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人材損失②

「──いやあ。長野に帰省して、手話を使うなんて思わなかった」

「え、そんなにですか?」

「そう。ろう学校の幼稚部の同期で知ってる子はみんな東京とか名古屋に行ってしまうからね」

「会う友達もいない感じなんですね。私も、ろうの友人で同期ってみんな関東に出ていっちゃって、会うのは彼らが帰省してるときしか」

「でも離れて住んでみると、長野のよさってすごくよくわかる。
俺も移住したいなって思ってて、でも仕事がネックなんだよね」

「東京とかの方が会社がすごく多いですもんね。それで採用されやすいというのがあるのかも」

「母数が多いんだよね。長野は障害者雇用求人ってあるの?」

「ありますよ、たくさん──」

話がいったん途切れる。
お互いコーヒーをひとくち。

台風の影響で雨がしとしと降る日の午後。
手話カフェに
県外在住で帰省ついでにと来てくれたろうのお客さんとふたり


2021年3月1日から法定雇用率が2.3%に引き上げられた。
その影響なのか
3年前に私が転職活動をしていた時にくらべると昨年必死になって就職活動していたときの方が、それまで出していなかった企業までも障害者雇用求人を出すなどで、明らかに増えていた。

必死に探していた時の方が障害者雇用求人が増えていたなら
さぞかしよりどりみどりで探せると思われるだろう。

ところが現実はそんなに簡単にはいかない。

人材損失。①|アネッサB|note

この記事に書いた
「当事者ではない人間が当事者抜きで決めた法律や運用」により、
例え障害者雇用求人であっても
「耳が聞こえない人間」は断られることがあるからだ。

特に先に書いた障害者の法定雇用率のひきあげによって
「とりあえず障害者を採用しなきゃいけないんだ」と障害者雇用求人を出す企業が増える。
そうすると必然的に、企業が考える「働くことが出来る障害者」の範囲にはまらない者は弾かれるケースも格段と増えてしまう。

無知は怖い。

教育、就労、結婚、出産、司法───

人間が営む生活の中で
聞こえない・聞こえにくい人間が「それはあなたたちの無知だ」と声を出すことによって、覆されたものがいくつもある。
「いいや我々がスタンダート。あなたたちの声は我儘にすぎない」という抑圧に屈していたら
子どもは産めない、家も建てられない、コミュニケーションも車の運転も職業の選択も出来ないままだっただろう。

現実をみても
聞こえない・聞こえにくい人間の職業の幅は広い。
技術者
科学者
医師
看護師
職人
教員
ソーシャルワーカー
臨床心理士
ドライバー
弁護士
メディア
事務職
営業
・・・・・これからどんどん広がっていくだろう。

会社の幹部になる人間も出てきている。
今目の前にいるお客さんは都内で重要な役職に就いていると聞いた。
名前を聞けば誰もが知っている大手企業に勤める幼馴染は昨年部長に昇進した。


「結構な人材の損失だと思うんだよね。」

「というと?」

「主語大きいけど、長野県の企業が『きこえない人間は出来ない』として採用の門戸を閉じることで、本来ものすごく成長して会社のプラスになるはずの人間が首都圏にいっちゃうわけでしょ。今の世の流れ見てみなよ。どうなると思う」

「多様性とか、グローバルとかそういった認識が広がってきてるから
逆の動きをするわけで…」

「そうだね、きこえないだけじゃなくて、他の障害やLGBTer、外国籍の方とかもそういう『就職活動で断られた』って話聞くじゃない。
人を大事にしない企業はオワコンに向かってるって、冷静に見てもそうだよね」

「成長したいか、自分たちの働きやすさをそのまま維持していたいか、ということなのかな」


────「聞こえない人を雇用できる設備が整っていないから」
よく言われる企業の断りの文句だ。

「その言葉、実は結構な責任が伴う言葉で。
これを言ったからには、企業は設備を整える努力をしないといけないはずなんだ。本来は。断られた人が就職するしないは関係なく。『設備が整っていない』と気づいたわけだから」

そういうことが出来ている企業って、どのくらいあるのかなあ…
断った後は、おそらくそのままでいる企業の方が多数だろうなあ…


お客さんが帰った後、カトラリーを洗いながら思いをめぐらせた。
外は変わらず、雨模様。

窓から見える雫が降り注ぐ白い針のよう。
今朝よりも雨足が強くなったのだ。







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