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「インターネットの父」村井純先生に聞く(その3)...クラウドについて

「"インターネットの父"村井純先生に聞く」(その1)(その2)の続きです。ご存じのように村井純先生は日本にインターネットを導入し、その普及と発展に関わり「インターネットの父」と称されています。このインタビューが行われた2012年4月当時、クラウド・コンピューティングが俄かに話題になりました。企業、官公庁、学校、病院などのこのシステムを導入した場合の情報漏洩への危惧などネガティブな論調が優勢でした。クラウドどころかインターネット導入にさえ一部根強い抵抗があったので予想された反応でした。以下、2012年4月インタビュー記事をそのままお届けします。2024年現在ではインターネットもクラウドも当然のごとく受け入れられていますが、新しいテクノロジーが人々に受け入れられるまで本当に時間が掛かるのですね。


「嫌いなこと」が大事

鈴木:今では誰にとってもインターネットは、空気のように当然ある ものと思われていますが、村井先生が研究を始めた70年代、 80年代は、コンピュータといってもハードウエアが中心で、イ ンターネットという発想はあまり耳にしなかったような気がするんです。そのような興味をいつ頃から持たれたんでしょう か。

村井:それは、慶應理工学部に在学していた時ですね。当時はコンピュー タが高かったので、機材の利用はタイムシェアリングシステ ム、つまり時間割り当て制でした。つまりコンピュータが真ん 中にあって、人間がその周りに群がっていました。私はこのモ デルが嫌いでした。あきらかにコンピュータに人間が使われて いるようで、その光景に違和感をもっていました。 機械が中心で人間が付録のような存在という光景ですね。

鈴木:チャ プリンのモダン・タイムズをもじった世界のような。

村井:そうです。その逆で、人間を真ん中に置いて周りの機械がそれ を支えるということだと話はわかるんです。まさにそれが卒論 のテーマで、コンピュータが全部繋がっていて、それが真ん中 にいる人間を助けるべきだというのが私の卒論なんです。その 為にはネットワークを作らなければいけない。しかしそのころ のコンピュータにはネットワークがなかったので、ネットワー クでコンピュータが力を発揮して真ん中の人間の仕事を助ける という発想はありませんでした。それが、ワープロがでてきて ようやく人の役に立つネットワークの概念ができて初めて繋が り、コンピュータ同士が直接話をしはじめました。

鈴木:それは1980年代の話ですか?

村井:いいえ、70年代の後半です。その当時はオペレーティングシス テムが出来てきた時代でした。ベル研究所が作っている環境な ので、やはり人間の視点でコンピュータを使おうという視点で すね。UNIXが登場したことによって初めてハードウエアから 独立したオペレーティングシステムというものができたわけで す。その当時はIBMや UNIVACなどのコンピュータ会社がオペ レーティングシステムを作り、環境も作り、それでコンピュー タの性能を最大に引き出せるようにして、コンピュータを提供 していたわけですよ。ソフトウェアも含めてですね。それを UNIXというのは人間側の論理構造から使いやすいようにファ イルシステムだとかを作り、コンピュータ上にのせたんです。 だから今のLinuxとかWindows7なんかはかなりそれに近いで す。今のAppleのOSXはBSD-UNIXで私が後ろで作っていた、 つまり結果としてみんなそうなったんです。IntelのCPUだろ うとなんだろうと、同じものが動く。結果としてそうなったの ですが、あの当時、そうしたことができるというあけぼのは、 ベル研のUNIXなんです。私はUNIXの専門家として研究者デビ ューしており、それが70年代の後半です。

鈴木:ほとんどの人がハードウエアの性能を良くしようとしか考えて いなかった時ですよね。

村井:そうですね。やはり「嫌いなこと」というのが大事です。嫌い だからこんなことは絶対おかしい、と思えないと新しく出てき た正義に対して迎合しかできないですが、嫌だと思う気持ちが とても大事だったと思います。

サービスの抽象化としてのクラウド

鈴木:インターネットが普及した当初、コンピュータを持っている人 は、自分だけの情報は自分だけにとっておきたいというか、シ ェアしたくないというか、そんなことをしたら情報を盗まれて しまうのではないかという恐れを持っていたと思います。今、 クラウドに対しても同じような考えの方がいるかと思いますが その点についてはいかがでしょうか。

村井:今のご質問については、あまりに現実的な問題を多くはらんで いるので、色々な側面から整理してみたいと思います。まず一 つはコンピュータを全てつなぐということです。ちなみに 2010年と2011年のノーベル平和賞は、2年連続で2番手の候 補がインターネットでした。つまりこの事実は、パケット交 換、TCP(TCP/IP)プロトコル、それからWEBがノーベル平 和賞を受賞できるのではないかと思われるほど、世界の平和に 貢献しているということです。まずパケット交換というのは、 ものすごく安くデジタルデータをやりとりできるという共通の 基盤を作ったということです。インターネットそのものは世界 中が一つの空間をつくるということの意味だし、World Wide Web(ワールド ワイド ウェブ、略名: WWW)というのはど んな情報も共有できるというメカニズムを作ったことになりま す。いずれもやっぱりアカデミックから生まれています。した がって本質的に、アカデミズムのネットワーク作りからでなけ れば、インターネットはできあがらなかったと思います。例え ばインターネットを使えば、我々が、ミャンマー、カンボジア から東ティモールまで東南アジアの多くの国や地域を繋げて共 通の授業を行うことができます。大学のアカデミズムのネット ワークや、学会のネットワークというのはボーダレスで本当に グローバルですよね。同じことをそれぞれの国の教育担当官庁 がやろうとしたら、国交がない国同士があるので絶対できない ことです。したがって人間の知がそこから始まっているという ことは、大学にとってとても大きいことだと思います。インタ ーネットも大学から始まった試験や研究から始まりましたし、 そこからビジネスへと発展しました。そういう意味ではアカデ ミズムとプライベートから始まっているということは、人同士 のネットワークを作るということとしてすごく意味のあるアプ ローチなんです。 話をクラウドというか共有するということに戻しますと、現実 は、個人を尊重してその声が聞かれるかどうかということです よね。今私がお話ししているインターネットの役割というの は、「Individual voice to be heard」だと思います。したが ってその「heard」というのは、誰かにプロテクトされたりブ ロックされることではなくて、「聞かれる」と、同時にプライ バシーはプロテクトされなくてはいけないということが大きな 課題ですが、そのような背景があると思います。あと、もう一 つは鈴木先生がおっしゃった、「今、時代の大きな変化があ り、これからどうなるのか」というお話ですが、それに関連し て興味深いことが先日発表されました。それは2011年3月11 日の統計で、インターネットユーザーが20億人を突破したこと が発表され、10月26日には世界の人口が70億人に達したこと が発表されたことです。その記事によると、人口70億人のうち の20億人がインターネットユーザーということになります。 15年間で20億人に達したことになるので、僕も同じ意見です が、我が校のKilnam Chon先生(慶應義塾大学客員教授、 KAIST名誉教授)もインターネットユーザーが50億人に達す るのに、あと10年かからないのではないかとおっしゃっていま す。日本では90%を超えていますから、世界全体で50億人が インターネットを使用すると考えると、今までの20億人とこれ からの30億人とでは全く異なっていくと思います。今までの 20億人はいわばプロが使っている数で、これからの30億人と いうのはプロでは無くて老若男女何も意識せずに使うことにな っていくでしょう。―そういう30億人の使い方を含めて、新し いインターネットユーザー50億人時代のモデルが出来上がって いくと思います。そうすると今までとは全然違うものを計画し なければいけません。そういうこれからの時代を見据えた考え 方の一つに、クラウドがあります。つまり今までのようにデー タや情報を意識してアクセスするというよりは、クラウドとい う、まあ基本的にはサービスの抽象化のことですが、つまりデ ータとか情報の抽象化ではなくてサービスという抽象化でやり とりしましょうということなんです。クラウドは、なんとなく 「どこにあるかわからないとか」「国外にデータセンターをお けるか」というような技術的なこととして着目されてしまうこ とが多いですが、本質的には「何をやってもらいたいのか」と いう非常に高い抽象でやりとりができるということだと思いま す。これにアクセスしたいとかこういうものは駄目だとか、 様々なことが人間の論理でより抽象度が高くなる、―と思いま す。そうなると最初の質問も「共有するのは嫌だ」というので あればそれをサービスとして定義できるわけです。こういうも のは提供されたくないとか、権利を守りたいとか、個人の情報 を守りたいとか、こういう人たちと共有したくないとか、要求 に応じたきめ細かいことが段々できるようになってきました。 それが証拠に、初期のインターネットでは、例えばメールアド レスを最初は見せていたけれども、徐々に隠すようになりまし たね。そうかと思うとFacebookなんかでは、ちゃんとIDを公 表していますね。やはりサービスということになると、要求や 抽象度が上がってくれば、それに対応した技術を作れるという ことだと思うんです。それは基本的には、将来どういう方向に いくのかというのは人間が決めることで、そこにはやはり大き なグローバル空間に対するアカデミックやあるいは個々に対し てとても大事な空間だというのに意識があります。そういう方 に近づく、つまり議論がきちんとできて話し合いが進めば、そ れを支える技術はどんどんできてくるという発展のステップの 一つがクラウドだと思います。

鈴木の感想

村井先生が言われる「人間が真ん中に、コンピュータは人間のサポート に」と"Individual voice to be heard"から、インターネットにより、 地球上の70億の人々それぞれが発信基地を持つことが可能になったこと が見て取れます。20億のインターネット人口が50億からやがて地球人口 ほぼ全員の70億にまで伸び、個々人が自由に交流する近未来が見えま す。そうした状況のなかで、クラウド・コンピューティングが生まれて きたのでしょう。インターネットが大学というコスモポリタンのアカデ ミアで始まったということも興味深く思いました。大学は、そこにいる 人間、すなわち、学生、教員、アドミニストレーターを真ん中に据えて インターネット環境を駆使できる教育・研究環境になっているかどう か、あるいは、その方向に進んでいるかどうか、見直す必要がありそうです。


村井先生のインタビューは(その4)に続きます。


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