『本の未来を探す旅 台北』あとがき
新刊『本の未来を探す旅 台北』が、12月中旬に出ます。『本の未来を探す旅 ソウル』に続く、綾女欣伸さんとの共著によるシリーズ第2弾となります。
発売前ですが、本書の「あとがき Arrival」を全文公開します。なお、綾女さんによる「まえがき Departure」もこちらで読めます。
ご興味を持ってくださった方は、ぜひ書店の店頭、もしくは下記Amazon等ネット書店で、ご予約をお願いします!また、書店の方はぜひ、展開をよろしくお願いします!フェアやイベント等のお声がけも歓迎です。
それでは、どうぞ。
あとがき Arrival 内沼晋太郎
次の取材先に向かうためタクシーに乗ってしばらくすると、運転手がイヤフォンマイクで急にまくし立てるように何かを話し始めた。運転席の斜め前にスマートフォンが固定されていて、画面を覗いてみると株価のように見える。まさかと思ったが、同行していた通訳の方に尋ねてみると当たっていた。乗客を運びながら、電話で株の注文を入れているのだ。運転中も横目で値動きをチェックしていられるから、文字通りサイドビジネスとして、たしかに相性が良いのかもしれない。「台湾では株をやっている人は多いです。収入が少ないので、みな何かしら副業や投資をしていますね」と言う。
本の世界においても例外ではない。台湾を代表する一人出版社「逗點文創結社」の代表シャーキーが言うように、台湾の独立出版社の多くは、別の仕事と合わせて生計を立てている。「ワインの輸入販売」のように全然違う業種の人もいれば、別の出版社に勤めている人もいる。「ジャンルがかぶらなければ」とは言うが、どちらとも言えないジャンルの出版企画もあるだろう。そうした企画を、勤め先で本にするか、自らの出版社で本にするかの判断は、個々の倫理観に委ねられている。任された仕事さえきちんとやっていれば、傍らで別のことをしていたとしても、何の問題もない。多くの人がそうやって生活しているから、それが当たり前だということなのだろう。
その目的は、きっと必ずしも収入だけではない。タクシー運転手にとっての株式投資はともかく、ワインの輸入販売をしている人にとっての出版は、おそらく収入よりも自己実現のほうが目的として大きいだろうと想像する。生活のための収入を本業で確保しながら、あるいはその収入の一部をつぎ込んででも、人生の幸福のための仕事を副業で追求する。片方が思い通りにいかないときも、もう片方の存在が心の支えになる。金銭面だけではなく、精神面のバランスを取るためにも、副業を持つことの意義は大きい。
一方で、副業としてではなく、複数の事業の掛け合わせでひとつの複合的な事業を展開する例も目立つ。冒頭に出てくる「朋丁」においては、ギャラリーの運営とアートブックの販売とが一体化している。出版社として始まった「田園城市」は、並行して書店を運営し、そこにカフェとギャラリー2つを併設している。低迷していた雑誌『小日子』は、同じ「小日子」のブランドで雑貨店やカフェを始めたことで経営がV字回復した。みな、ひとつのことだけにこだわらない。同じ空間の中で、同じブランドの元で、複数の事業を組み合わせることによって相乗効果を出す。それぞれの事業から少しずつ収益を生みだすことで全体として成立させ、継続していく道を模索する姿が印象的だ。
もちろん、副業も複合型も、日本でも珍しいことではない。けれど日本で、副業として書店や出版社をやっているなどというと、趣味や道楽だろうと軽く見られがちだ。また、雑貨を売ったりカフェやギャラリーを併設したりする書店を揶揄する言説も根強い。けれど台湾では、そのような空気はいっさい感じなかった。むしろ、副業であるからこそ、良いと思える本だけを出版できることや、複合型であるからこそ空間やブランドを維持し続けられることに、みなが誇りを持っているように思えた。副業や投資が、普通の人の生活においても一般的な営為であるからなのだろう。最近やっと「働き方改革」の名のもとに副業の解禁が奨励されるようになったり、ファイナンスを学校教育に加えるべきだという議論が盛んになったりしてきている日本でも、徐々に見方が変わってくるのかもしれない(あるいは逆に、ひとつのことにこだわることが美しいとされる風潮が、浸透の足枷となるのかもしれない)。
本書は『本の未来を探す旅 ソウル』の続編にあたる。日本や韓国と、台湾との大きな違いは、背景としての「大陸」の存在だ。ルーツを同じくして、近しい言語を使い、違う国家体制のもとに暮らしている人々が、海の向こうに何十倍も住んでいることが、台湾特有の出版事情を生み出している。簡体字と繁体字という字体の違いがあるとはいえ、それは読まれうる差であり、そのまま海を越えて届けることができるのだ。『小日子』や『秋刀魚』などの雑誌は、その発行部数のうち半分を中国、香港、シンガポール、マレーシアで売っているし、同じ「小日子」の名前で雑貨や飲食などの店舗も展開しているローラは、いずれ大陸にも店を作りたいと言う。一方で『VOP』の2人が言うように、内容によっては中国当局の監査が入ることもある。大陸への進出は、特に政治的な表現において、その自由度とトレードオフの関係にある。
しかしそのように大きく違う背景をもってしても、同じアジアの小国同士、直面している困難には通じるところが多い。東京で書店と出版社を営む者として、その中で生き延びている個人に学ぶところが大きいのは、ソウルに続く台北でも同じだった。本をどのように作り、どのように届けるか。その点において特に目から鱗が落ちたのは、『THE BIG ISSUE TAIWAN』である。日本でも見かける『BIG ISSUE』と共通の仕組みを前提条件としているにもかかわらず、隣の国でこんなにも違う雑誌になっているとはまったく想像していなかった。そして彼らの手掛けるもうひとつのメディア『週刊編集』が、現代における新聞というフォーマットの魅力を再発見しているのもすごい。何十年にわたってどんなに見慣れてしまったものも、現代のとびきり新鮮な目で見ることさえできれば、そこにはその時代にふさわしい何かが隠れているのかもしれないと思えた。
世界各地で、昔ながらの書店の経営が厳しくなる一方で、インディペンデントな本屋が少しずつ新たに立ち上がり始めている。いちばん聞こえてくるのは英語圏の話題だが、アジアの書店を巡ってみると、それもどこか牧歌的にさえ感じる。インターネットが普及し、本や本屋が必ずしも生活に必要でなくなった現代においては、一定の読者がいるにもかかわらず言語人口が少ない国こそが出版の「課題先進国」だというのが、ぼくと綾女さんの仮説だ。より厳しい状況に置かれているぶん、より優れたアイデアが生まれやすい。
本書の取材をしていた2018年4月は、ちょうどここ3年にわたって準備してきた3冊目のぼくの単著『これからの本屋読本』(NHK出版)の執筆も大詰めを迎えていた。本書の取材に大いに刺激を受けた内容が、そちらにも反映されていることをお断りしておく。6月に出版されたばかりだが、さっそく韓国語版が出ることは決定した。なお2018年3月には『本の未来を探す旅 ソウル』の韓国語版も出版されている。本書も含め、それぞれ韓国語版や台湾版が出ることで、よりお互いを知り交流を深める機会になればという目論見もある。
さて、次はどこに行こうか?香港か、北京や上海か、それともシンガポールか?
2018年11月 内沼晋太郎
※『本の未来を探す旅 台北』(朝日出版社)より。共著者の綾女欣伸さんによる「はじめに Departure」は朝日出版社のサイトで読めます。
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