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みんなこのことを忘れるのだろうか

戻って来にくいよろこびのこと

「このあと、どういう世の中になると思いますか」と聞かれる機会が増えた。

不意にやってくるので、「うーん、どうでしょう、」というような不確かな入口から入って、そのときに思いついたこと、相手が期待しているであろうテーマに関連することを話してはみるものの、結局は入ったのと同じ、不確かな出口から出る。

ぼくの経営する「本屋B&B」では、2012年7月からの7年半、毎日トークイベントを開催してきた。最大で100人以上、平均でも50人近くが集まる。

ひとつの空間に、人がぎっしりと集まり、同席した人たちと、目の前で起こることを楽しむ。たまに奇跡のような瞬間を目にする。誰かにとっては些細なことでも、誰かにとっては人生を変えてしまうような瞬間。

そのような体験にしかない、固有のよろこびがある。けれどもちろん、いまは開催できなくなった。それがそのまま戻ってくるのは、少なくともまだ、だいぶ先になるだろうと想像できる。

もちろん、感染症にとって大切なのは、R(実効再生産数)が1を大きく下回る状態を続けることのはずだ。

けれど人は、その数字に合わせて動くわけではない。「このあと、どういう世の中になると思いますか」における変化は、おそらくその数字に比例しない。

大きく作用するのは、多数派の気分や感じ方のはずだ。

あらためて考えてみると「みんなこのことを忘れるのだろうか」というところにたどりつく。

もちろん、忘れたほうがいい、などとは思わない。個人としては、どちらかといえば、忘れないほうがいい、と思っている。けれど、世の中のことは、また別の話だ。

未来予測をしようなどという気はない。小さな会社の経営者として、とりあえず深呼吸して考えるしかないその過程を、あくまで自分の整理のために書いたものだ。

だから、おそらく当たり前のことしか書いていない。そして、大した内容がないわりに、わりと回り道をする。先に書いておくと、答えはまだない。けれど、前は向いている。

宿題は片づく

「このあと、どういう世の中になると思いますか」という質問に、「何も変わらない」と答える人はあまりいない。

「変化はする」というのは、少なくとも言える。

この1~2ヶ月の間に、あらゆる場所で、不可避な変化が起こった。その多くは、もともと「いずれこうなるでしょう」と思われていたようなことだ。

それらは目新しくない。いわば後回しにしていた宿題を、少し早めに片づけることになった、というような変化だ。

たとえば、ある定例ミーティングがある。参加者の中には、これまでも「これはオンラインで済むのではないか」と考えていた人もいた。けれど「いまは難しいけれど、いずれはオンラインで済むようになるだろう」という感じで先送りされてきた。

ところがこの状況下で、その定例ミーティングは、必然的にオンラインになった。そうしたら、参加していたほぼ全員が「このミーティング、ぜんぜんオンラインで済むね」となった。

その定例ミーティングにもいずれ「たまにはリアルで集まろう」というときは訪れるかもしれない。けれど「また毎回リアルで集まろう」とはならない。

それは単に、もともと未来の宿題だった。それがたまたま、予定よりも早めに片付いた。わざわざもう一度白紙に戻す理由など、誰もみつけることができない。

そのように考えていけば、気がついてしまうことはある。

たとえば、旅行業において「家族旅行」の需要と比べて「出張」の需要は戻りにくいとか、不動産業において「住宅」の需要は上がり「オフィス」の需要は下がる、といったようなことだ。

オンラインで済む打ち合わせがあるのなら、出張の回数は減る。オフィスの必要なスペースも減る。まったく目新しくない考えだ。このようなことになる前から、ずっと言われていた。

つまり「出張」や「オフィス」には、もともと「いずれこうなるでしょう」という、未来の宿題があった。けれど同時に「いますぐ大きな変化が起こることはないだろう」と思われてきた。それが、思ったより早く訪れた。

けれど、はっきりとそうともいえないような分野においては、どうだろうか。

あるいは、「戻りにくい」とか「上がる」とか「下がる」とかは言えたとしても、「どのくらいか」と聞かれるとそれも、どうだろうか。

そのあたりについて考えはじめると、問いは「みんなこのことを忘れるのだろうか」に変わった。

1:天災

地震や台風、それに伴う津波や洪水といった天災において、その被害の多くは、短期的に(1-1)、局地的に(1-2)、目に見えて(1-3)、はっきりと大きく起こる(1-4)。

直接的な被害にあったという事実を、積極的に忘れようとする人もいるだろう。実際に上手に忘れてしまう人も、いるはずだと思う。

けれど、多くの直接的な被害にあった人たちは、おそらく簡単には、完全には忘れられない。またいつかやってくる可能性と背中合わせで暮らすという姿勢を身につける。あるいは、そのような姿勢を身につけられないまま苦しむかもしれない。

短期的に(1-1)、とは書いたが、これはその天災が直撃している時間、あるいは、そこからエリア単位で通常の社会生活が戻ってくるまでの話だ。直撃した個別の建物の倒壊などにかかる時間は、けして短期とは言えないだろうし、被害の大きさによってはひとつのエリアが復興したといえるまで何年、十何年とかかる。

しかしそれ以上に、忘れる/忘れないということは一筋縄ではいかない。どこまでも「私」の、個別のものであり、誰かの中では一生続く。誰かがその長さを測れるものではない。

けれど前述のとおり、「このあと、どういう世の中になると思いますか」という問いに作用するのは、「私」ではなく多数派の「みんな」だ。

この世界に生きる人たちの、集団としての行動が、感じ方が、世の中をつくる。その問いに答えるには、まちを歩く人たちを想像し、その人たちが感じているであろうことを想像するしかない。

局地的なものである以上(1-2)、多くの人には直接的な被害はない。

それを遠くの出来事として報道で見るとき、その瞬間とても大きな恐怖を感じ、いつか自分の身に起こるかもしれないとつよく感じたとしても、多くの人は、しばらく経てば忘れてしまう。

忘れてしまう理由はたくさんあるだろうが、とりわけその報道が続かないことは大きいはずだ。もともと身近で起こったことではないから、報道がなければ、日常で意識する機会がなくなる。意識する機会がなくなると、人はゆっくりとそれを忘れる。

目に見えて大きな被害が(1-3)、はっきりと起こったとしても(1-4)、それが瞬間的で(1-1)、局地的であるぶん(1-2)、天災(1)は以下に挙げるような事例と比べると、「みんな」にとっては比較的、忘れやすいことだといえる。

2:ある事故

2011年3月11日の件は、少し違っている。

はじまりは天災(1)だった。しかしそれに伴って事故(2)が起こった。

その事故(2)に伴う被害は、長期的で(2-1)、東北を中心として首都である東京をふくむ日本の広範囲にわたる(2-2)。しかも対象は目に見えず(2-3)、自分たちの身に何が起こっているかもわかりにくい(2-4)。

9年経ったいまも、その恐怖とともに暮らす人がいる。天災(1)だけであった場合と比べて、忘れられない人をたくさん生んだ。かなり複雑な課題を生んだといえる。

けれど、それがどれだけ長期的な課題であったとしても(2-1)、この9年をかけて少しずつ「みんな」は忘れた。

東京でオリンピックを開催しようという話にまでなったことが、それを証明している。

少なくとも世界の「みんな」にとって、それは遠くの出来事だった。報道を見てつよい印象を持ったとしても、徐々にそうした報道は減る。「みんな」はいずれ忘れて、それまでどおり暮らす。

そして日本に暮らしていたとしても、対象は目には見えないし(2-3)、直接的に、急激に体調が悪くなったりすることがないぶん、自分たちの身に何が起こっているのかはわかりにくい(2-4)。だからこそ恐ろしい、という人たちは忘れられない。しかし一方で、考えないことにしてしまえば、それまでどおり暮らせてしまう。忘れたまま、暮らせてしまった。

どこかの国でそれまでどおり暮らしている人がいて、考えないことにすれば自分たちもそれまでどおり暮らせるというとき、「みんな」はそれを忘れる。

ぼく個人のことを顧みても、あのときは強く「忘れたくない」と思った。けれどいまとなっては、ふだん思い出さないところか、もはや思い出そうとしても、印象はぼんやりしてしまった。ふつうに街を出歩くようになるまで、それが一切気にならなくなるまで、それぞれどのくらいの期間があったかを答えることもままならない。

「あれほどのことが起こったのに」と思うと、「人間は忘れるようにできているのだ」と感じざるを得ない。

3:今回の件

けれど2020年、今回の件(3)はどうか。

被害は、長期的で(3-1)、対象が目に見えない(3-3)という点では、その事故(2)と似ている。

しかし、世界中で(3-2)、自分たちの身にはっきりと起こり得る(3-4)、というところは違う。

世界中のあらゆる場所の、誰にとっても、どこか遠くの出来事ではない。行列に間隔をあける。店舗の窓は全開にされている。ふだん多くの人が行き交う道に人がいない。世界中の「みんな」が、それぞれの自分の暮らしている場所で、それを見て、体験している(3-2)。

そして、感染してしまえば直接的に、急激に体調が悪くなったりすることを、みなが知っている。それなりの数の人とSNSでつながっていると、知人や、知人の知人くらいの距離には、感染体験をつづった本人がいたりする。いなかったとしても、自分の住んでいる行政区に、感染者が出ていることは否応なく知る。言うまでもなく、死者が大勢いるようなところもある(3-4)。

程度は国や地域によって違う。この日本においては現状、諸外国と比べると、その被害は相対的に大きくない。そう遠くないうちに、緊急事態宣言も解ける。

「みんなこのことを忘れるのだろうか」。ここで仮説は2つに分かれる。

A:いつか忘れる

今回の件(3)も、いずれ「みんな」は忘れる。

歴史がそれを証明している。過去のよりひどい疫病も人間は乗り越え、それを「みんな」は忘れてきた。

人間は忘れるようにできている。記憶はハードディスクのようには記録されない。その中身は少しずつ変容し、多くの人にとってそれは薄れていく。報道も減るだろう。

人間は触れ合いたい。ソーシャル・ディスタンシングは本能に反する。どれだけの事態に巻き込まれても結局「みんな」は忘れていく。そのうちワクチンも開発される。

そうした「いつか忘れる」前提に立つこともできる。

その場合に気になるのは、その「いつか」が「いつ」なのかだ。なんとなく「1年」「2年」みたいな予想が多く口にされると感じるが、「ワクチンが開発されるのは最短で」というような話以上に、確からしい根拠を持つ人には会っていない。

B:もう忘れない

今回の件(3)が、歴史上のこれまでの疫病と違う点は、SNSをはじめとするテクノロジーが発達した以降の社会であることだ(3-5)。

たしかに人間は忘れるようにできているかもしれない。けれど、今回の件は世界中で起こって(3-2)、また繰り返す(3-1)。遠くで、あるいはごく近くで。

SNSは、いつもフレッシュな情報をタイムラインに流す。忘れかけていたころに、また思い出させる。人間は死を恐れる。記憶は思い出す回数が多いほど定着する。

そのうちワクチンが開発されても、またいずれ形を変えて、新しいものが流行する。

「みんな」はもう忘れない。この状況をデフォルトとしたうえでの快適さを考えるようになる。あらゆるテクノロジーがそれを可能にする。安宅和人さんのいう「開疎化」のような、大きな変化も起こる。

そうした「もう忘れない」前提に立つこともできる。

その場合気になるのは、「この状況をデフォルトとしたうえでの快適さ」と「それを可能にするテクノロジー」のことだ。その分野で一番になろうと、いま必死でとりかかっている人もいるのだろう。

わからないけれど

(1)と(2)のことを「みんな」は忘れたし、これからもきっと忘れる。

しかし(3)のこともまた、「みんな」は「いつか忘れる」のか。それとも、「もう忘れない」のか。

ぼくはあんまり連呼したくない言葉だが、最近よく聞く「アフター」と「ウィズ」というのが、おそらくかなりの部分、この「いつか忘れる」と「もう忘れない」に対応している。ここまで書いて気がついた。

最初に前置きしているとはいえ、ずいぶん当たり前のことを長々と書いたものだ。よく聞く「アフター」か「ウィズ」かというのは、記憶に関する問いでもあったのだ。

ともあれ、「いつか忘れる」か「もう忘れない」かによって、「このあと」はずいぶん違う。

長期的で(3-1)、対象が目に見えない(3-3)。そのことだけで十分に、「みんな」は「いつか忘れる」ようにできているのかもしれない。

けれどこれは世界中で(3-2)、自分たちの身にはっきりと起こった(3-4)。SNSをはじめとするテクノロジーも発達していて(3-5)、そのことだけは歴史にサンプルがない。こうなると「みんな」もさすがに「もう忘れない」のかもしれない。

わからない。わかるわけがない。

できるなら未知の、「もう忘れない」の側の準備をしておいたほうがいい、ということはたしかに言える。少なくとも、ビジネスとしての生き残り、といった観点で考えれば、それが正しそうに思える。

けれど個別具体的には、必ずしもそうもいかない。そもそも「いつか」が「いつ」なのかによってすべき判断が大きく違ってその対応さえ手が回らなかったり、「もう忘れない」の準備があまりに未知すぎてまるで想像がつかなかったり、想像がついたとしてもリソースが足りなかったり、単純にそこまでしてそれをやりたい気持ちになれなかったり、というようなことが、あらゆる場所で、いくらでも起こる。

かといって「いつか忘れる」の「いつか」が近いと信じて楽観するような気持ちにも、やはりなれない。そもそも、それがビジネスとしてどれだけ厳しい現実であろうと、これは生死をともなう話だ。「いつか忘れる」ことを願う気には、とてもなれない。

考えるほど、わからない。だとすれば、あがくしかない。

前を向く

ぼくたちはあがいてきた。きっとこれからもそうなる。その跡は、過去のnote(5/115/24/64/4)にそれぞれ残っているので、興味があれば読んでみてほしい。

本棚を眺めるコミュニティの運営も、デジタルリトルプレスの刊行・販売も、試行錯誤しながら続けている。

誰もが必要としている考える時間を少しでもつくるために、全国の書店・古書店を対象にしたクラウドファンディングをはじめた。それには「本屋B&B」は参加していないが、ぼくたちのためのクラウドファンディングを立ち上げてくださった方がいたことに救われた。

最近ではやっと、予約制での営業をはじめることができた。限定的とはいえ、店を空けられたことは、ぼくたちにとって、とても大きい。

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そして、オンラインでイベントを開催していくための、出版社・著者・フリーの編集者の方向けの、相談会も開催することにした。

これまで毎日トークイベントを開催してきた。けれど急に、それができなくなった。そんな中で前を向いて進んでいくにはと考えて、いまはここに力を注ぐことにした。

リアルでのイベントを、オンラインで再現しようというものではない。その固有のよろこびは、残念ながら同じようには訪れない。ただの劣化版と感じられてしまえば、「いつか忘れる」と信じてリアルが戻ってくる日を待つことになってしまう。ぼくたちは「もう忘れない」の前提に立って、オンラインならではの形を、つくろうとしている。

本屋として、ある一冊の新刊が世に放たれたことを、著者や出版社のみなさんと一緒によろこび、読者のみなさんにそのお話を伺う機会を提供し、その本を売らせていただくという一連の流れを、オンラインにつくろうとしている。

冒頭に書いたように、ぼくたちにもまだ、答えはない。むしろほとんどスタートラインにいる。ただ、考えていることはおよそ、このようなことだ。

自分たちだけが生き残りたいとはまったく思わない。そんな世の中は見たくない。だから書いている。

全然違うことを考えている人もいるだろうし、余計なお世話だという人もいるだろうし、似たことを考えていたとしてもアプローチはそれぞれ違うだろうとも思う。

けれど、ともあれ、たくさんの本屋に生き延びてほしい。そしてもちろん、本屋だけではない。意志ある人たちと、前を向いてやっていきたい。

より不確かな入口に立つ誰かにとって、少しはましな出口をつくるための、整理になっていればと願う。

明日17日(日)の22時から、佐久間裕美子さんのインスタライブで、本屋の話をします。よろしければ。


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ブック・コーディネーター、クリエイティブ・ディレクター。新刊書店「本屋B&B」と出版社「NUMABOOKS」を経営しつつ、「八戸ブックセンター」「BIBLIOPHILIC」などの仕事をしています。バリューブックス社外取締役。「BONUS TRACK」を運営する散歩社取締役。

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コメント (1)
非常に哲学的な問いですね。
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