見出し画像

小川和久『フテンマ戦記』を読む① ただならぬ「深刻さ」

軍事アナリストの小川和久氏の著作です。今年、沖縄返還50年にあたり、読んでみましたが、一読して、普天間移設問題にはただならぬ深刻さがあることを改めて思い知り衝撃を受けました。

普天間移設問題については「辺野古に決めたらそれで進めるしかない。沖縄が馬鹿左翼に煽られてる。鳩は馬鹿。」程度に思っている人も多いと思います。そういう人にこそ必ず読んで頂きたいと思ってnoteを書いてみました。

辺野古への移設は計画から12年の歳月と現在9,300億円かかって工事が進んでいます。

この状態を一般的には「迷走」と言います。

本書は、この問題に携わった著者の経験から「迷走」の経緯について辿るのですが、本書には様々な面があるように思います。以下の角度から、評者の感想を思いつくまま述べてみたいと思います。

①政策決定をめぐる実名の人間ドラマ

特に、一読して最も印象に残ったのが政策決定を巡る人間ドラマとしての面です。テレビなどで見る著者の冷静な語り口からは想像もできないドラマチックな展開に引き込まれました。(著者の語り口はこちらから)

私の推測ですが、小川は人間の生死にかかわる安全保障や軍事だからこそ感情論を完全排除すべし、とのスタンスから普段のテレビなど語り口を意識的にそうしてるのかもしれません。(もっとも、地上波以外ではそうでもなく意外な面もあるようですが)。

②政策決定過程の事実関係の記録

本書では実名入りで冷静な小川氏が怒鳴ったり感情的になる場面が何回か出てきます。ここが本書の「ヤマ場」であり、「ドラマ」なおかつ、この「怒り」の背景が、この普天間移設問題での重要なポイントでもあり、本書をじっくり読んで頂きたい部分です。

もちろん当事者の筆による故の多少の脚色はあるだろうし、私などは斜に構えるのが常です。しかし、丹念な事実の積上げが読者を引きずりこむ「引力」を発生させ、それを忘れさせてしまいます。

③交渉の中での自身の検証

また、国内調整や内閣官房やそのほかから費用を受け取っていることを赤裸々に記述しています。これも、交渉の記録としての面もあるからなのだろと思います。数年後に米国での記録の開示される。政治外交史の専門家の筆で検証されると思います。(もっとも米国側でどういう記録にされているかも現時点では不明ですが)

小川氏も触れていますが、米国と意見交換なのか案の打診なのか、結局米国側もポジションを図りかねて話もうまく進まなかったり、米国側との交渉や意見交換での苦悩。このあたりは著者の誠実な筆遣いで交渉の中の自身の検証も出てきます。

④普天間移設問題の問題点についての解説

一方で、私は若干わかりづらいと思ったのは、普天間移設問題での問題点として、小川氏の言う「キャンプハンセン陸上案」の詳細と検討自体が全体の案の比較の中ではややわかりにくい点です。ここは別の著書の『この1冊ですべてがわかる普天間問題』を併読するとわかりやすいと思います。

普天間移設問題そのものについては、既に進めてしまっている辺野古をどうするのか、に論点が移りつつあります

⑤辺野古への問題提起

私が非常に重要だと思ったのは辺野古への問題提起です。米国GAO(著者「政府監査院」)から「使い物にならない」評価が出ていることは本書の中でも強調されています。

米国GAOの機能や能力については著者が別の著作や媒体でも多く触れており、重大な指摘です。なおメディアの「会計検査院」等の定訳は実態を甘く見ている、との小川氏の指摘は当然だと思います。訳語としては小川氏「政府監査院」専門家は「政府説明責任局」や「行政活動検査院」などがあります。

この指摘の対応や処理を今後日本政府がどのように対応するのか、非常に注目されるポイントです。

おわりに、本書の売れ行きについて。本書の出版直後に(失礼ながら、残念なことに)内容の強烈さ、深刻さとは裏腹に、大々的に話題になることはなありませんでした。実名入りと言うことで、書評としても出しにくい「大人の事情」を連想させます。

しかし、本書は再び脚光を浴び、ベストセラーに躍り出る機会が必ずあると私は確信しています。それは、GAO指摘通り辺野古が全く使い物にならず、無意味な状態になり、断念せざるを得ない状態に追い込まれる時です。

静かに容赦なくその時が忍び寄っています。さらに続きます。


この記事が参加している募集

読書感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?