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財団法人日航財団常任理事中村忠男氏に聞く(その1ー1)...世界が舞台 そして今日本文化を世界に発信する


はじめに

『TOEFLメール・マガジン』筆者のコラム”For Lifelong English”では、2007年から2013年まで、以下の趣旨で、

「様々な世代の人々が様々な場で、生涯を通して何らかの形で英語にか かわって仕事をしています。 英語は人それぞれ、その場その場で違います。このシリーズでは、英 語を使って活躍する方にお話を聞き、その人の生活にどう英語が根付 いているかを皆さんにご紹介し、英語の魅力、生涯にわたる英語の楽 しさをお伝えしていきます。 英語はこんなに楽しいもの、英語は一生つきあえるもの。ぜひ英語を 好きになってください。」

各界の「英語にかかわる仕事をする人々」にインタビューしました。

今回は 2008年に掲載した「世界が舞台 そして今日本文化を世界に発信する」と題し 財団法人日航財団 常務理事  中村 忠男(なかむら ただお)氏のインタビュー記事(その1)、(その2)、(その3)をそれぞれ更に2回に分けお届けします。

中村氏の2008年当時の略歴です。

財団法人日航財団 常務理事 1950年生。東京大学法学部卒。 1972年日本航空入社。 2007年より現職。 ジョージタウン大学大学院国際関係修士(1978 年)。 俳誌「春月」同人。

中村氏はその後日本航空を定年退職され、国際文化交流にかかわる機関に移籍しました。アメリカ留学と昭和から平成にかけての日本航空での英語にかかわる職務は現在の若い方々の参考になると存じます。




鈴木:読者の中には大好きな英 語をどのように活かして いこうか考えている方々 も多いと思います。今回 は、世界を舞台に英語で 活躍するトップ・ビジネ スマンのお一人の財団法 人日航財団の常務理事 中村忠男氏にインタビュ ーしてみました。中村氏は、東京大学法学部を卒業後日本航空に入社 し、その後会社から派遣されて米国ジョージタウン大学大学院修士課 程で国際関係論を学びました。修士課程を修了して会社に戻るや、中 村氏は英語力、国際関係論の知識、体験を活かして世界中を飛び回り 航空路線の開拓など様々な功績を残しました。現在は日航財団にて国 際文化交流事業を管轄されており、その一環として俳句による文化活 動を進めています。今年6月には日本の子供たちが作った俳句を英訳 して出版し大変な反響を呼んでいます。中村氏がどのように英語能力 を身につけ、国際交渉や文化活動に活かしてきたか、お話を伺いまし た。

英語好きから日本航空に

鈴 木: 本日は日航財団の常務理事、中村忠男さんにお話をお聞きした いと思います。まずは、東京大学を出て、なぜ日本航空の仕事 に就こうと思われたのですか。

中 村: 受験勉強をしているときに英語が一番面白かったんです。それ で、大学の寮にESSサークルがありましたので、そこに入りま した。2年ぐらい住んでいましたが、英語が好きな学生が回りに たくさんいて、自然と英語に親近感をもつようになりました。

中村忠夫氏(2008年9月)

鈴 木: 東大の寮にESSのサークルがあったのですか。

中 村: はい、そうです。10人くらいで今でもよく集まります。私のよ うに企業に就職した人の他に、外交官、大学の教授、医者にな った人など、さまざまです。たまたまなのでしょうが、文系よ り理系の人が多いんですよ。理系の教授になった人は、語学好 きを活かして日本人の英語論文の書き方セミナーを、学会誌に 連載したりしています。

鈴 木: 理系だと論文を発表する機会など多いですからね。それで中村 さんが日本航空を選ばれたのはどうしてですか。

中 村: 漠然としてますが、国際的な仕事をしたいと思っていました。 学生のときに明石康(のちの国連事務次長)さんが紹介されて いた新聞記事を見て、とても魅力を感じました。ただ、外国語 の能力にそこまで自信がなかったし、お役所はちょっと堅苦し 2024/01/05 15:51 第13回世界が舞台 そして今日本文化を世界に発信する その1 : For Lifelong English 生涯学習としての英語 | TOEFL メ… https://www.etsjapan.jp/toefl/mailmagazine/mm70/rits.html 3/7 そうだし、性格に合うかなとも思いました。そこで当時人気の あった日本航空に興味がわきました。

鈴 木: 当時の航空会社は、国際線があるのは日本航空だけでしたね。 日の丸を背負ったフラッグキャリアだった。

中 村: そうですね。海外との結びつきという意味では、日本航空は非 常に強かったです。当時は自動車産業などが海外に出て、商社 の海外での活動も盛んになってきた頃でした。日本航空も国際 的な企業ということで、社会の注目を集めることが多くて、企 業イメージもとてもよかったですね。

鈴 木: 今もそうですけれども、昔は日本航空に勤めるなんて大変なこ とでしたね。文系では男も女も、当時職業別人気No.1企業でし た。それはやっぱりESSでやっていたことの影響が大きかった のでしょうか。

中 村: 筆記試験、面接試験とありましたが、英語の試験は結構できた と思います。入社が決まってこれで、大きな組織で世界をまた にかけた仕事ができるぞ、というような自分なりの夢を考えま した。でも一方、本当にこれでいいのかな、などと思ったりも しました。法学部の学生でしたので、法律家の道にも未練があ りました。私の学年はちょうど大学紛争があって。

鈴 木: あ、そうですね。東大紛争の真っただ中だ。

聞き手・筆者 鈴木 (20098年9月)

中 村: 授業が1年くらいまったくなくて、直接間接にいろんな影響を受 けました。1年ほどたって正常に戻ったのですが、ブランクがあ ったからとて、卒業を1年延ばせるわけではなく、残りの期間で 全部の講義を受けたのです。そうすると、例えば司法試験を受 けると言っても間に合わなかったです。

鈴 木: うーん、なるほど。

中 村: 最初から学生紛争は関係ないと思って、勉強した人もいたよう ですが。そんな折、親が病気になり、いつまでも頼っていられ ないと思って、日本航空で働こうと決めたのです。英語が好き だということと、国際的な所で仕事をしたいという希望には叶 っていました。

入社してからの英語との関わり そして留学へ

鈴 木: それから、僕と米国のジョージタウン大学で出会う1976年まで の4年間は、日本航空でどういう仕事をしたのですか。

中 村: 最初は営業支店で、航空券の販売事務の仕事に配属されまし た。その後、国際旅客部という本社の営業企画的な部署に異動 し国際線の企画をしました。例えばスリランカに150人乗りぐ らいの飛行機を年間20便とか30便とか、チャーター便で飛ばし ていたんです。スリランカは今は民族間の対立で武力紛争が起 こって大変ですけれども、当時は、ずっとのんびりしていまし たね。そこに予め計画された便を、企業や団体がチャーターし て自分のグループを連れて行く、ということを「スケジュール ド・チャーター」と言ったんですが、その年間スケジュールを 企画して、スリランカに何回も行き、向こうの担当者と色んな 話をしました。

鈴 木: なるほど。そういう交渉をして いたのですね。当時はEメール はないし、電話や、手紙を書い たりして、交渉したということ ですね。 鈴木教授

中 村: 向こうの航空局に、今年はこう いう計画でこういうスケジュー ルド・チャーターをやりたい、 と手紙を書いたりしていまし た。今はそういう業務はオンラ インで簡単ですが、昔は大変で したよ、本当に。ですから、実 際スリランカに何回も行きまし た。航空局や観光局の方々と交 渉したり、日本人が来たらこう いう所にお連れするといいです よ、というような打ち合わせを したり。

鈴 木: それは全部英語でしょう?また、スリランカも独特のアクセン トの英語でしたでしょう?

中 村: そうです。最初は結構びっくりしましたね。

鈴 木: そうでしょう。だって、東大の英語の授業で、そんな英語を教 えてくれるわけではないですものね。中村さんは当時、素晴ら しい英語を話していたのでしょうね。

中 村: いやいや。英語がある程度自分で自信持ってしゃべれるように なったのは、ジョージタウンから帰って来てからの話です。そ れ以前は、本当に受験生の英語に毛が生えた程度のレベルでし た。留学する前にTOEFLテストを受けましたけれど、確か570 か580か、そんな数字でした。

鈴 木: いや、それはすごいですよ!ペーパー版で、海外に行ったこと がなくて、それで580っていうのは相当な力ですよ。

中 村: そうですか?確か600いってなくて、ジョージタウン大学にス コアを見せると、ちょっとこれでは英語力が足りないから、夏 休み前に来てサマースクールに入ってください、と言われたん です。

鈴 木: 基礎的な英語力があった上にビジネスの実践の場で鍛えられて いても、ジョージタウンでは英語力が不足していると…。とこ ろで日本航空でそういう仕事をしながら、どうして留学するこ とになったのですか?会社の方針でしょうか。

中 村: 国際的な人材を育てようということだったと思います。私の前 にも何代かいたのですが特に国際航空法に関する法律的な知識 を持つ人材を育てようということでした。

鈴 木: ここで寮のESSでの英語知識と、法学部の法律知識と、そして 会社に入ってからの交渉力が、生きてきたわけですね。

 (その1-2)に続きます。

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