景でなく、状況をスケッチ(?)してみました。
ヤマダさん、これもあり?でしょうか。

#ニャークスのヤマダさん
#文字でスケッチ
#思い出せてよかった