学童なしで仕事を続けた1年の振り返り
昨年、娘の入学を控えて学童に行くか行かないか迷ったが、結局学童に通わなかった。フリーライターとして働く私。学童なしで仕事を続けてみようと決めたこの1年を振り返ってみようと思う。
前提として、子どもの性格や学校の環境(クラスのメンバーや先生)、家庭状況、保護者の仕事内容やスキル等々、いろいろな要素で何がベストなのかは違ってくるだろう。ただ、あくまでわが家の結論だけど、何度も仕事がなくなるピンチに見舞われたし、クライアントのご理解のうえでようやく成り立つ選択だったので、仕事面ではおすすめはしない。でも、育児面ではこの選択をして、結果的に良かったと思っている。
現状:9時-15時は仕事、その後は子ども中心の毎日
いまは、平日9時~15時まで(月曜は早帰りなので13時半まで・・・!)仕事をして、娘の帰宅後は宿題を見たり、一緒に遊んだり、習い事や通院の送迎にいそしむ毎日だ。一日のおおよその流れはこんな感じ。
夏休みや冬休みなどの長期休暇は、基本的に新しい取材や執筆のお仕事は受けていない。修正対応やメールのやり取りなどはもちろんするが、基本的には子どもの相手(と休暇)に専念している。これは、私が2つのことを同時にできない性分で、どちらか中途半端になるのが嫌で申し訳なく思うため、そうさせてもらっている。
振り返ると、なんて使いづらいライターなんだろう。記者時代は、朝の5時から夜中0時まで(いや、もっとか?)取材していたのに、9時15時って!仕事がなくなっても当たり前やん、この仕事なめてんのか、アンタわがままなんか?
でも、今はこの働き方を選んで後悔はしていない。たとえ仕事がなくなるピンチに何度見舞われても、だ。
ちょっと昔の「おかえり」の話
私が小学生のころ、下校すると必ず母が玄関先で「おかえり」と迎えてくれた。母はパート勤めをしていた時期もあったけど、なぜか下校時には一旦帰ってきて、またパートに行くこともあった。なぜそんな面倒なことをしているんだろうと思っていたが、帰ったら母が学校での出来事や他愛ない話を聞いてくれる毎日は、居心地が良かった。
時を経て、娘を出産するため里帰りしていたとき、母との何気ない雑談のなかでパートを中抜けしていた理由が分かった。
「パートしてたとき、下校時間には家いたやんな?なんでやったん?」
「あーあれな!帰ってきた瞬間の子どもの顔見たら、『今日いいことあったんやな』とか『嫌なことあったんやな』って分かるから、家おるようにしててん」
「家に帰った瞬間の表情が大事やねん。家に帰ってしばらくしたら、辛いことがあっても表情を繕えてしまうから」
当たり前に享受していた毎日の「おかえり」は、母の愛そのものだった。私もお腹の子が大きくなったら、「おかえり」と迎えたいと思った。
学童に行かない選択をした理由
娘は、幼稚園への行きしぶりは全く無かった。楽しんでどこでも行けるタイプだったから、入学後の生活も特に心配はなかった。学童に通わせても、私は子どもを家で迎えられるし、きっと娘も学童でうまくやれるだろう。
ただ娘には、やりたい習い事がいくつかあった。他にも、喘息やアレルギーなどの定期通院もいくつかある。学童に通わせても、週に数日は無駄にしてしまいそうだ。習い事と通院を土日に詰め込む方法もあるが、休日の家族で過ごす時間も大切にしたかった。
住んでいる地域は学童に通う子が多く、クラスで仲の良い友達が学童に通っていたら、娘も「学童に通いたい」と言い出す可能性が高いとも考えた。自分で学童に行くと言い出すまでは、学童の枠にとらわれず、近所のいろんな子と遊ぶのも楽しそうだ。
そんなこんなで、一旦学童なしで生活してみて、本人が学童に行きたくなったら切り替えようと考えた。
予想外のことが起こった入学後
ところがどっこい、予想外にも娘は学校に馴染めなかった。今のところ「学童に行きたい」と言うこともないので、多分このまま学童にお世話になることはなさそうだ。
娘のことを「どこに行っても心配ないタイプ」だと思っていたから、「学校楽しくない」「行きたくない」と言い始めたときは、めちゃくちゃ驚いたし困惑したし、何よりも心配したし、今もその気持ちは続いている。今のところまだ学校に通えているけど、行きたくない気持ちはしっかりと胸に抱えたままだ。
娘が「学校楽しくない」と感じたきっかけは把握している。いつかnoteに書きたいなと思うけど、未だに私も気持ちが整理できおらず、手つかずのままだ。誰か未消化な悲しい気持ちを、うまくエッセイにする方法を教えてください。
育児編:学童なしで過ごした1年の振り返り
娘は、朝から訳も分からず泣いたり文句を言ったりする日もあれば、帰宅後モヤモヤする気持ちを心に封じ込めたい日もあるようだ。帰ってきたときの表情を見て「何かあったな?」という日はそっと様子を見ながら、話せるきっかけがあればじっくり話を聞いている。
こうして子どもの様子をよく見る余裕を持てるのも、子どものタイミングでじっくり話が聞けるのも、フルで仕事をしていたら難しかったかも知れない。だから今のところわが家は、「学童なし」の選択で良かったと思っている。
仕事編:学童なしで過ごした1年の振り返り
とはいえ、1年間学童なしで仕事を続けて、何度も「仕事ゼロ」の危機に陥った。これは、学童なしで過ごしたからというより、入学後の想定外の娘の様子に動揺しすぎてしまって、取材の企画を考えるための脳みそと心の余裕がなかったからかも知れない。何だか気力が湧かず、目の前の仕事に真剣に取り組むだけでいっぱいいっぱいの1年だった。
企画のネタが底をついたタイミングと、ご依頼の波が落ち着くタイミングが重なると「仕事ゼロ」の現実が襲ってきた。そのたびに「このまま廃業か・・・!?」と不安になったし、「他の仕事をした方がいいのかも」と求人情報をあさる日もあった。(そしてそれは現在進行形)
そもそも平日9~15時までしか取材できず、そのうえ長期休みはがっつり休みやがる超絶使いづらいライターなんだから、不安に苛まれて将来を悲観する事態に陥るのも当たり前だ。優秀でもっと柔軟に動ける同業者は他にたくさんいるんだから。
でもこの1年、いやライターを始めてからずっと、ありがたいことに取材のお声かけを頂いたり、企画を通してくださったりと、何とか細々と仕事を続けて来れた。稼働時間の短さも、長期休暇に新規のお仕事をお受けしないことも理解してくださるクライアントに恵まれて、感謝しかない。いつか見限られる日が来るのも当たり前の状況なのだから、この感謝は今後もお仕事でお返しするしかないと思っている。
どの選択がベストかは人それぞれ
これからも、不安に苛まれて、求人情報を眺める時期が幾度となく来るだろう。それでも、娘が「ママ、あのね・・・」と話してくれる限りは、寄り添えるだけ寄り添いたいと思う。よく考えたらそんな期間、あと何年くらいだろう。人生において、ディープな子育ての期間は多分そんなに長くないのかも知れない。
いつか、娘が自立して人生を謳歌できる日が来たら、好きなだけ仕事に打ち込めるタイミングも来るだろう(と信じたい)。そのときまで、何とか今の仕事を続けられたらいいな、続けたいな、と思う。今は感謝の気持ちを忘れずに、一つ一つのお仕事と、そして娘と真剣に向き合うのみだ。
フルタイムや私のような時短、正社員や派遣、パート、そしてフリーランス・・・世の中にはいろんな働き方をしている人がいて、みんなそれぞれの事情を抱えながら、それぞれの価値観のもとでメリットデメリットを選択して日々戦っている。私は学童なし・時短・子ども最優先という選択をしたけれど、どんな選択がベストなのかは人それぞれだ。もちろん、どの選択をしても、親が子どもを想う気持ちは変わらないと思う。
これからも私は私の方法で、大切なものを大切にしながら、一生懸命戦っていきたい。
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