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ツクモリ屋は今日も忙しい(5‐前編)

【side:荒木拓真】

「あー。今日はちょっと曇ってるな」
 窓から空模様を観察しながら、僕は呟く。実際、晴れてはいるものの、青空の半分は雲に覆われていた。午前中よりも雲行きは怪しくなっている。

「お待たせしました。日替わり定食です」
「あっどうも」

 店員が運んだ食事に視線を奪われる。ここはリーズナブルな和食チェーン店だ。ご飯と味噌汁と漬物、そして本日のメインであるアジフライが、ホカホカと出迎えてくれる。

「わっうまそー! これにして良かったわ」

 笑顔で語り掛ける。返事はない。しかし僕はめげずに喋り続けた。向かい席で落ち込む女性に。

「僕も偉そうにして見えるかもしれないけど、こんな天気の時は調子悪いんだよな。なんかだるいし、全部悪い方向に考えちゃってさ。先輩なのにみっともないだろ? だから気にするなよ!」

 ──後輩は、ゆっくりと俯いていた顔を上げてくれた。僕を見る視線は、うろうろと迷っている。新卒の、僕が初めて教育係を任された子だ。

「でも……荒木先輩……私」
「いいから食べよう! 力をつけて前に進もう! な?」

 芹野せりのさんは、曇天のような顔を変えることはなかったが、それでも頷いて食事を始める。僕と同じ定食なので、同時に料理は運ばれていたのだった。

 僕が新人の頃に失敗したとき、あの先輩もこんな気持ちだったのだろうか。頭のどこかで考えつつも、僕も食べ始めるのだった。美味しかった。


(5)「タクマの新人教育」ナノ! -前編-


「本当に、ご馳走様でした」

 店を出て歩きながら駅に向かいつつ、芹井さんがポツリと言う。平静を保とうと努力する故の、高いトーンの声だった。良い兆候だと思われる。

「いいんだよ、気にしないで」
「でも、申し訳ないです。あんなミスをして」

 芹野さんは短髪ボーイッシュだし、普段はテキパキ行動できる人だ。あんまり仕事ができるので、僕の方が置いて行かれるのではないのかと、教育を任された当初はこっそり戦々恐々としていた。

 それがどうだろう。営業で失敗して、これだ。
 いや、厳密には朝から彼女は様子がおかしかった。顔色が青かったし、何もない場所で躓いたり、僕の名前も間違えたし。

 ……教育係なのに、単に名前を覚えられていなかっただけならどうしよう。さっきは呼んで貰えたし、大丈夫だよな? な?

「ミスって言っても、名刺を渡し間違えただけだろ。先方も和やかに笑っていたし、気にしていないと思うけれどな」

 芹野さんは、営業先と挨拶をするときにケアレスミスを犯しただけだ。名刺を渡すべきどころを、どうしてか……近所にあるという店のポイントカードを差し出してしまったのだ。

 恥ずかしいのは、痛いほどによく分かる。
 僕でも沸騰しそうになると思う。水分的に。

「そうなんですけど……悔しくて」

 芹野さんは抑えきれない苦渋を抑えながら返す。伏せられた睫毛は、隣で歩きながら見るだけでも長くて優雅だった。美形はいいな~と思いながら、僕はなんとなく訊いてみた。

「そもそも、何かあったんじゃないの?」
「!!」

 芹野さんは、明らかに何かあった表情で、足ごと固まる。とても素直な性格なのだと、僕は気づく。普段は仕事にストイックで厳しいだけだ。

 じゃ、仕事以外か。プライベート……?

「あの…………笑わないですか?」

 躊躇いがちに芹野さんが問う。上目がちな顔に、勝手に心拍数が上がる。

「うん。……努力はする」
「あの……実は、昨晩……見ちゃって」
「何を?」

「幽霊です」

 ドックンドックン。
 先程と違う意味で、胸が高鳴る。僕は怖いものが苦手なので、ホラー映画やお化け屋敷は、シンプルにびびる。

「じ、自分でも恥ずかしいんです。幽霊なんて、信じていなかったし! 見たこともなかったんです。信じてもらえますか!?」
「あ、うん」こくこく頷き、必死に話についていく。

「それで、自分でも柄にもなく動揺してしまって……。先輩にも迷惑を掛けてしまいました」
 芹野さんは再び俯いてしまった。想定外のこと過ぎて、僕もすぐにはどう返せばいいのか判断しかねる。

「えーっと。幽霊を見たきっかけって、心当たりあるの? 心霊スポットに行ったとか、引っ越した先が事故物件とか」

 口から出まかせに言葉を繋いだ。すべてはYouTubeで見かけた、あるあるタイトルネタだ。一つも観てはいないが。

「いえ。ただ……普通に買い物をして、帰った後に、見出したんです」

 ん? 「見出した」? 何回も?
 昨日の夜からなら、ちょっと違和感ある表現だが。

「買い物って何を……あ、言いにくい?」
「いえ。友達とショッピングして。コスメとか、文具とか……あ、1つ、今も持っていて」

 思い出に浸ったのか、芹野さんは目元を和らげた。普段らしい、落ち着いていて、でも可愛い表情だ。……これはセクハラか?

「これです!」

 駅前の路地、通行人の邪魔にならない場所で。


 買ったばかりだという文具を見て、僕は微笑みかけ、彼女は固まった。


 それは、シンプルで使いやすそうな物差しだった。
 全身が恐怖に染まった芹野さんを見る限り、幽霊の正体はこれだと、僕は察した。そして、ある可能性に行きつく。

「ちょっとこれ、貸してね」

 返事する余裕もない芹野さんからソレを受け取り、僕は瞳を閉じる。意識をリーンと集中させると、問題のモガミさんが現われた。

《ヒヒ……イヒヒ……》

 ……なるほどね?

 物差しのモガミさんは、邪悪っぽい笑みを浮かべながら、こちらを見ている。脅かしているつもりらしい。ただ、さすがに僕には通用しない。

 モガミさんは物に憑いた神であり、幽霊ではない。
 物に憑く人魂は非常に稀なんだよ。以前、なっちゃんがそう言っていたのを覚えている。
 僕もそんなの、シャーマンキングしか知らない。


 怯える後輩。クセの強そうなモガミさん。
 幽霊騒動の後始末。

 どうしたらいい?
 僕は内心、頭を抱えたかった。



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