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人材損失。①

ふと思い出す。
私の地元はある作物の全国有数の産地となっているため、培養から出荷に至る工程に関する工場など施設がところどころにある。
会社としては障害者の法定雇用率を上げなければいけないため、障害者雇用求人も出していた。
それに応募した聴覚障害者が「機械を使うのであぶない」と面接をするより前に断られてしまったという話。

工業は機械化を続ける。
人間がしなくても済む工程が増えていく。
すると障害者の雇用も「あぶない」という理由で応募すらできない状況が出てくるのだろうか。

その「あぶない」を決めるのは誰だろうか


ちょっと話を変えよう。

今でこそ私も通勤に使ったり旅行したりなど多目的に車を運転しているが、
かつて聴覚障害者は車の運転免許を取ることが許されなかった。

「車を使わないと仕事が出来ない、仕事ができなくては生活費を賄えない。すなわち生活が出来ない。
技術的には全く問題がないのに、聞こえないということだけで免許をあたえないというのは不当な差別である」
と無免許運転・繰り返していたろう者が
これは自分だけではなくろう者全体の問題であるとし、裁判を申し立てた。

ろうあ連盟、マスコミや国会議員多くの人を巻き込み、
また科学的な検証をした結果
耳が聞こえない者も運転が出来ると認められた。

1973年(昭和48年)8月
補聴器を使用する聴力検査を認め、事実上、運転免許を認める通達を出した。道路交通法施行規則第23条に規定されている適性試験に補聴器の使用を認め、10m離れて(90デシベルの音)クラクションが認識できれば合格という運用的な変更で取得できるようになり

平成20年6月1日の道路交通法改正では
補聴器を使用しても合格基準に満たない場合もワイドミラーの設置や聴覚障害者標識を表示する条件で普通乗用車に限定した免許を取得することができるようになった。
さらに大型自動二輪・普通自動二輪・原動機付自転車・小型特殊自動車も聴力試験による合格基準が廃止された。

このような流れで
当事者ではない人間が当事者抜きで決めていた法律や運用が
当事者が立ち上がったことで不当な差別でしかなかったことが判明し改定に繋がったというケースがある。

近年ではそれまで欠格条項として挙げられていた、ろう難聴者の医療従事者が誕生している。


「聞こえない人にはできない」
「聞こえない人が業務出来るイメージがない」
「聞こえない人はあぶない」
「聞こえない人が説明するのは無理」
「吃音なら面接するけど、聞こえない人にはできない」
「聞こえない人はクレームの元になる」

令和3年、私が障害者雇用求人を出していた企業から言われたり
地域の企業を受けたろう難聴者関係で見聞きしたりした言葉。


───さて、これは一体だれが決めて、誰が思っていることだろうか。





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