田舎のデイ起業セラピストが考える「私の約1年間の介護老人保健施設での経験」
本日も臨床BATONにお越し頂きありがとうございます。
179日目を担当させて頂くのは、今働いている老健施設のテレビで膝痛に対してのグルコサミン的なコマーシャルが流れていて、リハビリの競合のひとつの「グルコサミン」を施設の中で流されたら営業妨害だよとすら思ってしまった田舎のデイ起業セラピストことPT貴田農士です。
(それみた膝痛を有している入所者に、「リハビリしましょう」「運動しましょう」ってめちゃ言いづらい・・・)
(こんなに運動して良くなりましたっていうサブリミナル効果動画を出来ることなら流したい、流して欲しい・・・)
さて、今回は何を隠そう、私の回復期から老健へ転職したことによる体験、感想文のようなものを投稿させていただこうと思っております。
私は今年の令和3年5月からリハビリ特化型デイサービスを開設し、運営とリハビリ業務をしていく予定です。そのため、3月で老健に来て約1年が経過し、今の職場の退職も近づいてきたので、ここいらで振り返ってみようと思ったのも今回の投稿のきっかけです。
私の老健での1年の経験のまとめです。
気軽な気持ちで読んで頂けると幸いです。
(完全自己満だけどたまには許して下さい・・・)
ちなみに、今回の内容はあくまで私の私見です。
私が個人的に職場で経験したり思ったりしたことです。「誰か」や「どこかの職場」、強いては私の職場をおとしめるような意思、私意は全くありません。
また、読んで頂いている方々の地域や職場により違う部分も多々あるかもしれませんので、その辺も考慮して読み進めて頂けると助かります。
では、さっそく参りましょう。
・入り口大事理論
これは医療業界だけで無く、サービスを提供している会社、職種など全般で言えることだと思うのですが・・・
「入り口でのミス」を感じます。
これはどういうことかというと
例えば、あるお客がおいしい味噌ラーメンを食べたいと思っていたのに、入ったラーメン屋さんが醤油ラーメンだけが無茶苦茶おいしいけど味噌ラーメンには力を注いでいないで普通以下の味噌ラーメンしか提供していないとしたら、どうなりますかね?
お客は味噌ラーメンを頼むかもなので、満足いく美味しさでは無いので、不満。
提供者は醤油ラーメンを売りにしているので、そのお客の不満にやるせない気持ちになる。強いては悪い口コミすら発生してしまうリスクもはらんでいる。
この現象は、どちらに問題があるのでしょうか?
私はどちらにもあると思っています。
お客は店の強みや特徴をしっかり理解していない、事前に調べてきていない。
サービス提供者は、その情報を適切に開示していない、美味しい味噌ラーメンを食べたいと思うお客さんには満足いくものを提供できない可能性があるということを説明していない。
(事前に言えば説明、あとから言えばいいわけ)
例えが長すぎました。
(伝え方、もっと精進しろ・・)
これは医療や介護業界にかなり置き換えられる事だと今までの経験で感じてきました。
利用者さんやその家族にとっては「特養」も「老健」も「小規模多機能施設」も「グループホーム」もどんな特徴と違いがあるかなんて分からない、知らない可能性があります。
(これマジですよ・・・)
(皆さんも細かく違い説明できますか?)
そして、前院や施設側も利用者さんやその家族が理解、そして納得いく形までの説明や情報伝達を実施していない。
相手に会った伝達手段、伝達頻度を工夫していない。
これは私がかなり多く体験してきた、感じてきた老健での「あるある」です。
それなので、老健の役割、コンセプトの自立支援と次につなぐ場所であるという役割、業務を全うすることに難渋する、悩むことが正直多くありました。
そして、家族はその老健の役割を理解していないので、いつまでも預かってもらえるという認識をもちかねず、家族のお任せ感覚が強くなってしまったり、疎遠になるという現状も見かけてきました。
これはサービス提供している側にとって、皆が皆お客になるとは限らないということで、それなのにそのようなお客を入れちゃうと利用者もサービス提供者(ここでは医療職)もお互い損しかねないよって話です。
(利用者の選り好みは良くないと思いますが、生活期においては利用者、また家族の選択権、意思決定も充分出来るので、私はこの考えは必要だと考えています)
この解決策の1つは、やはり、施設での入り口説明も大切ですが、私は出口説明も重要と考えています。
施設での入り口は、そもそも施設入所は希望していないけど、いやいやながら入所される方、家に帰るはずの車に乗っていたのに着いた先が自宅では無く、老健。
なんて話も実際はあります。
そんな中で始めてその日に合うリハビリスタッフが説明するのはかなり役不足、またはハードルが高いと感じます。
なぜならば、老健はあくまで生活の場です。
リハビリ病院のようなリハビリ施設が前面に押し出されてはいない場所です。
1日20分程度の関わりを持つリハビリスタッフより、それ以外のほとんどの時間の生活を支援する介護士や看護師、または権力行使のドクターによる説明、入所判定やその入所予定の実態調査にいく相談員さんが説明する方がよっぽどスピーディだし効率的な気がしてなりません。
また、やはり「出口」!
つまり前施設で3ヶ月以上の長い時を過ごした看護師やリハビリスタッフ、ここでもドクターの権力を行使することでしっかり説明をし、理解、納得を得ておくことも1つ重要ではないかと感じていました。
これは、広い意味では、リハビリテーションという入り口にも繋がると私は考えています。
私が思うリハビリテーションは
「安静臥床は麻薬、運動は特効薬」
「最大の環境因子はセラピスト」
「良くなりたいならアスリート並みに努力が必要」です。
良く当研究会の山本会長が引き合いに出す、「リハビリは部活と一緒で強くなりたいなら強い部活に入る、明確な目標とそれを達成するために必要な練習、努力を実行すること」という考えに私も激しく共感しています。
急性期や回復期で利用者さんにとってリハビリテーションという概念、イメージを良くも悪くも構築するのはセラピストですからね。
ということで、この「入り口大事理論」は、かなり頭に入れて日々の臨床や事業計画に現在進行形で励んでいます。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?