見出し画像

韓国で日本食をふるまう #12

このエッセイは、2017年、約4か月にわたり韓国の有機農家さん3軒で農業体験取材を行い、現地から発信していたものです。これから少しずつnoteに転載していきます(一部加筆、修正あり)。

2017/06/21

 韓国に来て、初めて夕食を作った。おとといの夜のことだ。先日、ローランドとペイジーがカナディアンディナーを作ってくれたので、今度は私が日本食をふるまうことにした。この農園に滞在した外国人のほとんどは、こうして一度は故郷の料理を作っているそうだ。

 だが、その国の味というものは、調味料で決まる。酒、醤油、みりん、酢、味噌、かつお出汁。日本の調味料が一切ない中で日本の味を再現するのは、よく考えると不可能に近かった。さらに、カナダ人のペイジーが小麦・牛乳アレルギーのため、コロッケやグラタン、天ぷら、お好み焼きなどは食べられないという制約もあった。「日本食を作ります」と申し出たものの、目の前に立ちはだかるハードルの高さは、なかなかのものだった。

 そんな時、ジョンソンさんがこんな話を聞かせてくれた。「あるフランス人は、味噌テンジャンを使ってテンジャンピザを作ってくれました。ロシア人は中に野菜がたくさん入ったマンドゥ(韓国式餃子)を。大抵みんな、故郷の調味料がここにはないので、ちょっと変な味の料理になるんですけどね」。その言葉を聞いて、一気に肩の力が抜けた。「いっちょやってみるか」と。

 韓国の調味料だけで作ること。小麦、牛乳、バターを使わないこと。肉や魚は当日どれだけ冷蔵庫に残っているかわからないので、野菜や豆腐だけでも作れるメニューにすること。そして、今収穫期を迎えているジャガイモと、たくさんあって困っているという小さなエホバク(韓国カボチャ)を使うことを念頭に置き、日本食をイメージして作ったのがこれだ。

日本食

▲韓国で初めて作った日本食風ディナー

 メニューは次の通り。

・たまご焼き
・豆腐ハンバーグ~大根おろしソース〜
・ポテトサラダ
・エホバク、エリンギ、タマネギの味噌汁
・玄米おにぎり

 たまご焼きは、事前に「甘いたまご焼きは食べられますか?」とみなさんに確認し、砂糖と醤油で味付け。豆腐ハンバーグは豆腐をよく水切りし、みじん切りしたタマネギを混ぜ、味付けして焼いたところまでは良かったが、途中でひび割れしてしまい、6個中半分がぐちゃぐちゃになってしまった。

 醤油カンジャンや味噌はジョンソンさんのお母さんが手作りしたという貴重なものを使わせてもらったのだが、醤油は日本の薄口醤油に近い塩気と色合いだった。そのため、大根おろしソースは薄茶色になり、イメージしていたコクのある風味を再現することはできなかった。

 味噌汁もしかり。日本の味噌は大豆・麹・塩を混ぜ合わせてから発酵させるけれど、韓国の味噌は、煮込んだ大豆を潰して作った味噌玉を干して熟成させた後、炭やなつめ、唐辛子と共に塩水に漬けて発酵させるそうなのだ。そのため、同じ「味噌」と言えども風味が全く異なる。

【追記】味噌玉を塩水に漬けて発酵が進むと、黒い上澄み液が現れる。これは韓国で使われている醤油の一種で、국가장クッカンジャン(または조선강장チョソンカンジャン집강장チプカンジャン)と呼ばれており、スープを作る時などによく使う。日本の薄口醤油のように塩分が高く、色味も薄い。
 韓国には他にも、日本の濃口醤油と似た味の醤油が売られているけれど、ジョンソンさんの台所には、クッカンジャンしか置かれていなかった。

 だが、カタクチイワシと昆布が冷凍庫に眠っていると知り、出汁だけは丁寧にとってみることにした。イワシは頭と腹わたをとり、昆布・水と共にじっくりと火にかけ、煮出していった。ポテトサラダは、マヨネーズの味が日本で食べ慣れたものと違っていたので、塩・こしょう・酢・砂糖で微調整。なんとかいつもの味に近づけることができた。

日本食2

▲日本で作ったある日の夕食。ご飯、タマネギとジャガイモの味噌汁、油揚げと小松菜の煮びたし、ほうれん草の白和え、根菜の煮物、サラダ

 最後に作ったのが玄米おにぎりだ。実はこの日、19時から夕食をとり、19時半から近所のヨガ教室へ行くことになっていたのだが、豆腐ハンバーグの失敗により時間が押していた。時計の針は19時5分。「おにぎりはまた今度作ります」と言いかけて、ふっと、数日前にジョンソンさんと交わした会話のことを思い出した。

 「ジョンソンさん、おにぎりは食べたことありますか?」

 「日本の映画で何度も見たことがあるけれど、食べたことはないんです。とってもおいしそうですよね」

「じゃあ、おにぎり作ってみますね。簡単だから料理と言っていいかわからないけれど」

 私の提案ににっこりと笑い、喜んでくれたジョンソンさんに、どうしてもおにぎりを食べさせてあげたい。そんな使命感のようなものが、私の手の皮を一瞬にして厚くした。炊きたての玄米は飛び上がりそうになるほど熱く、手の平は真っ赤になったけれど、すぐに慣れていった。ジョンソンさんは目を丸くして、心配そうに見つめていた。

 私は母や、これまで日本の各地で出会ったアジュンマ(韓国語で“おばさん”の意味)たちが、アツアツのご飯でギュッとおにぎりを握ってくれた時の、真っ赤な手の平を思い出していた。おろおろしながら見ていた私に、大抵の人はこう言って笑った。「年をとると手の皮が厚くなるのよ」と。私もついに、アジュンマの仲間入りを果たしたのかもしれない。

 手の平に水と塩をつけて握るだけなのだが、あっという間にご飯が三角に形を変えていくのが不思議に思えたのだろうか。ジョンソンさんは感嘆の声をあげ、「おにぎり作りは、何か特別な技術が必要な気がします」と言って笑った。

 ついに迎えたディナータイムでは、料理を前にしたジョーさんとジョンソンさんが「なんだか日本の映画の世界に入り込んだみたい」と目を細め、日本の食が描かれた映画『かもめ食堂』や『リトル・フォレスト』、ドラマ『深夜食堂』などを見たと話してくれた。ペイジーも「おいしいです。卵焼き好き」と日本語で表現してくれて、ほっとひと安心。ローランドも、大根おろしソースをきれいにすくい、残さず全部食べてくれた。

 この夕食作りのおかげで、韓国と日本の調味料の違いについて深く考えることができたのは、とても良い経験だった。日本食とは一体何なのか?知っているようでよく知らなかった部分もたくさん見えてきた。この気付きを大切に、今後も引き続き、韓国・日本で食や農業の体験取材を続けていきたいと思う。

餅パスタ

▲ジョンソンさん作、餅パスタ

 この農園には、毎年たくさんの外国人が農作業を手伝いにやって来る。中にはベジタリアン、ビーガン(菜食、卵・乳製品も食べない)など、食にさまざまな制限がある人もいる。そのたびにジョンソンさんは料理を研究し、工夫を重ねてきた。しかし、小麦・乳製品が駄目だというケースは今回が初めてだという。

 チヂミ、カルグクス(韓国式うどん)、揚げ物、パスタなど、小麦を使った料理は意外に多いが、それらが一切作れないとなると、献立を考えるのは至難の技だ。夏の間食にもってこいのアイスクリームも、牛乳不使用のものを選ばねばならない。

 そんな中、ジョンソンさんはクリーム味の餅パスタや、豆乳を使ったアイスクリームを作るなど、みんなで食べられる料理を考え、日々ふるまってくれている。

豆乳アイス

▲豆乳で作ったアイスクリーム。クワの実ジャムと一緒に味わった

 ここ数日の食卓には、採れたてのジャガイモを使った料理が毎回何かしら登場している。3月15日に植えたというジャガイモの収穫がきのうですべて終わり、今は選別作業の真っ最中なのだ。

ジョーさんとジョンソンさん

▲ジャガイモを選別するジョーさん(左)とジョンソンさん(右)

 昨日の夜は、収穫完了を祝ってジョンソンさんがタットリタン(닭도리탕)を作ってくれた。ジャガイモ、鶏肉、ニンニクなどを甘辛く煮込んだもので、見た目ほど辛くはない。外に机と椅子を並べ、夜風に吹かれながら味わった。今日の昼食には、ジョーさんがカムジャポックム(감자볶음)というジャガイモの炒め物を作ってくれた。いずれも韓国でよく作られるジャガイモ料理だという。

タットリタン

▲タットリタン

カムジャポックム

▲カムジャポックム

 そして今夜。夕食の時、蒸したジャガイモを丸ごと味わった。「これ、ハジカムジャ(하지감자)って言うんだよ」とジョーさん。「この季節になると、よく『ああ、ハジカムジャ食べたいなあ』っていう人がいるんだけど、夏至ハジに食べるこのジャガイモのことを言うんだよ」。

ハジカムジャ

▲蒸したハジカムジャ

 一年で一番、昼間が長い夏至の今日。この農園に来て、ちょうど1週間がたった。残り2週間の日々でもう一度おにぎりを握ったら、みんな喜んでくれるだろうか。今度は中にたくさんの具を入れて。

 これまで私におにぎりを食べさせてくれた人たちが、真っ赤な手の平で握ってくれたご飯の味。もしかするとそれが、私が一番恋しく思う「日本食」なのかもしれない。

▲エッセイ『韓国で農業体験 〜有機農家さんと暮らして〜』 順次公開中

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?