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思い出が私を苦しめる。忘れたいのに。

記憶の仕組みがどういうものなのかは一切分からないけれども、妙に濃厚で色彩がしっかりしている思い出たちが幾つか存在する。脳はどのような仕組みで人生のシーンたちを記憶しているのだろうか。また、私たちは思い出によって苦しめられるということがある。時間が解決するよとはいうけれども、自分にとっての苦しい思い出というのは鮮明で相手の顔まで忘れられないという事実がある。時間が経っても苦しみは一向に収まらないという状態があるということは私自身も経験済みだ。

苦しかった思い出の中学時代に私は酷く孤独で、自分の世界を形成していた。自分の殻に閉じこもり、一人で映画を見たりして、時間を潰していたっけ。TSUTAYAでレンタルの映画を探している時、少し幸せだった。その頃から夜の時間が心地よく、夜風に当たりながらの散歩やコンビニへの買い物、そしてこのTSUTAYAに行くことがあの頃のストレス解消方法だった。
一人の世界の中、何を考えて生きていたかは曖昧でよく分からなくなり、それとは正反対に同級生からの態度、言葉たち(蔑まれたり、馬鹿にされたり)はとても鮮明に覚えている。正直悔しいとその気持ちは何十年後に強く表れることになる。結局、記憶の中の覚えている部分というのは、人によって違うのだと思うけれども、私は嫌なこと、悔しかったこと、辛かったことなどが大半を占めるかもしれない。今でもあの子達の蔑むような目つきを思い出す。悲しいぐらいに自分という存在を蔑ろにされていた。中学校の時の給食も美味しかった記憶が全くない。惨めな思いっていうのは中々忘れられない。考えすぎの自分だから、余計辛かった思いが肥大しているのだろうと。おそらく私はその頃からHSPの気質が顕著で周りに溶け込むことがどうしてもできなかったんだったと思う。刺激に敏感で一人の時間がないと苦しくなってしまうことや、一度思い悩んだことはずっと考えてしまうこと、人混みが苦手なこと、視線に敏感なことなど色んな思い当たる節はあった。HSPで悩んでいる人、疲れやすくて困っている人は多いようだ。今も昔も人より敏感なことできついなと思っている人はいっぱいいて、私もその中の一人だったのかもしれない。

ところで、不思議なのは毎日大体同じ生活リズムで暮らしていて、同じことの繰り返しで、そのような何てことのない日々というのは記憶の中にほとんど残ってなく、良い日があったとしても記憶の中では薄い部類だ。

日記を書いているのだが、書くのをさぼっていて、白紙が続いているときがある。思い出すかのように書き出すのだが、一週間前、十日前のことなどはほとんど覚えていなくて、何をしたのか本当に忘れてしまっている。昨日食べて美味しかったアイスクリーム、楽しかったテレビ番組、日差しが気持ちよかった散歩、皆わたしのなかで淡い思い出、薄い記憶として過ぎていく。日常のささやかな日々に感謝して、毎日地に足を付けて生活をしていくこと
攻撃的な言葉をネットに書き込まないことなど心掛けたい。実際はそうもいかなかったり、ツイッターを見すぎてしまい、刺激でクラクラしたりするのだけれども。穏やかな気持ちになる時が多いと生きていくのが少し楽になる。

記憶の中で、もしかしたら大切なことを忘れているのかもしれないと思うのだけれど、それが何かなんてことは永遠にきっと分からなくて深い深海の底に沈んでしまったかのような未知なものなのだ。忘却の彼方にもう思い出すことも無いような思い出。生きていくことはどうしてもしんどい。息をしているのも嫌になることがある。布団の中に一日中横になって、考え事をしている日々が多かった。グルグルと頭の中に駆け巡る思念たち。余計に自分を追い詰めていくものや自分を否定する言葉が頭から離れない。
考えすぎてしまう性格があまり長所になることは考えにくく、それなのに考えること、一人で物思いにふけることが趣味みたいになってきている。
昼間から布団に横になって、何かを考えている。考えているときは、つい独り言を言ってしまうことが多い。最初は止めようと思っていたが、これがストレス解消になるのなら別にいいではないかと思った。何故か分からないが、これを無くしてしまったらまたしんどくなってしまう。人には理解されない自分だけのストレス解消法。

人の記憶や強く覚えている思い出というものは時として自分を苦しめて心をボロボロにする。忘れたくても忘れられないものって人には必ずある。

乗り越えていく。そう思っても中々思い通りにいかないよねと思う。私自身も嫌な思い出と闘っていく。これからもずっと。

人にされた嫌なことが後々の人生にまで影響を及ばすことが何だか怖い。自分自身も何かを言ったりしてしまったのかもとも。私を大嫌いな人もいるし、本当に人間関係は難しい。過ぎたことはもう元には戻らない。取り返しがつかなくならないようにしたいなと思う。ただどうしても自分の行動に自制出来ない時もある。衝動的な行動というのは後悔する。生きていくということは後悔がつきものだけれど、上手く対処していかなくてはいけないものだ。

考えすぎのくよくよ女なので一人の世界に閉じこもっているが、その中でも自分の好きなことや心落ち着くことをしていきたい。ストレスの対処方法が上手になると生きていくのが楽になる。そうはいってもそれが中々難しくて、出来なく自分を追い詰めてしまうことになることが多いが。

何か一つ自分にとって心地いい時間を持つこと。嫌なことを思い出して辛くなっても、対処していけるように。

嫌いな人や思い出したくないことをこれからも抱えていくのだろうが、この人生で意味があることも確かに存在するので、毎日を地道にコツコツと生活していきたい。