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短編ファンタジー 「鍵盤猫シュアトル」

(1)虐待
私は飼っていた白と茶の猫のジョニーを火葬して、家に帰ろうとしていた。

私が殺したのも同然だ。
郁くんを、止めようともしなかった。

ジョニーは同棲前から飼っていて、同棲してから郁くんのジョニーに対しての接し方が変わるなんて思ってもいなかった。
同棲して数日で、ジョニーを虐待し始めたのだ。
「邪魔。」と言っては蹴る。
放り投げる。叩き落とす。
物を投げつける。タバコの火をおしつける。
私は始めは「やめて。」と言った。
そのうち、その声も小さくなった。
「餌は与えなくていい。」と言った。
内緒で与えても、餌をわざわざ外に捨てに行った。仕事の行く時に餌を持って行く事までした。

私に暴力が向けられるのではないかと何も言えなくなった。
私もジョニーさえいなければ、幸せな生活が送れたのではないか、送れるのではないかと思ってしまう自分もいた。
誰かに預かってもらおうにも、理由を郁くんの事を話さなければならない。
近くにできた保護猫カフェに相談しようかなと頭に浮かんでいた。

そんな事を考えてる内に、事故・・事件・・・
ジョニーが郁くんの布団におしっこをし、それを怒ってジョニーのお腹を何度も蹴って持ち上げては叩き落とした。
私は涙を流すだけで何もできなかった。
ジョニーはぐったりして動かなくなったていた。

「餌隠してないだろうなぁ」
と探して部屋をあさり始めて、洗面所の排水溝の裏の猫カン見つけて、それを私に投げつけて出て行った。

「ジョニー。」
四つん這いになってジョニーに近づくと、お腹の膨らみにがぺったんこで動かない。
「ジョニー。」
息をしてない・・・。


許して
何が大切か
大切な事が多すぎて

狂っている事も明瞭でなくなり
犠牲にしてしまった

気づいていたのですね

死して抱きしめても
気づく事はできなかった

ごめんね


(2)保護猫カフェ
火葬場からの帰り道。
家に帰りたくなった。
いやジョニーの物は早く片付けた方がいいかしら。

気になっていた保護猫カフェに行こうかな。
余計に寂しくなるかなぁ。
ジョニーがヤキモチやくかなぁ。

と思いながら保護猫カフェmoffmoff に車を駐車させた。

玄関土間で消毒した後、ボタンダウンの黒のシャツを着たご主人が檻の扉を開けて下さった。
日差しが差し込んだ。
するとたくさんの猫達がいて思わず微笑んだ。

「椅子席と座敷席どちらがいいですか。」
椅子席に座るとさらに奥に暗い部屋が見えた。そこにもたくさんにいた。

メニューと猫ちゃん達のプロフィールのアルバムを渡された。私はホットのルイボスティを頼んだ。

「可愛いねぇ。
綺麗なお顔だねぇ」

大きい店と違って、よく動き回ってサービスがいい猫ちゃん達。
白黒の猫ちゃんが膝の上にのってきた。
お腹が半分見えた。まるで鍵盤のように白黒に分かれていた。
猫ちゃんがあまりにも気を許しているので、ピアノを弾くように指を置こうと思わずした。

「触っちゃだめですよ。」とご主人さんに言われた。
「ピアノの鍵盤みたいでしょう。」
「はい。可愛いですね。」
「シュアトルくんです。」

他の猫ちゃんの様子も見て近づいてみたりしていた。

ピアノの音が流れ始めた。
それは奥の部屋からご主人が弾き始めた。
奥の部屋は暗くて見えなかったが、ピアノが置いてあったのだ。

曲はSchroeder Headz の『北極星』

生ピアノまで聴ける猫カフェかぁ・・。

目の前に景色が広がっていった。
山並み、地平線、広がる丸い畑。

ピアノの鍵盤の上にシュアトルが飛び乗った。
ジャーン。

私はどこかへ落ちて行った。
落ちていったような感覚ではなく、確かに落ちていった。
すごく時間がかかった。でも真っ直ぐに。


檻という保護
闇が指し示す道標

今キミを感じて
待つだけでは終わらない

ここで微睡
ここで跳ねる

与えられた
手に入れた
幸せ

たくさんの思いを伝えに
キミに会いに行く


(3)南アフリカ
陸に辿り着いた。
山だ。
山並み。
平らな場所ではなくて、私は踏ん張った。
こういう場合下るしかない。
それとも頂上、目指した方がいい?
少しして安定した場所で、スマホで「ここはどこ」と検索した。
南アフリカ、セダルバーグ山脈。
地球の反対側にきたのだ。
麓の町はクランウィリアム。
そこまで降りよう。
なんだか楽しくなってきた。
でも暑い。
セーターを脱いだ。それでも暑かった。
乾いた土地、赤茶色い大きい岩が。ゴロゴロ転がっていて、乾いた針葉樹が隙間に生えています。
明るい内に麓のおりなくては、夜は冷える。

下っていくと針葉樹の畑になっていった。ルイボスティのルイボス畑だ。
この南アフリカのセダルバーク山脈でしか栽培されていない。道らしき道が道路になっていった。
視野が更に広がった。
振り向けば山並みは壮大で美しかった。
地球の反対側に来れば全く違った環境だが生命を感じた。

ジョニーには可哀想な事をした。
「ごめんね。
そしてありがとう。
私、頑張るよ。」歩を進めた。
道は真っ直ぐだった。
太陽は目の前に沈んでいった。
早くしなきゃ。

ようやくクランウィルアム、人口6000人の町に着いた。

お腹が空いた。そして寒い。
1件目の食べ物屋さんであろうpolarisの看板が出てる店の扉をあけた。
テーブルが並べられているから、たぶんあっている。

翻訳アプリ・・その前に何語?
両耳に髪をかけた店のおじさんは珍しい客を恥ずかしそうに見ながら微笑んでいた。
次に色鮮やかな服を着た奥さんらしき店員さんが冷たく呟いた。
「ご注文は?だって。」とシュアトルが通訳した。
えっ!シュアトルも来てたの!
言葉が喋れて通訳もできるの!
驚く事がいっぺんにきた。
とりあえず、あったかい
「ルイボスティ」だ。

ルイボスティは本当に身体が温まった。
と、ほっとする間もなくググりまくった。
泊まるところとか。

南アフリカ料理パップを、どうやって食べるんだろうと苦戦していると、
ピアノが流れ始めた。

Schroeder Headz の 『北極星』。
こんな南アフリカで・・日本の曲を・・・
さっきの太ったおじさんが弾いていた。
私も日本人です。と自慢しようかしら。

するとシュアトルがこちらをちらりと見た後、ピアノに近づいていった。
そして鍵盤の上に飛び乗った。
ジャーン。

落ちていく・・・
落ちていかなかったのです。

パップを完食しお腹もいっぱいになり、温いルイボスティも最後の一口を飲み、私はピアノに近づいた。
そしてピアノの椅子に座って弾き始めたのは、
もちろん、『猫ふんじゃった』。
弾き終えても、シュアトルは鍵盤の上に乗ってきませんでした。
マスターは微笑みを絶やしてはいません。
でも不穏な音は流れていました。

暗いような、奇妙な、音楽として成立してるような・・・
~猫ふんじゃった 猫ふん・・・
・・・・お空へ飛んでった~

冷たそうな奧さんを避けてご主人に近づいていった。
翻訳アプリを使って聞いた。
「この辺で泊まる所はありませんか?」
「寝袋を貸すからこの店内に泊まっていい。だって。」とシュアトル。
ご主人には猫が喋ってるってわからないみたい。
奧さんが近づいてきて低い声で言った。
「その代わり、明日ルイボス畑を手伝って。だって」
私はコクリと、頷いた。
すると急に笑った。
「怖がらなくていい。だって。」
そしてシュアトルも笑った。
なので私も笑ってみせた。
雰囲気をつかめずにいた。



運がいい
キミに見つけてもらえた

これから出会う人も畑も店も
キミがいれば味方だ
どんな苦労も厭わない

ルイボスティに
ピアノに
映る光が
私にも光をくれる


(4)ジョニーとの思い出
店の床に寝袋を敷いて、中に入った。
シュアトルも中に入ってきて、頰をすり寄せてきた。
そのうちゴロゴロといいだした。

ジョニーともいっしょに布団でよく寝てた。

ジョニーは実家のガレージで生まれた猫だ。
地域猫のリリーが4匹生んだが残りの3匹は死んでしまった。
死んだ3匹は母猫が並べてあった。
死んだ子猫は母と一緒に庭に埋めた。
乳離れして、私は大学生になり一人暮らしをする時、ペット可のアパートを借りて一緒に連れて行った。
最初はホールケーキの箱を加工して連れて行き育てたが、すぐジャンプして飛び出すようになった。
机に飛び乗れるようになったのに飛び降りるのは怖がって、か細い鳴き声でミャーミャー泣いて可愛かった。
どんどん活発になりパソコンをしているとキーボードの上に乗ってきたり。炊飯器が暖かいから乗っていたり。
爪研ぎには困った。
出費もかさんで、飲食店のバイトと派遣のバイトをやっていた。
ジョニーと共に大学生活を送っていた。

そして大学4年の秋、郁くんと出会い、その頃、保育士資格取れず挫折し、ジョニーから心が離れてしまったのかもしれない。


日々は
生活として流れた時
煌めく

キミを思う
生活が流れていた

キミも
そんなふうに
過ごしていると
いいな


(5)polarisの朝
湯気の香り。
ご主人が店の下準備する音が聞こえてきた。
シュアトルが頰に鼻に擦り付けてきて
「好きだよ。」
と鳴いた後、私の鼻に噛みついた。
痛っ。どういう事?
目が覚めた。顔を洗うと奧さんが服を下さった。
南アフリカならではの明るい色づかいのTシャツとパンツ。
このスタイルでルイボス畑の手伝いをするのかぁ。

朝食にラスクとルイボスティを頂いた。

ルイボス茶畑は1〜4月が一番忙しい。
刈り込みにの手伝いをした。
ヤコおじさんの的確な指示で進んでいった。
ピアノの弾いていたpolaisのご主人も荒々しくなった。
地面から上30〜40cmを刈り込んだ。
束にまとめたら、後は広大なはコンクリートの上でのトラクターの仕事になる。
ご主人は店のランチの時間のために店に帰るので、これでお別れをした。
ヤコおじさんがトラクターで刻んだ茶葉をコンクリートに低く積んでいくのを見ていた。
畑でアイスルイボスティで昼食を頂いた。
口数は少ないヤコおじさんが、
午後からは納品にケープタウンに行くので連れってってくれることになった。
知り合いの宿泊先のホステルも手配して下さった。
奧さんが畑をに駆けつけてくれて、今度はまた南アフリカの太陽のようなワンピースも下さった。
奥さんにお礼を言って、トラックの助手席に乗った。
地平線の一本道で向かって行くと丸い畑は離れて行き、代わりにテーブルマウンテンが近づいてきた。ケープタウンには3時間で着いた。
納品を手伝った後ヤコおじさんとも別れた。



朝の充実アイテムは
ケトルの湯気から始まる
キミの囁き
形を変えながら流れる雲
洗濯したTシャツを軽やかを揺らす風

呼吸するキミと進む一本道
どんな景色を見ようとも
今 幸せ


(6)少年とその妹
冬から夏に来た私は、服もサンダルもタオルも欲しかったので、ファーマーズマーケットに行った。
生鮮食品やお花、雑貨の寄せ木のカッティングボードやビーズ小芸品やお土産のルイボスティの茶葉はもちろんもあり、ペリペリソース、マッシュールソース、パイナップル、グレープフルーツ。すっかり旅行気分だ。
シュアトルはケープヘイクという白身魚をおねだりしてきた。私の顔を見上げながら
「爪をたてるぞ。」
と脅してくるので買った。

通りを歩いていると、少年が妹の手を引いて走ってきてぶつかって追い越した。
シュアトルは追いかけて妹の方に飛びついた。
私も追いかけた。
妹はシュアトルに「シャー。」と威嚇した。
その時、手から星ように煌めいておはじきが落ちた。私は拾った。
そうしてシュアトルと共に兄妹を追いかけ始めた。
そんな様子を全く気にせずに、少年は妹の手を強く握って、一目散に何かを目指して走って行った。

少年が立ち止まったのは線路沿いだった。
青い電車がこちらに走ってきた。
少年は電車に向かって大きく手を振った。
見えなくなるまで手を振り続けた。

私は息を切らしていて何も言えなかった。
「お兄ちゃんはね。電車の運転手になりたいの。だって。」とシュアトル。
お兄ちゃんの方はやっと私たちに気づいたようだ。
「誰かを見送ったのではないんだね。」とシュアトルは言った。
妹はまたシュアトルを睨んだ。
少年は言った。
「ブルートレインの運転手になりたいいんだ。」
するとまた青い電車が来たが、その電車にはそんなに必死に手を振らなかった。
「豪華寝台列車のブルートレインの運転手になりたいんだ。
まだ乗った事さえもないけどね。」
「走る時刻に合わせて手を振りに走ってきたんだね。」とシュアトルが言った。そう言いながら妹と睨み合った。
次は黄色い電車が走って来た。
やっと私は息をきらしながら喋った。
「この近くに駅があるの?」
シュアトルが通訳し、更に妹が通訳した。
「うん。ケープタウン中央駅。」
私は電車でどこかへ行こうと思った。
「どこへ向かう電車がおすすめかな?」
「希望峰に向かうメトロレール。」
希望峰。いいな。南の先っぽ、名前もいい。
「明日、目指してみるわ。
そうそう。これ。」
と、手を広げておはじきを見せた。
おはじきは日本の物より丸っこかった。
妹は受け取りアフリカ布のポシェットにしまった。
ポシェットの中には、まだおはじきがたくさん入っていて、カシャという音がした。
「ありがとうって言いなさい。」
「ありがとう。」
「たくさん持ってるんだね。」
「おもちゃです。」
「一つでもなくすと遊べないんで、拾ってくれてよかったです。」

「気をつけて旅を続けて下さいね。」
「ありがとう。」
と少年と妹と別れてホステルに行った。


少年よ
どこへ走る
無垢な夢を抱き
泣き虫少年は自分が泣き虫と理解して
電車に大きく手を振った
普段は手を振るのを我慢していたかのように
今この時 この輝き
手を振って迎えたのは運転手の自分だった

猫少女
シャーと威嚇してくる
何に怯えてる
お兄ちゃんがいなければ
何もできないのでは
怯えずお兄ちゃんと夢を見よ
さぁ シャーとジャンプだ

(7)ケープタウンの街
ホステルに向かう道中に、独立宣言時、家々に塗られたパステルカラーのお家が並び可愛いかった。
シュアトルは先をスキップするようにかけていった。見えなくなったなぁと思ったら横道からやって来て私を驚かした。
そして笑っては、また先をかけていった。
「こっちこっちここまで来て。」
ホステルは部屋の一室を改装した宿泊施設でした。
キッチンもついていた。
ケープフェイクもムニエルにして、食材や果物で晩ご飯を作って食べた。

南アフリカの夕暮れは遅かった。
シャワーを浴び、ソファに座り窓の外を眺めながら、うとうとしていた。
するとシュアトルがソファの後ろから私の肩に乗り耳元で
「好き。」
と囁いて、私の膝でステップして飛び降りたら、振り向いてニコニコ笑って、ソファの周りを一周してベットに潜り込んだ。
どういうこと?
誘ってる?

パステル
ピンク
イエロー
パープル
グリーン
ブルー

自由と喜び

ホップ
ステップ
スキップ
ジャンプ
スルー

キミを誘うよ
自由と喜び


(8)ケープタウン中央駅〜ビーチの店
南アフリカの夏は気温は高いがカラッとしていて過ごしやすかった。
ケープタウン中央駅はプラットフォームはが20個くらいある駅なのに活気がなく電光表示版には何も表示されていなかった。
メトロレールでサイモンズタウン駅を目指した。電車に揺られるとテーブルマウンテンも大きくなってきた。
昨日の農作業の疲れのせいか、ぐっすり寝てしまった。
電車が停まったのをキッカケに目を覚ましたら、余りにも小さい駅で
「乗り越した!」
と思い飛び降りてしまった。
そこは可愛い青い駅舎のカークベイ駅だった。
調べると1駅向こうのフィッシュフォーク駅までは通勤圏で本数が出ているがそれ以降は、昼間は1時間に1本ぐらいしかなかった。
時間もあったので1駅くらい歩くことにした。
できるだけ線路を意識しながら歩いていたが線路と随分離れてしまった。
途中「ペンギン注意」の看板に驚いて微笑んだ、
そしてビーチが左手に見えてきた。
「はぁー。」
逆を向いて歩いてきてしまった。

ビーチにはカラフルな小屋の店が並んでいての休憩することにした。
そこでマフィンを食べた。店はお客さんでいっぱいだった。ルイボスティのグラスを落とし割ってしまった。散らばった欠片を集めた。ほうきで掃いて集めて厨房の流しに持っていった。おじさん1人で切り盛りしていた。
おじさんが私に叫んだ。シュアトルが叫んで通訳した。
「洗い物して。」
皿洗い?!必死にただ洗っていたら、また叫ばれた。シュアトルが椅子に座ったまんま通訳した。
「お皿とグラスさげて。」
バッシングかぁ。
「バイト料出す。」
私は確かに飲食でのバイト経験ありですよ。
シュアトルも椅子に座っていたがお客さんに払いのけられた。

そのまま夜、閉店まで働いた。
友人が貸してるホステルを手配してくれた。
それがバイト料の代わりとなった。


迷いこんだ
大きな無機質な箱

迷いこんだ
青い小さい箱

どちらかが
線路か山かビーチで
左か上か前で
南か西か現在地


(9)マンカラ
遅い夕暮れ、店のテラス席でまかないをいただきながらお酒もいただいた。
お酒を飲みながら「マンカラをやろう。」と言われた。
2人で対戦するおはじきのゲームだった。
あの少年の妹が持っていたおはじきだ。
木のボードはおりたたみ式になっている。
両端に大きい窪み1つと小さい窪みは12個。自分の陣地のおはじきを0にしたら勝ち。
ルールは簡単だが、勝つコツは難しくて子どもも大人もやる南アフリカ伝統のゲーム。
もちろん惨敗。

おじさんは、おはじきを机に並べ始めた。
5つを不規則に。
「これは何かわかる?」
「わかりません。」
そして次は別に7つ並べた。
「これは?」
「これはわかります。
北斗七星ですね。」
「じゃ、これは?」
と一つのおはじきを置いた。
「北極星。
なので、こっちの5つはカシオぺ座ね。」
「よく知ってるねぇ。
南半球では見れないんだ。
この動く事のない星、北極星を。
それを指し示すカシオペア座も北斗七星も。
航海にでる時、北極星があれば迷う事はない。
勿論晴れていればだけど。
それが南半球にはないんだ。
俺はこの道を指し示してくれる北極星を見てみたい。」
「日本でも南十字星が沖縄くらいでしか見えないのと同じですね。」
「そうだ。一方から見ると一方が見えない。
見方を変えれば見えてくるものがある。
君もこの南アフリカの南天の星空を仰いだら、何か変わるかもしれない。」

シュアトルとビーチに出て星空を眺めた。
「気温が高いと星ってあまり見えないの?」
「確かに。
僕の君への愛はこの星の数より多いよ。」
「はぁ。
シュアトルはどういうポジションなの。」
またニコニコ笑って店に戻って行った。


キミは
愛 愛 愛
と一方的に
伝えるけど
何を持って
愛なの

愛って何
わからない

まして
キミが私を愛する
理由なんて
わからない


(10)フィッシュホーク駅
1駅逆戻りしていたので、セントジェイムス駅から再スタート。
とりあえずフィッシュフォーク駅が終着駅だったので降りて、ホームで待ちながらおじさんが持たせてくれた野菜サンドをベンチで食べた。
駅は海沿いの崖の上の駅で壮大な海が広がっていた。
シュアトルは膝の上に乗ってきて下から私を見上げ
「愛してるからね。」
と言った。
シュアトルからの愛は何なんだ。
すぐ膝から降りてホームの端まで駆けていった。
「愛してる。」何て今まで言われた事あったっけ。
郁くんから言われた事あったけ。

郁くんと出逢ったのは大学4年の秋。
私は就職先の保育園は決まっているのに保育士資格を前期日程で落ちてしまい、後期の筆記試験も自己採点の段階で落ちたと思っていた時期だ。資格がとれないと保育園には半年間待ってもらわなければいけない。
そんな時、いつも働いてきた派遣の集合場所に新入社員として現れたのが郁くんだった。着なれない新しいスーツを着て眼鏡も曲がっていて頼りなく、点呼をとるのもオドオドしていた。私の方が勝手知ったる先輩といった感じだ。
数日後、保育士資格は不合格。飲食店のバイトにプラスして派遣のバイトも増えた。郁くんと顔を合わす事も増えた。

12月になると社員だけでなく常連のバイトも入っての忘年会をしようとなって私がバイトの取りまとめを郁くんから頼まれた。そうしてLINEを交換し距離が縮まっていった。
忘年会に行くと郁くんはいじられキャラだった。眼鏡を鍋に入れられてしまう始末。何とも情けない姿に私はきゅんとした。こんな情けない人が私に近づこうと頑張ってくたのかと思うと。
そうして付き合うようになった。

デートをはじめはしていたが、私の家にずっといる事が増えた。スーツ姿も派遣の営業の人らしく着こなし始めた。保育士資格受験が近づくと家に来るのは控えてもらって私は勉強を頑張った。無事保育士になったら一緒に住もうと約束した。
バイトを辞めて就職し同棲が始まったのが11月、ジョニーも一緒に住み始めた。
そうしてすぐ郁くんのジョニーへの虐待が始まり、2月にジョニーは死んだ。


甘かった
すべて
否定したい

あの時キミが教えてくれてたんだ


(11)希望峰へ
シュアトルが私の脚に尻尾当てて
「電車来た。」と言った。
電車に飛び乗った。
「誰の事考えてたの。」
「ほんとに、この電車であってる?
飛び乗ったけど。」
「海が右に見えるんだから大丈夫。」

サイモンズ駅に着くとバスで希望峰へ。
希望峰の有名な看板の前でシュアトルと記念写真。
アフリカ大陸の最南端に立った。
「夜ならばここで南天の星空が仰げるのに」
と見上げた。

今晩はホテルに泊まる事にした。
先にシャワーを浴びて夕暮れを待った。シュアトルと南天の空をベランダから眺めていても、いっこうに星は出でこない。頭上にいくつかは見えた。
「おかしい。」とシュアトルが言った。
「外に出て北の空を見てみよう。」と私が言った。
ホテルを出てメインストリートに出た。
北の空には星がいくつか見えた。
更に山側へ行った。
「僕達には見えないのか。」
「私はもっと見方を変えなきゃいけないのか。」
「こんなに空気が綺麗で乾燥した場所なのにおかしい。
ずっと違和感を持っていた。」
「何座が見えているか調べて見るね。」


キミと見上げる星を夢みて
キミも夢みて
星が見えるよと伝え続けた
必ず二人で掴まえる
煌めく星を


(12)88の奇跡
「牡羊座でしょ。
魚座。
さんかく座。
結構大変ね。」
星座盤と空を見比べながら。
「あれは冬のダイヤモンド。」
「うさぎ・・・。
星座って88あるのね。」
「天上にオリオン座!
さそり座ね。」
「88あるって言ったよね。」
「うん。」
「なんか響く数字だ・・・
鍵盤の数と同じだ!鍵盤一つひとつに星座があるんじゃないか。」
「あったわ!」
「牡羊座がA4#。うお座がC4#。さんかくF4#。・・・。」
「黒鍵盤ばかり・・・一番北で見える星座は何?」
「かみのけ座は・・・D5#。『猫ふんじゃった』の最高音だ。ポラリスの店のピアノで弾いた鍵盤の星座だけが見えているんだ。」
「南天の星座も北天の星座も、ピアノの全ての鍵盤を弾かなきゃ見えないんだわ。」
「グリサンドしに行こう。だからビーチの店のおじさんは野菜サンドを持たせてくれたんだ。」
「グリーンサンド。ここへ来て駄洒落。ほんとに?」
「明日はクランクウィルアムのpolarisに戻ろう。」


88の奇跡
88の響き
88の煌き



(13)polarisに戻る
夕方にはクラウンウィリアムの店polaris に戻った。
日が落ちて行く光を感じながら、夜を待った。
南アフリカでは夏は夜を手にいれるのには待つことが必要だった。

外に出て暗くなっている事を確かめた。
そうして私は黒鍵盤を全て一つひとつ叩いた後、最低音からグリサンドした。
最後、北極星のある最高音のこぐま座を叩いた。
外が光った。シアトルと私は飛び出し広大な畑のほうに走った。
満点の星空だった。
「この星空の下にいたのに、ずっと見えていなかったんだ。」
「南十字星が見える。」
「北極星は見えない。」
シュアトルが店へ走った。私も走った。
そしてシュアトルはピアノの鍵盤の上にのった。
ジャーン。

落ちていく。いや上がっていく。
確かに地球と宇宙を感じていた。


この宇宙の星を感じる事ができた
それはキミとずっと離れていたからだ
今いまキミに逢いにいく


(14・終)猫カフェに戻った
猫カフェmofmoffに戻った。
シュアトルを探したが、いなかった。
私は夢を見ていたのだろうか。

「お会計、お願いします。」
「2名様30分で1760円です。」
何の疑問も持たず。シュアトルの分だと思って支払った。

車には、ジョニーの遺骨を載せていた。
家に帰った。
郁くんがYoutubeを見ていた。
家でくつろいでいる事は責める事はできない。
でも、もうこの人とは一緒にいれない・・・・
別れを告げて丘の上の公園に行った。
日本の冬は、日が落ちるのは早かった。
グルっと回って空を全て仰いだ。
清々しかった。悔やむことはなかった。
深呼吸し、カシオペ座と北斗七星を見つけ、北極星を確かめた。
シュアトルが私の足元にいて同じ北極星を見ていた。
「シュアトル。ありがとう。」
「星座に猫座がないのは何故かわかるかい。
昔から世界中に星座はたくさん作られた。
国によって、みな見え方が違うからね。
猫座もあった。
だけど整頓する事になった。
その時、僕は君に会うために空から抜け出す事を決意した。
そしてピアノになった。
そして、やっと君に会えた。
君を思い続けてよかった。
君も僕に愛されてよかったと言って欲しい。」
私には猫にしか見えなかったシュアトルが、今、一人の人間としてリアルに現れた。
「愛している。」
抱きしめらた。
肉、骨、体温、匂いを感じた。
確かに生きている。
愛されていると感じることができた。
私は抱きしめ返した。


触れる事ができなかった
感じる事はできた

確かにこの星にいた
キミに逢いたかった

時が今
まさに煌めく


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