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手を差し伸べてくれる人は、近くにいる

春休みも終わりに近づいたある日の朝、私の顔に靴が飛んできた。新学期を迎える5歳の娘に買った、幼稚園の通園靴だ。

「人の顔に靴投げたらあかんやろ!そんなんするために靴買ったんやないよ!」

そう言って私は、泣きじゃくる娘を家に置いたまま、愛犬の散歩に出かけた。

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春休みの序盤は、毎日お友達と公園や家で遊んでいたが、終盤に差し掛かった頃から、娘のイヤイヤが酷くなっていった。歯磨きや食事、お風呂も嫌。まさにイヤイヤ期の再来・・・!私が苛立ちながら無理矢理やらせようとすると、叩いたり、近くにあるものを投げるようになった。

​悶々としながら、犬と家の外に出ると、おめかしした子どもたちが新品のランドセルを背負い、パパやママと手を繋いで歩いていた。みんな笑顔で、足取りも軽やかだ。

「そうか、今日は近所の小学校の入学式か・・・」

目の前を歩く小さな先輩たちが、すごく輝いて見えた。来年の今日は、家族揃って笑顔で入学式に向かうはず。なのに今は、靴が飛んできた頬はまだ何となく痛いし、何より胸が締めつけられるように苦しかった。

「私の接し方が悪かったのかな・・・」

笑顔でランドセルを背負う親子連れを眺めながら、気付いたら涙が溢れていた。子どもの着替えでこんなことになっている自分が情けなかった。こんなことになるくらいなら、一日パジャマのままでも良かったのに。

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いつもの散歩道を泣きながら歩いていると、近所の先輩ママが遠くに見えた。向こうもこちらに気付いたようだ。先輩ママの足元にも、尻尾を振る茶色い犬がいる。

気付かれないよう涙を拭いてから手を振り、いつもどおり喋りながら犬の散歩をした。でも途中、私はこらえられなくなって、娘のイヤイヤのこと、顔に靴が飛んできたことを話してしまった。中学生の子を持つ先輩ママは、「うんうん」と話を聞いてくれた。「うちの子もそういう時期があったよ」、「大丈夫だよ」と。

「大丈夫」の言葉だけで、また涙がこぼれそうになるほどホッとした。他の子にも、そういう時期があるんだ。日中、一人で子どもを見ている日が続くと、客観的に子どもを見れなくなる。それで私は、娘のイヤイヤがずっと続くと思い込んでしまっていた。

急に泣いたらひかれるんじゃないかと、頑張って涙をこらえた。そして別れ際、先輩ママが何気なく言った。

「もうすぐ新学期だから、緊張してるのかもね」

娘が、緊張してる?老若男女関わらず、犬さえ連れている人には誰にでも声をかけてしまうほど大らかで社交性のある娘が、緊張・・・?

「緊張してるはずない」と思いつつも、試しに「緊張しているのかも」と思って接してみた。すると、その後のイヤイヤも(ほんの少しだけ)広い心で受け止めることができた。「新学期で緊張してるから、何か心がイヤイヤしてんねんな。しゃーないな」と。

そして、私のイライラが減ると、不思議と叩いたり物を投げることは大分減った。

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春休み最後の日。娘とお風呂に入っていると、娘がぽつぽつと自分の気持ちを話し始めた。

「こんな私が年長さんになれるのかな」
「年少さんにいろんなことを優しく教えてあげられるかな」
「前にボールをぶつけてきた子と同じクラスになったらどうしよう」

数日、「緊張しているのかも」と思って娘と接していた私は、娘の話を聞いて、やっぱりなぁと思えた。娘に「あなたはいつも優しいから、年長さんになってもそのままで大丈夫だよ」「もし、嫌なことがあったら、お友達に『嫌だよ』って自分の気持ちを伝えれば大丈夫」と話した。

もし、先輩ママの何気ない一言がなければ、きっと驚いていただろう。

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育児をはじめて5年半。今は「孤育て」の時代なんだと思ってきた。

私が小さな頃の記憶をたどると、昔は祖父母が近くに住んでいる家庭も今より多かったような気がするし、地域の人との付き合いも今より深かったように思う。祖父母と親、そして地域で子どもを見て、育てるという雰囲気が今よりもあったのではないだろうか。

それに比べて、今は親だけが子どもを見るケースが多い。しかも、ほぼ母親(父親の場合もあるかもしれないが)がほとんどの家事育児を担う家庭も多く、我が家も例外ではない。

でもやっぱり子どもは、一人では育てられない。

辛いとき、行き詰まったときは、勇気を出して誰かに話してみると良いのかもしれない。意外にも、心を開けば手を差し伸べてくれる人は近くにいる。ママ友でも、近所の人でも、園や習い事の先生でも、きっと良い。

この春休み、先輩ママの一言で、育児の精神的な辛さが和らいだ。子どもを一日預かってもらうわけじゃなくても、何気ない一言で救われる親子もいる。

私も、誰かが辛そうなとき、手を差し伸べられる人でありたい。そう改めて感じた春休みだった。







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