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ボクたちはみんなカツセになれなかった/カツセマサヒコ『明け方の若者たち』読書感想文

もはや説明不要であろう“タイムラインの王子様"カツセマサヒコのデビュー小説「明け方の若者たち」。発売から少し時が経ってしまったが、やっと読む事ができた。現在、6万8千部(すごい!)のヒットをかましている本作。とんでもない数のレビューがWebには溢れているので、未読の人でも雰囲気を掴んでいる人が多いのではないだろうかと思う。なので、普通の感想を述べても面白くないと思い、本書に出てくる気になるキーワードをピックアップしつつ、そこから私なりの妄想やら何やらを加え、カツセ氏の内面を想像しつつ、既読の人に楽しめるようなレビューを書ければと思う次第。

※ほぼネタバレ。ご留意の上、お読みください。


・匂い

出だしから匂いに関する描写が多い。彼女の香りや、同級生の石田の口臭、飲み会の出席者達の雰囲気を異臭に例える、彼女は鼻はきかないけど、ビールの匂いだけは分かるなど、少し読み進めるだけでこれだけの描写がある。間違いない。匂いは記憶に残りやすい。きっとこの物語は、カツセ氏の脳に未だにこびりついている匂いから生まれたものだと想像してしまう。つまり、きみのドルチェ&ガッバーナのその香水のせいだよ、という事である。

・あざとさ

彼女に対する振る舞いに対して、主人公ははっきりと「あざとい」という言葉を使っている。もしくは、「ずるい」。個人的な意見、これまでの経験も踏まえた上でいうと、相手のそういった振る舞いに対してその行為をあざとい、もしくはずるいと伝えてしまう人は、その行為を嫌いじゃない。もしくは、その行為がかなり好きである。そう、カツセ氏は、あざといのが好きなのだと思われる。是非、テレビの『あざとくて何が悪いの?』に出演してほしいものだ。かなり適任なのではと思う。いや、もうオファーきてるよたぶん。

・下北沢

突然の自分語りで恐縮だが、下北沢には8年程住んでいた。今でも通っている。作中に描写されるヴィレバンでの待ち合わせ、演劇からのサイゼ飲み、そして街に数軒しかないラブホテル。数軒しかないのだから、特定は容易だ。極めつけは彼女のアラーム音のキリンジ。え、俺?俺、書いてないよの連発。下北沢が好きな人には、全てがあるあるの洪水。これは苦しい。カツセ氏、下北沢大好きだよね絶対。どんどん変わっていくけど、好きです下北沢。

・『(500)日のサマー』

くるりを聴きながらレンタカーで彼女と向かった先は主人公が一人暮らしするための家具を買うためのIKEA。そう、IKEAデート。ここで完全に思い出すのは、映画(500)日のサマーである。彼女が夢だったというこのデート、先述の言葉を借りるのであれば完全にあざとい。あの映画は、男を振り回す女の映画だ。何だよ急にフラグ立てやがって。ちなみに昔、元カノと付き合っている頃、元カノのお父様の車を借りて私も本棚を買いに行った事がありますが、車でそのまま持ってきたらお父様にいきなりしかられた事がございます。なぜ発送にしないのか、と。発送にするなら車で行かないんだよなーと思いつつ、平謝りをした。IKEAは、カップルの鬼門。

・高円寺

実家暮らしだった主人公は、友人が住んでいる事もあり高円寺で一人暮らしを始める。引っ越しの日に飲みに行くのは南口の大将。ちなみに私は北口にある三号店が好きだ。スーツが似合わない街という記述があったが、まさしくその通りで、現在ほど近いところに住んでいる私は最近はもっぱら高円寺に行く事も多い。大手の会社に入れたものの望まぬ部署に配属された主人公が、この街で仕事のグチを吐いているのがチグハグな感じがしてとても興味深い。この辺りは、カツセ氏の人生もなぞっているのだと確か何かのWebの記事で読んだ。吐露される悩みや願望はリアリティがあり、当時の苦しさがじわじわと伝わってくる。出口が見えない時は、とりあえずもがくしかないが、どうもがけばいいのかも分からない時は、本当に苦しいものだ。

・ストロングゼロ

ここ数年の流行りであろう、ストロングゼロ。アルコール度数がやばめなくせにその飲みやすさからグイグイいけちゃう悪魔の飲み物のひとつ。危険度は、テキーラのショットより上だ。主人公も事ある毎に飲んでいる。飲み屋を出た後にコンビニでさらにストロングゼロを飲むのは、危険行為としかいいようがない。気をつけよう。溺れるのは、恋だけでいい。

・フジロック

フジロックに行けなかった年の夏は、なんとなく惨めな気分になる。タイムラインに流れてくる浮かれたツイートを見ていると、何故私は仕事なぞをしているのだろうという考えが一日中頭によぎったものだ。近年、生配信が始まった事もあり、行かなかった事への後悔が少し薄れつつある。主人公はどうやら行った事が無いのにそんな気分になっていたようだが、逆に行った事がなくてよかったと思う。知らなかった事を知ってしまうと、もう知らなかった事には戻れないのだ。それは彼女と出会ってしまった事も含まれる。彼女と思いがけずホテルのロイヤル・スイートに泊まる事になって、初めてコンドームのゴムの壁を取り払って繋がった後、彼女の好きなところをたくさん述べる部分。キリがないほどの好きが詰まっている。知ってしまった人生と知らないでいた人生。彼には、どちらがよかったのだろう。というような事を考えて書いたら、めくった次の章(第6章)の頭に同じような事が書かれていて笑った。

・別れ

第7章からは、禁じられた(世間的には)関係だった事が明かされ、別れるまでの流れが続く。カツセ氏、ここが一番筆がのっていたんじゃないか、てか、昔の彼女へのラブレターなんじゃないかくらいの勢いが最高だった。そしてここにも上述した(500)日のサマーに通じるところが見受けられた。どこかのインタビューで喋っているのかもしれないが、オマージュしているのであれば、カツセ氏の策略にまんまとハマってしまったのかもしれない。しかし、女性から別れる時にいわれる「ごめんね」って本当にナイフよね。血まみれですよこちとら。フラッシュバック。

・別の女

湘南乃風の曲『恋時雨』を始め、J-RAPの曲には女に振られた後に別の女を抱いてさらに後悔するという傾向が結構ある。主人公もまさしくで友人達に奢られた風俗で情けなくも彼女の事を涙ながらに語ってしまう。ヌイた後に。正直言ってダサいと女性の方は思うだろうし、話を聞いた風俗嬢もきっと呆れているだろう。ただ、このシーン、男なら分かる。分かるはずだ。男の失恋は、総じてダサい。ダサいからドラマになるのだと言い聞かせるんだ。そうしないと、生きていけない。それもいずれネタになる。

・マジックアワー

失恋はしても人は生きていかねばならない。自分は止まっていても世界は動いている。同期の親友が転職したり、旧友がネットワークビジネスにハマって勧誘を仕掛けてきたりする。これは、20代後半にも差し掛かってくると誰しもが経験する事なのかもしれない。ちなみに私もねずみ講及びそれらしきものに何度か先輩やら旧友に勧誘された事がある。当時派手だった彼らのSNSは、一度アカウントが消される、更新が停止するというフローを経て、ぽつぽつと家族との写真がアップされたり、たまにいいねを押してくる感じになっている。誰も当時の事には突っ込まない。実はまだやっているのかもしれないし、本人も黒歴史だと思っているのかもしれない。何者かになろうとした彼らを僕は笑えない。もちろん人を騙すような行為で金を稼ごうとするのは絶対にダメだ。実際に稼いでいる人らもいるだろうが、失敗した彼らはt、今度はそちら側に行こうとする人を止められる力を持った。それでいいと思う。知らないところで、多くの人を止めているのだと思いたい。

脱線した。

周囲が動き出すのを見て、主人公もほのかに動きを見せ始める。単なる異動願いだが、彼にとっては大きな前進で大きな一歩でもあるだろう。終盤、薄れてはいるものの相変わらずどこかに彼女の影を探したり、インスタをちゃっかりチェックしてしまっている主人公は、よくいう『名前を付けて保存』をちゃんとしている。こんなとこにいるはずもないのに。(山崎まさよし)時折、脳内で保存したフォルダを事ある毎に開きながら新しい恋をしたり、新しい生活をしていくんだろうな。

読み終えた後、私は彼のこれからの幸せを願いつつ、あいつ今はどうしているのだろう、と会えなくなった友人に対する感情のようなものを抱いた。

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■余談①

この記事のタイトルはお気づきの方もいらっしゃると思いますが、燃え殻氏の著書『ボクたちは大人になれなかった』からです。検索してみたところによると『ボクたちはみんな大人になれなかった』の発行部数は現在8万部以上との事。2冊とも大ヒット。二人ともTwitterのフォロワー数はものすごいですよね。

一般的な本が出版されるルートとして、下記が考えられると思います。(超ざっくり)

・文芸賞などの賞をGETし書籍化

・ブログが話題になり書籍化

・各種投稿プラットフォームで話題になり書籍化

・ZINEや同人誌が話題になり書籍化

王道のルートとしては、やっぱり文芸賞を受賞して書籍化が考えられると思いますが、燃え殻氏もカツセ氏も日々のツイートを積み上げてフォロワーを獲得しその上で小説を書き上げリリースされる、そしてヒットというルート。コミックも同じようなルートが何だか多い印象です。

このルートが今後も増えていくのはとてもいい事なのかなと思いますが、願望だけで言えば、結局大手出版社からリリースされるという流れにちょっとモヤっとしたり。もちろん著者的には宣伝もたくさんしてもらえるし、たくさんの本屋にもたくさん平積みで置かれるし、いい事づくめなので正しい事だと思います。ただただ願望としてですが、インターネット上で爆発的な人気を得たのなら、そのまま自分たちで電子書籍でリリースして大ヒットする流れや、私家版でリリースしてえげつない部数を叩きだしたりするところを見てみたかったなーとか思ったり。そういうルートを見てみたかったなと。(特に大手出版社を批判しているわけではないです。あくまで願望なので。あしからず)

この文章を読んでくれた方の中にも、カツセ氏や燃え殻氏のようになりたいと思って日々頑張っている方もいるかと思います。でも、はっきり言って無理です。あなたはあなたにしかなれない。もちろん僕もです。あなたにはあなたの魅力があるということ、忘れないでください。そういう意図をこめてつけた記事タイトルです。おちょくっているわけではありません。炎上させないでくださいね。勘弁してくださいよ本当。

でも、一日だけカツセ氏のアカウントを借りてみたいなーとは思っています。

あと、個人的にですが、カツセさんのTwitterで僕が好きなのはシチュエーションを限定しつつ余白を感じられるところかなと思っていて。読んでる側の妄想も膨らませる短いやつ。なので、2作目は短篇集とかどうでしょう。え、もう違うの書いてる?そうですか。どちらにせよ、2作目が楽しみです。

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■余談②

以前、カツセ氏と妄想の掛け合いをした事があります。割と思考が似通っているので、実は小説も結構先が読めたというか、私だったらこう書くなっていうのが本当にそのまま書いてあったりしたので、かなりシンパシーを感じました。しかも、12月に出るもの用に私が小説を書いたのですが、本書の中に98%くらい表現がかぶっているところを発見してしまいました。見つけた瞬間、自分の方の小説の表現の部分を速攻で書き直しました。あぶねーあぶねー。このまま出してたら絶対パクリって言われてたわー。読んでよかったです。

それでは、以前カツセ氏と行った妄想の掛け合いでお別れとさせてください。岸井ゆきのと日々を妄想しています。

ここまで読んで頂いた方、ありがとうございました。それではまた。

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PS:カツセさん、そろそろ飲みに行きましょうか。



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