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メトロ、オールバック、フルフェイス、ヘッドホン(4/16)

投稿者註)ずいぶんと日が開きました。

 午後の収穫は、午前中よりも少なかった。寒さのせいだろうか。二年生の女の子の誰かは、学校のホームページに載っている新入生健康診断の時間割を見ながら、もっと人がいてもいいはずなんですけどね、と説明してくれた。

 時折校門から警備員が出てきては、直嶋たちを校門のまわりから追い払った。

 直嶋たち以外にも、大学から公認をもらっていない「悪質テニスサークル」で今日新歓(しんかん)しに来ているサークルがいて、彼らも校門の周りや駅から大学までのルートに声かけの人員を置いていた。

 彼らのグループで、警備員詰所から丸見えなところでたむろする連中がいた。直嶋が
「そんな前に行って大丈夫ですか? なんか、さっき僕らので注意されたやつがいたんですけど」と声をかけると、彼らは顔を見合わせ、その中の男が
「自分で行って、確かめてきたらいいんじゃないですか?」と大きな声で言った。笑いも起きなかった。直嶋たちと彼らはもう半日以上、読んで字のごとく隣り合って新歓(しんかん)活動をしてきて、それが初めて交わした会話だった。

 直嶋が自分のたむろしているところ(それは、白いジャガーが停められた民家の駐車場だった)に戻ると、苦笑いの後輩たちが迎えてくれた。直嶋がそんなことをしたのは、彼らの擁している女の子がみんな可愛く見えたからかもしれなかったが、どうして自分がそんなことをしたのかは直嶋にもよくわからなかった。きっとどちらかが真実なんだろう、とも思わなかったかもしれない。

 テニサーに好意的な新入生三人組を捕まえて、彼女らを後輩と一緒に店に届けたあと、先に校門前に戻るとまた閑散としていた。本当は一緒に「サークルの魅力」を新入生に話さなければいけないのだが、その作業にはもう飽きてしまっていた。

 午前中にさんざん、自分の参加しなかった夏合宿(なつがっしゅく)やクリスマスパーティー(くりすますぱーてぃー)、大会(たいかい)などの写真を見せながら(後輩たちがアルバムにして持ってきたものだ。直嶋たちも、直嶋たちが二年生だった時は、それを作った)、「すごい楽しいよ、絶対思い出になる!」と力説した。それは本当のことだったが、本当にそうなのかどうか、直嶋はわからない気もずっとしていた。もし男友達と一緒に居たら、「あんなんくそつまらんよ、行かなくてもいいと思うなあ」と言う自分がいるはずだった。でもその次にはきっと「まあ楽しいけどね」とも言うに違いない、と思った。


 自分の果たすべきだった業務から逃げて校門前の広場で暇を持て余していると、広場の反対側に一人、就活生と思しきスーツを着た女の子がいて、緑の小ぶりなヘッドホンをして、スマホをいじっていた。何人か、新入生らしき子が前を通っていったが、さすがに男一人で彼女らに声をかけるわけにもいかず(それは暗黙裡に禁止されている。と直嶋は思っていた)、直嶋は就活の女の子と同じようにスマホを見て、手の空いた後輩たちがこちらに来るのを待った。


 やがて就活生の子の元にもう一人、就活スーツ姿の子がやってきて、待っていた方はヘッドホンを外しながら大きな声で何か言った。相手の子もそれに答えて、二人は校門の中に入っていこうと歩き出した。直嶋は急いで二人の方に近づいて行き、声をかけた。

「りょうちゃん?」

「……え、直嶋?」その声に反応して、黙って歩き去ろうとしていたもう一人の女の子も振り返った。「まじかよ! ウケるわ。ほら、伊藤もいるよ」

「あ、やっぱりかえでちゃん」

「ちょー久しぶりだね。何やってるの、ここで?」

「新歓(しんかん)だよ、新歓(しんかん)。ほら、二人も手伝ってよ」そう言って、直嶋は持っていたビラの束を渡す動作をした。

「うわ、めっちゃなついな。くっそきつかったわ」

「ねー、二人とも泣いてたもんね」

「うん。てか直嶋もう四年でしょ。超良い先輩じゃん」四年にもなって新歓(しんかん)手伝うとか(笑)。

「いや、たまたまだよ。何となく、二年の新歓長(しんかんちょう)のやつに行くって言っちゃったんだよね」

「ほかには? ひとり?」

「さっきはじょん(じよん)がいたよ」

「まじか! あいついたのか。会わなくてよかった~」

「なんでだよ」

 そうやって直嶋たちが笑っていると、二年生の女の子がひとりで校門のところまでやってきた。

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