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「優れた学長」が率いる価値ある大学 Value Colleges50(その2)...アメリカ大学事情、連邦政府特別諮問委員会「国民のニーズに答えろ!」待ったなし


「ベスト学長が率いる価値ある大学50」(その1)の続きです。2019年6月に執筆した記事ですが、5年後の2024年現在ますます学長の手腕が問われる事態になっています。近い将来4500校のうち半分、否、それ以上が消滅すると囁かれる中、それぞれ幅広く学外候補を募り生き残りを図るでしょう。アメリカの知人に聞かれそうです。日本の大学はどうなのかと。


2006年世界トップでありながら国民のニーズと乖離とHEW指摘

Time誌“The Big Man on Campus-The 10 Best College Presidents” の記事中、HEW(Department of Health, Education, Wealfare)の特別諮問委員会が、2006年の報告書で全米大学に向け以下の様に述べたとことを取り上げています。

America’s colleges and universities, in some respects the best in the world, are failing to keep up with the nation’s growing needs. Higher education is “increasingly risk-averse, at times self-satisfied, and unduly expensive,” the panel summarized. “It is an enterprise that has yet to address the fundamental issues of how academic programs and institutions must be transformed to serve the changing educational needs of a knowledge economy.”(*4)

アメリカの大学は全世界トップでありながら、国民のニーズに応えておらず、「リスク回避型」、「時に自己満足的」、「不当に高額」で「知識経済“a knowledge economy”」における教育の変化に疎い、とかなり強烈な意見を突き付けています。

全世界トップの座をほぼ独占するアメリカの大学がこう言われているのであれば、後塵を拝する他の国々の大学はどうなのでしょうか?

これら50校の中に知名度が高い難関校トップ50の名が殆ど無し

さて、これら50のColleges With The Best Presidentsを見ると、知名度が高い大学以外にあまり高くない州立大学や私立大学の名前が目立ちます。アメリカでは、US News Best CollegesなどのrankingでTop 50にrankingされている大学が“most competitive”と称される難関校ですが、この記事が挙げたTop 50の学長が在籍する大学の殆どはその中に入っていません。Top 10に挙げられた学長に絞ると、University of Pennsylvania、Johns Hopkins University、Rensselaer Polytechnic Instituteを除いてみな圏外です。

/#10 Prairie View A&M University → # 230~301(US News Best Colleges)
#9 Miami Dade College → #Unranking(同)
#8 Georgia State University → #187(同)
#7 University of Maryland, Baltimore County → #165(同)
#6 Arizona State University → # 115(同)
#5 Johns Hopkins University → #10(同)
#4 Rensselaer Polytechnic Institute → #49(同)
#3 University of Pennsylvania → #8(同)
#2 Trinity Washington University → #142~187(同)
#1 West Virginia University → #205(同)

これら大部分はいわゆる中堅校ですが、上記のthe Department of Education特別諮問委員会の警告をかなり真剣に受け止めていることが分かります。否、大学授業料の高騰が続く中、誰彼に言われなくても、そうした危機感を持つのが自然ですし、Gee氏はその経歴からそうした感覚の持ち主であることが分かります。

Harvard大学関係者からは異論が、アメリカのプラグマティズムの解釈

記事によると、当然のことながら反論もあるようです。Harvard UniversityのDrew Gilpin Faust氏は、The New York Times誌に次のような意見を寄せています。

“America’s deep-seated notion that a college degree serves largely instrumental purposes,” as she put it, threatens to enslave the academy to “immediate and worldly purposes”; she argued that society should not neglect the role of higher education in producing “critical perspectives” and “doubt.” Faust concluded, “At this moment in our history, universities might well ask if they have in fact done enough to raise the deep and unsettling questions necessary to any society.” (*5)

要約すると、アメリカ社会の根底にある大学教育は機械的即物的目的”instrumental purposes”に応ずるべきとする考え方は、教育界を即物的で世俗的な目的に隷属させ兼ねない、高等教育の目的は批判的見識”critical perspectives”と物事に対する“doubts”を喚起させることであるという主張です。Gee氏はそれに対してcritical thinkingと生産性を高めることとは何ら矛盾せず、学生は社会で活躍できるスキルを身につけるべきであると答えています。

別稿「アメリカのプラグマティズム」で述べましたが、アメリカ社会にはpragmatismの伝統があります。その現実に基づく探求プロセスに批判的見識“critical perspectives”は欠かせません。Gee氏の反論はそうした伝統を念頭に入れたものかもしれません。筆者も、アメリカの大学が世界トップの座を占めるようになったのはpragmatismに依拠するところが多いと考えます。

いずれにせよ、アメリカの各大学は生き残りをかけて熾烈な競争を強いられています。今回取り上げている記事の発信元Great Value Collegesの名称が示す通り、これから大学に行こうとする若者と保護者が、将来を考えてvalue collegesであるかどうか、否、大学に行くこと自体がvalueのある選択かどうかを真剣に考え始めています。

これらの50人の学長の多くが上記の理由でそれぞれの大学の教育環境の向上に努め、value collegesであることを訴えようとしているのは、教育・研究資金(endowment)を集める為でしょう。上記Time誌“The 10 Best College Presidents”に選出されたThe University of MichiganのMary Sue Coleman氏もズバリそう述べています。名門The University of Michiganでさえ、ミシガン州が大学に支払う補助金は大学総運営費の10パーセントで、そうせざるを得ないと述べています。

巨額の寄付金を集めているHarvard, Stanford, MITなどの学長の名がない

偶然かもしれませんが、Top 50に名を連ねる学長の中にHarvard UniversityやStanford UniversityやMITの学長の名がありません。以前、本コラムでも述べましたが、これらの大学は他を寄せ付けない巨額のendowmentを集めています。(*6)Harvard Universityのそれは$35.7 billion(約4兆円)、Stanford Universityは$22.4 billion(約2.5兆円)、MITは$13.2 billion(約1.5兆円)です。/The University of Michiganのendowmentは、$1billion(約1200億円, 2018年)、Harvardの約35分の1、Gee氏のいるWest Virginia Universityは$566.42 million(約670億円, 2017年)です。日本の大学が集めている寄付金からすると、それでも大変な額ですが、アメリカでは危機的状況と判断しています。本コラムの第121回で述べたようにThe University of Chicagoが大変な入試改革を行なっていますが、それもこうした危機感の表れでしょう。(*7)

中堅大学に混じって、The University of Pennsylvaniaの他にもColumbia University, Dartmouth College, Brown UniversityなどのIV League校やJohns Hopkins University, Northwestern University, Georgetown University, Brandeis Universityなどの有名校の学長の名前があります。そのような視点で見れば、Harvard University, Stanford University, MITなどの一部の財政的に潤っている大学を除き、それ以外のアメリカの大学はこぞってvalue collegesになるべく奔走しているといって良いでしょう。

今回取り上げた“Colleges With The Best University Presidents: U.S. Colleges With The Best Presidents: These 50 Current College Presidents Are Outstanding!メイン・タイトル、コロン以下のサブ・タイトルからは、アメリカの大学が企業と同じような危機意識を持ち始めたことを伺わせます。大学はもはや聖域ではなくなったということでしょう。

アメリカ留学先の大学選びには学長のリーダーシップもチェック

さて、読者の中でアメリカ留学を考えている人は、学生だけではなく大学や高等学校の教職員もいらっしゃるでしょう。将来、学校経営に携わる若手の教職員は、留学先として、このような経営者がトップに座る大学を選んでみたらどうでしょうか。アメリカは既に1970年代後半から大学の経営危機という言葉が現実味を帯び、1980年代には幾つかの大学が統廃合され始めています。日本では大学や学部増設が盛んに行われていた時期です。約30年経て日本でも大学や学部の統廃合が叫ばれています。そして、アメリカでは大学教育そのもののvalueが問われています。日本ではどうでしょうか?アメリカの方が一歩先の体験を強いられているような気がします。

(2019年5月20日記)

(*4)Time誌“The Big Man on Campus-The 10 Best College Presidents” P.3より。
(*5)Time誌“The Big Man on Campus-The 10 Best College Presidents” P.3より。
(*6)第121回「Standardized tests(SAT、ACT)を義務付けない!全米 #3名門校 The University of Chicagoの思惑は?
(*7)(*6)を参照してください。


後記(2024年5月)

別稿「巨額寄付金ランキング、Harvard7兆円!Yale6兆円!揺らぐ学の独立、言論の自由」に書きましたが、今やHarvard,Yale, MIT, Stabfordなどは本稿を掲載した2019年5月と比べほぼ倍の7兆円もの巨額寄付金を集めています。但し、それがゆえに現在、これらの大学で激しいデモが行われ、寄付する側の思惑と受け取る大学側が死守すべき学の独立、言論の自由が試されています。要するに別の意味で大学が機械的即物的目的instrumental purposesに応じるか、批判的見識critical perspectivesの育成に寄与するかを問われているわけです。いずれにせよアメリカの大学は日本の大学とは異次元の生き残り闘争をしていると感じます。生物のみか大学などの制度も進化の過程にあるようです。絶滅か進化か。



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