連続ブログ小説「南無さん」第三話
バシッ! と、空をはじく音があたりにこだまする。
乾坤一擲、放たれた南無さんの一撃は空を裂き、彼方へと飛来。日本列島を上空より俯瞰したのち、遠く琵琶湖へ着床した。
フゥ、いまのは、なかなかの抜き手だった。
自身でも頷くほどの、勢いのある射精。
標高3,776米、富士山剣ヶ峰。吹きすさぶ烈風に身を晒しながら、南無さんの体からは汗が吹き出し、湯気が立ち上った。どれほどのカロリーを消費したのだろうか。しかしなお、南無さんの顔には、疲労を覆うほどの精気が満ち満ちている。
ヤァ、降りるぞ――そう思って足を踏み出した瞬間、南無さんはバランスを崩し、火口部”お鉢”の奈落へと吸い込まれていった。
南無さんは布団の上で目が覚めた。なんのことはない。夢だったのだ。みんなみんな、夢だったのだ。
寝ている間にひり出された精液は、琵琶湖はおろか戸外にも及ばず、虚しく陰毛に絡みつくばかりである。
ごめんください、ごめんください。
と、誰かが戸を叩いたので、南無さんは着るものも着ぬまま顔をのぞかせた。
そこに立っていたのは陰毛散らしであった。週に1回の回収に来たのだ。
アァ、いつもご苦労様――そう行って差し出した腰を一瞥するなり、散らし屋は首を振った。
南無さん、これじゃあ、散らせないよ。また今度来るから、しっかり洗って、乾かしておくんだよ。それじゃあ、散らせないからね。じゃあね。
バタンと戸が閉まり、部屋には南無さんとへばりつく陰毛だけが残った。ポタリ、とひとしずく。残滓が土間に零れ落ちる。
南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏……
シャワーを浴びながら、南無さんは一心不乱に陰毛をむしりとった。
湯に触れて一層白く固まった物々が、排水口の網目を塞いでいく。
本当に散らせてしまいたいのはこの命なのだ。
散らし屋は、その次の週も来なかった。
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