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「天守物語」は姫路城で輝いた -平成中村座姫路城公演-

平成中村座姫路城公演の第二部、「棒しばり」と、念願の「天守物語」を観ることができました。

第一部の「播州皿屋敷」と「鰯賣戀曳網」の様子は、こちらの記事をご覧ください。


開演前

第二部は、午後3時15分開場、午後4時開演。
あいにくの雨ですが、「天守物語」も雨の日のお話。趣があると思いましょう。

ただ、傘を差しながらでは、三十軒長屋の見物もままなりません。飲み物だけ購入して、早々に小屋の中へ。

やはり雰囲気たっぷりです。
今回は桟敷の松席でしたので、大提灯の下くらいかな、と思っていたのですが、それよりだいぶ前でした、

今回いただいた飲み物はこちら。
左側が「平成中村座」という名の梨のモヒート、右側が「鰯賣戀曳網」というジンジャーレモネードです。
量が少なく見えるのは、劇場に入るとき、お茶子さんから「あと一口飲んでからお入りください」と言われたためです。

普段はアルコールはいただかないのですが、せっかく「棒しばり」があるので、お酒をお供にするのもいいかなと。
「鰯賣戀曳網」はノンアルコールですが、美味しかった!
ジンジャーシロップが風味豊かでおすすめです。売店ではシロップ自体も販売されています(三十軒長屋と異なり、こちらの売店は公演のチケットが必要です。)。

筋書などを読んでいると開演はすぐ。太鼓の音に気分が高まります。


棒しばり

まず最初の「棒しばり」は、とにかく楽しい演目です。
お酒好きの次郎冠者と太郎冠者が主人の留守中、手を縛られながらお酒を盗み飲み…というお話。

次郎冠者の中村勘九郎さんの棒術に魅せられたと思えば、見事な体幹で華麗に舞う姿に感嘆させられます。
太郎冠者の中村橋之助さんは一生懸命演じられているのが伝わってきます。ただ、勘九郎さんの余裕たっぷりな立ち居振る舞いは、これはやはり経験のなせる業なのでしょうね。

あっという間の40分。最後は、中村扇雀さんの大名と3人でわちゃわちゃしながら幕が引かれます。


幕間

「棒しばり」が終わり、30分の幕間(まくあい)、休憩となります。
食事は開演前か幕間に、とお茶子さんの呼び掛けがありますので、ここでお弁当を開いている方も多く見えました。

普段ですと、幕間には芝居小屋外の売店で買い物を楽しむのですが、この日は大雨。急遽、小屋入口に仮設のブースが設けられ、お弁当や飲み物が販売されていました。
臨機応変な対応に頭が下がります。

休憩時間にはお手洗いが大変混雑しますが、これもお茶子さんがどんどん捌いていきます。仮設の小屋とは思えない綺麗な水回りでした。


天守物語

いよいよ「天守物語」です。
泉鏡花、珠玉の戯曲が坂東玉三郎さんの演出で演じられます。

物語の舞台は、ここ姫路城。

この作品には、中村七之助さんが並々ならぬ思いで臨まれているそうで、多くの記事やインタビューなどで語っておられます。

「姫路城のパワーを借りて勤めたいと思っています」のコメントそのままに、姫路城三の丸広場でしか実現できない素晴らしい舞台でした。

姫路城に歌舞伎が来る、と初めて聞いたときは、お城近くの大手前公園辺りに小屋を建てるのかなと思いました。
白亜の天守を仰ぎ見る、三の丸広場に芝居小屋を建てるなんて、よく文化庁が許可したものです。

しかし、この公演は、三の丸広場でなければならなかったのです。

近江之丞桃六の口上で物語が終わりを迎えたとき、舞台後方の幕が開いて姫路城大天守が現れるのですから。

真白にライトアップされた姫路城の神々しさ。
息を吞む、とはこのことです。思わず涙が流れます。


中村七之助さんの富姫は美しく気高く、中村鶴松さんの亀姫は可憐そのもの。
まさに、お言葉の花が蝶のように飛びまして、お美しい事でした。

中村虎之介さんの姫川図書之助は、ひたすらに真っすぐで清廉。
七之助さんの期待に応える熱演です。
富姫のもとから下がるとき、本物の姫路城の階段のような降り方で感銘を受けました。

中村橋之助さんの朱の盤坊は、人ならぬ者とは思えないほど明朗です。
観る人によっては、もっと翳が欲しいと思うかもしれませんが、異形の者たちの持つ「普通さ」の一面を印象付ける好演でした。

中村勘九郎さんは一人二役で、舌長姥と近江之丞桃六を。
舌長姥の「三尺ばかりの長き舌」をどう表現するのかと思っていたら、まさかの…。


全体をとおして、泉鏡花の戯曲そのままの台詞でしたので、まったく違和感なく物語に入り込むことができました。
ところどころ、ト書きの演出については変更されていましたが、さして気になりません。

ただ、作中屈指の名場面で、客席から笑いが漏れたのには何事かと目を白黒させました。
前半の「棒しばり」で会場がなごんだ故でしょうか。


初めて原作を読んだときには、近江之丞桃六のデウス・エクス・マキナ的な終わり方に肩透かしのような印象を受けたのですが、舞台で観ると、これしかないという締めくくりです。

冒頭、秋草釣りの場面では、この世のものならぬ情景に目を奪われました。
泉鏡花の幻想とあやかしの物語、これを作り上げられた方々にただただ敬意を抱きます。

カーテンコール(歌舞伎では何というのでしょう)で七之助さんはじめ皆様が各々一礼されるや、スタンディングオベーションの嵐になりました。
初日には坂東玉三郎さんがお顔を出されたそうで、羨ましい限りです。


終演後、小屋を出ると相変わらずの雨。
三十軒長屋にも「大雨のため営業を終了しました」の看板が。

越前国大野郡、夜叉ヶ池のお雪様も、少々張り切りすぎたのかもしれません。

泉鏡花の「天守物語」は、青空文庫で読むことができますので、気になる方は是非に。


さて、姫路城大天守の最上階には、刑部(おさかべ)大神が祀られています。

兵庫県立歴史博物館(https://rekihaku.pref.hyogo.lg.jp/digital_museum/legend3/story6/journey5/)

宮本武蔵は、姫路城の妖怪退治で刑部姫と対面したと語られています。
刑部姫と富姫は同一視されることもあれば、そもそも刑部神は男神だという見解もあり、錯綜しています。

姫路城の立つ姫山は、播磨国風土記の十四の丘伝説により蚕子(ひめこ)が落ちたところが日女道丘(ひめじおか)と名付けられたとされていますが、一方、鎌倉時代から南北朝時代の武将、赤松貞範は、

富姫の宮のしるしを伝へきて姫山とこそ名づけたるらん

このような歌を詠んでおり、姫山の由来は富姫だとしています。

古来から言い伝えの残る姫路の地、地名の由来も変遷していることがわかります。刑部神と富姫も同じように時代時代で変化してきたのでしょう。


恐ろしくも美しい富姫の「天守物語」、この姫路城の麓で観ることができ、本当に幸せです。


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