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「インターネットの父」村井純先生に聞く(その4)– グローバル化の共通基盤となる英語とイン ターネット、そしてクラウドについて


はじめに

「"インターネットの父"村井純先生に聞く」(その1)(その2)(その3)に続く最終回(その4)です。2012年4月に行ったインタビューです。


民主化運動とクラウド化

鈴木:2011年には中東・アラブ諸国において起こった「アラブの 春」と言われている民主化運動もクラウド化と関係があるので しょうか。民衆はインターネットを通じて政府を倒す運動を進 めました。クラウドコンピューティングを使えば、従来のシス テムと違って、政府がいくらコントロールしようとしてもコン トロールしきれませんから、運動を広げていけたのではないで しょうか。

村井:専門的な話になりますが、とても大事なこととして、国の boundary(境)とインターネットのboundary(境)が同一 になることはとても危険なことだと我々は思っています。政府 のコントロールでコミュニケーションがコントロールされては いけません。例えば、政府がメディアやコンテンツをコントロ ールすることはあるかと思うのですが、それはそういった方法 が 先ほどのサービスのレベルに上がってくればできると思い ます。とにかく足元を止めるなということです。逆に危険なこ とは、引っこ抜いてしまうことなんです。それはすごく怖いこ とで、経済を含め他の全てが止まってしまいます。僕は9.11の 時に、アメリカ政府からインターネットの有識者として呼ばれ ました。その当時、空港を全て閉鎖して、空港を管理するOS をアンインストールしました。その時にCIAやFBIの代表に、 「インターネットが同じような状況になったときアンインスト ールできますか?」と聞かれたことがあるんですよ。僕が代表 答弁で用意した答えは2つで、「たまたま飛行場はアンインス トールできましたが、インターネットは技術的にできませ ん。」ということと、「それをしたら一番困るのはアメリカで す。つまりテロを恐れて、インターネットもアンインストール したら、墜落した飛行機のようにアメリカの経済がすべて止ま ってしまうので、もっと賢い方法を考えないといけません。」 ということをお答えしました。今でもそう思います。つまりサ イバーテロをdetectして守るということ自体がグローバルオペ レーションなので、インターネットをアンインストールしたと たんに、自分だけでは守れなくなってしまいます。これはもの すごく大事なことです。それで、これを守るための約束事を決 めていくのは必要なことですが、今でも実際は、サイバーアタ ックが某国から来ていますよね、そうするとその国のオペレー ターに「止めろ」と言って止めさせるんです。それでこの話が できなかったら、本当に恐ろしいことになります。ただ、今は そういった国でもオペレーターはきちんと繋がっていること と、やはりグローバルオペレーションの責任と、それからそう いう政府の介入っていう関係を段々と明確化されているので、 この件に関して私はオプティミスティックです。

鈴木:将来、クラウドコンピューティングだけではなく、もっと新し い概念がでてくると思います。クラウドコンピューティングの 一つの売りはサービスということですが、今までは大容量のサ ーバーを有する機関に頼らないと我々は何にもできなかったの ですが、先ほどお話しのあったように、近い将来に全く知らな い人たち同士がそれぞれのコンピュータを互いに活用すること で、非常に安価でいとも簡単に今までのようなサービスを受け られるようになっていくわけですね。今まで、入りたくても入 れなかった人がたくさんいたと思いますが、30億人どころか、 今後もずいぶんと増えていくのではないでしょうか?

村井:それはさっきの20億人から70億人のステップがクラウドだと 言ったのは、おっしゃるその通りの意味です。今は珍しいから そういう格差が起こっていますが、そのうちにプライスがちゃ んとしてきます。クラウドみたいな定義でサービスのレベルを 上げることも含めて、政令含めてちゃんとしてくれば、マーケ ットは完全に淘汰されていきます。

鈴木:先日、ある医科大学の先生方とお話しした時に、今回の3.11の 時に、コンピューターが止まってしまい全部データが消えてし まったが、クラウドだと救えたという話を聞きました。その教 訓を生かして病院同士もクラウド化していけば、患者のデータ も共有できるし、これからはそういう方向に行くと思うと述べ られていました。先ほどアカデミアが一番動きやすいという ことをおっしゃっていましたが、日本の大学などのアカデミア は自由にやっていると思いきや、実はそれはごく一部のコンピ ューター関係の先生たちだけで、実際には一番遅れていている という印象がありますがいかがでしょうか。

村井:日本は行政と言うか制度のIT化がすごく難しい所があります が、その件については大丈夫だと思います。

鈴木:問題になるのは、いわゆる既得権みたいなことでしょうか?

村井:やはりビジネスの仕方に問題があると思いますが、少しずつよ くなっていると思います。

鈴木:私は学生に好きなことを発信させています。彼らは色んな趣 味・関心をもつ仲間と情報を交換し共有しながら行っています が、それにはインターネットが必須です。それに対して、学校 関係者の中には、「コンピューターの設備がない」「セキュリ ティが大変だ」といういう意見を寄せる人もいます。

村井:これから 新しいクラウドコンピューティングの世界になっていくと、個 人が必要に感じてやってゆくわけですから、心配無用かもしれ ません。個々人が自分の責任においてやればよいわけですか ら。 学校は学校独自のシステムを使わなくたってもういいわけで す。クラウドの側から言いますとね、クラウドにはファイアー ウォールなんていう概念はないわけです、サービスなんだか ら。

鈴木:そうですね。

村井:そうすると SNSは何を書いているかと言うと、「データが万 一なくなったら3時間以内にリカバーします」などの約束が書 いてあるんです。コピーをあちこちに置いておいてこれが壊れ たら、別の場所から持ってくるのに3時間かかるかもしれな い、なんてことが書いてあるんです。 というわけで、どこかが壊れても大丈夫というのは、単純にク ラウドの魔法ではなくて、そういう約束をしてしまったので、 そこを守るために準備しなければならないということです。そ の技術は分散処理といって昔からある方法です。『日本で地震 が起こるかもしれないから、アメリカにサーバーを置いておこ う。』ということと同じです。さて、値段は安くて導入できる のか、という点ですがそれはみんなでサービスを共有している から当然のことですが、まずコストが下がります。とりあえず 当面の問題はセキュリティとプライバシーが危ないということ です。「クラウドはどこにおいてあるかわからない」と言われ ていますが、それは契約書には書いてあります。ここが問題 で、リスクの回避というのは、インターネットではあまりでき ていないんです。例えば、以前、某銀行が個人情報流出したこ とがあるかと思いますが、あの時、全てのオンラインユーザー のバンキングに500円払いました。その後で別の企業でも個人 情報流出が起こりました。そしたらその企業でも前例に倣って 全てのユーザーに500円を払いました。問題はこの500円は正 しかったのかということで、こういうことがリスクの定量化と いうことです。自分の個人情報がもしかしたら漏れてしまった かもしれない危機は、500円でごめんをすればよいのか、そし てこういう社会通念を作ってよいのか、僕自身の答えは多分 Noなんですよ。あれは500円は払い過ぎ、5円でも高過ぎだと 思います。何故かというと、1人のカスタマーに500円払わな いといけないとすると、1万人のビジネスやったら必ず500万 円ストックしておかないといけない。そうしないと1万人を扱 うビジネスはできないことになりますよね。これだと、ベンチ ャーのサービスは成立しないので、社会的にこれは飲めないん ですよね。そういうことは定量化の計算ができるかどうか、い わば確率論と保険の世界です。これがまだ未熟なので、だから 500円を払ってしまう。それがもう少し洗練されていかなけれ ばいけない。それで、例えば個人情報だって電話番号も住所も 両方入っている場合と、E-mailだけが入っている場合とが混同 されていますよね。それは洗練された定量化とは言えないと思 います。今後はインターネットリスク論とか、そのようなこと が出来てくると思います。

グローバル化で大事だと思っていることは

鈴木:最後にグローバル化する上で村井先生が注目していることを教 えてください。

村井:今、文字の縦書きをWEBで標準化しようと考えています。中国 は縦書き教育だったのですが、今は新聞も本土の新聞は縦書き をやめてしまいました。同じ中国語でも、香港や台湾には縦書 きがあります。私が電子メールの日本語化、多国語化とかをや った時に、中国、台湾、韓国と一緒にアメリカに行って、「世 界は英語だけじゃないから」と言って電子メールの標準化を行 いました。これが日本では歌舞伎の公演の国際化に役立ってい て、最近のシアターって字幕がでるんですよね。歌舞伎の時に 4カ所字幕を作って、横書き2カ国語、縦書き2カ国語で、日本 人だって日本語が必要ですから。そういうわけで、歌舞伎の国 際公演をやってるんですよ。改めて縦書きの重要性を感じまし たね。映画を見ていると、日本の字幕って右の方が暗くなると 突然縦書きになったりするんです。でも私たちは全然困りませ んよね。テレビ業界の方にも、今デジタル化で字幕をいくらで も入れられるんだから、横書きと縦書きを組み合わせたクロー ズドキャプションを作るようにと提案しています。また、これ は目や耳が不自由な方や、高齢化社会で増えていく老人の方に とっても役立ちます。横書きと縦書きを自由に使えたら、日本 は絶対に強いですよ。このマーケットをとっておかないと我々 は危ないと思います。クローズドキャプションは一つの例です が、インターネットが広がったからといって文化が死ぬなんて ことは逆になくて、つまりインターネットやデジタル化で情報 をきちっと伝えられるようになれば、僕は絶対に文化はリスペ クトされていくと思っています。

鈴木の感想

グローバル・コミュニケーションにおいて、英語とICT(Information Communication Technology)は切り離せません。グローバル社会で 役に立つ英語教育は、ICTとセットで考えなければならないでしょう。そ ういう意味で、英語を学習する人も、英語を教える人も村井先生が述べ てきたICTの知見は大いに役立つ筈です。初回の感想で書かせていただき ましたが、私は、慶應義塾大学SFC在任時に、村井先生には随分お世話 になりました。村井先生のWIDEプロジェクトよりアイディアをいただ いたのみかサポートまでしていただきました。海外の大学とビデオ・カ ンファランスによる共同授業をすることができましたし、英語でコミュ ニケーション・言語論関係の授業をインターネットで配信することもで きました。何語であれ、グローバル社会に参入するにはICTは必須である ことを実感しました。グローバル社会に向けて、小学校、中学校、高等 学校でも英語の授業と情報処理の授業がコラボレーションすることを望 みます。


2024年6月後記

村井先生に出会ったのは1990年発足慶應義塾大学湘南藤沢キャンパスSFCでした。手元にある1990年のSFC教員プロフィールを見ると、村井先生は1955年生まれの35才、環境情報学部助教授(現准教授)として就任し、情報言語処理1とコミュニケーションネットワーク論を担当されていました。

『TPC/IPを用いたUNIXネットワーク』第7回日本UNIXユーザー会シンポジウム予稿集,1988;『大規模広域分散環境WIDEの構築』共著,1989;情報処理学会マルチメディア通信と分散処理研究会資料DPS,1989などの研究論文を発表されていました。筆者は1944年生まれ46才でSFC同学部に移籍して英語、言語と伝達を担当しました。研究室にも教室にもインターネット接続のUNIXマシーンがあり待ったなし逃げられません。村井先生のWIDEプロジェクトには随分お世話になりました。お陰で「プロジェクト発信型英語プログラム」を開発、実装できました。改めて感謝申し上げます。

村井先生のその後、現在に至るまでの活躍を改めて言うまでもありません。

カジュアルでフレンドリーブルース、ロックも歌い奏でる気さくな方です。学生好きです。4月の行事であるアドバイザーグループ・フレッシュマン・キャンプをこよなく愛し、廃止の意見が出た時には強く反対されていました。英語日常会話も高校時代の国際キャンプで習得したと述べられていますが、もしかするとネットワーキングという発想もそこで学ばれたのかもしれません。車座になってアドグルの学生さんたと話している姿が印象的でした。


村井純先生と筆者(TOEFL事業部にて2024年4月)


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