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『Stay forever』

『Stay forever』 【超短編小説 062】 

僕はおばあちゃんに育てられた。
当たり前だが、おばあちゃん子だ。
両親を亡くした僕に、全てを注いでくれて、僕を愛してくれた。おばあちゃんのお陰で、寂しい思いをしたことは一度も無い。

そんなおばあちゃんが入院した。
心臓の病気で、今度悪くなったら手術もできないと言われていた。僕は昼間働いて、夜は大学に通っていたが、それ以外の時間は、おばあちゃんのそばにいた。

日曜日の午後、本を読んでた僕に、おばあちゃんが「海が見たいわ」と言った。

「分かった、明日、外出届け出して、車で海見に行こうよ。」と僕が答えると。

「そんなのと違うわ、潜ったところの海が見たいんだわ。」と言いながらニヤッと笑って。「無理だよね」とつぶやいた。

立つのもやっとの車椅子のおばあちゃんを海に潜らすなんて出来るのだろうか。僕は携帯を取りだして検索をした。「車椅子で潜水 76歳」、だが、前例は無かった。深く考えるために立ち上がりおばあちゃんの顔を真っ直ぐ見つめた。

きらきら輝いているおばあちゃんの目を見て「見るだけなら」と案が浮かんだ。

次の日、僕は大学の研究室へ行って実験で使ったVRのヘッドセットと、機材とカメラを借りた。ついでに暇そうにしていた後輩も手伝うように誘った。

僕たちは、2時間かけてまあまあ綺麗な海に来た。
到着早々、7月中旬の海に飛び込んだ、カメラを頭につけて撮影を試みたのだが、まあ上手くいかない。フィンを借りたり、カメラを長い棒の先に取り付けたり、水質の綺麗な場所を探してまわったり、あっという間に時間が経ってしまった。なんとか、それらしいものが出来たので、そのまま、おばあちゃんの病院に向かった。

おばあちゃんは、VRのヘッドセットに最初は戸惑って、文句を言っていたが、僕たちの苦労の結晶と初めて見る360°の海中の映像に驚き、感動してくれた。「あっ魚がいるよ」「中から見ると太陽は変な形だね」「あれはあんたの足かい?」「思った以上に海の中は綺麗だわ」

喜ぶおばあちゃんは少女のようだった。

数日後、夕食が終わった直後に、おばあちゃんが望遠鏡を覗くようなジェスチャーをして「これ、これで、今度はフランスのパリを見たいよ」と言った。

僕は、おばあちゃんのその仕草と要望に笑ってしまったが、すぐ、ハードルの高さに気付いて。頭を悩ませた。

後輩とパリの景色のVR映像を探したが良いものがない。するともうひとりの後輩が、SNSでパリの誰かにお願いして映像を撮ってデータを送ってもらうという提案をしてくれた。

ドンピシャだった、病気のおばあちゃんの事と僕らの状況を説明したら、パリの協力者が現れた。パリの大学生で機材を持っており、おばあちゃんの行きたい場所を送ったら、次の日、撮影データを送って来てくれた。しかも、「この場所も、ぜひ、おばあちゃんに見せてあげて!」と、おすすめも教えてくれた。

おばあちゃんは、またしても感動してくれて、
ベッドの上で、泣きながら後輩たちとハグをした。
次の日、おばあちゃんは友達を病院によんで、VRのお披露目会を開いて大騒ぎになり、病院から怒られる始末だった。

おばあちゃんの希望とおばあちゃんの友達の希望が積もり積もって、おばちゃんの枕の横に海外旅行のパンフレットが積み重なっていった。

僕たちはパリの時と同じ要領で世界各地の観光旅行VRを作成していった。
世界中の人々の親切な対応に感謝しながら。おばあちゃんたちの望みを叶えてあげることが、楽しくて仕方なかった。

入院生活が始まって半年後に、おばあちゃんは世界一周旅行を達成した!

僕たちのVR世界旅行は、お年寄りたちの口コミで少し有名になり、公民館で体験会を開くことになった。憧れの場所だったり、思い出の場所だったり、様々な反応で楽しんでくれた。泣いて喜んでくれるお年寄りもいた。

最初はボランティアだったが、老人ホームやデイサービスや病院などから依頼と提携の話も頂くようになり、事業化の一歩手前まできた。しかし企業するための一歩を踏み出す勇気と資金が無かったので。事は進まなかった。

そんな状況の中、おばあちゃんの体調が急変した。1月の寒波の日に心不全になり意識不明になった。このままもう意識が戻る可能性は低いと言われていた。が、2日後に奇跡は起きた、暖かい陽射しの朝におばあちゃんは目を覚ました。そしてたった一言「ありがとう」と、か細い声で言ってくれた。握っていたおばあちゃんの手にはもう力は無かった。

親しい人達に集まってもらい、病院内でお別れ会を執り行なった。病室の荷物は片付けられて、手提げ袋2つ分の遺品は後輩が運んでくれた。

すると袋の上から何かがひとつ落っこちた。
パリのパンフレットで、おばあちゃんがクリアファイルに入れて飾ってあったものだ、裏を見ると小さな便箋が1枚入っていた。僕宛ての手紙だった。

「わたしは、君を育てることになった日、寂しい思いをさせない事、自分のことは自分でできる子に育てる事、広い世界を見せてあげる事、この3つを自分の心に掲げて来ました。

ひとつ目は、半分くらいはわたしがやれて、残り半分は、君自身が強い男の子になってくれたので達成できたと思います。

ふたつ目は満点です。どこに出しても恥ずかしくない、そして優しい子に育ってくれました。

みっつ目は本当に申し訳ないと思っているよ。

ごめんね。狭い世界に閉じ込めてしまって、最近ではわたしのために病院暮らしをさせてしまっている。逆にわたしの方がブイアールで色々な世界を見せてもらって、わたしがやってあげたかった事を君が全部やってくれたよ。

おばあちゃんは病院にいれば、何かあっても大丈夫なので安心して下さい。卒業旅行も行ってきてください。見聞を広げて、多くの人と出会って無限に成長してください。これが最後の願いです。
いつもそばにいてくれてありがとう。」

僕はその場から、動く事が出来なかった。手の甲で溢れ出る涙を抑えても意味は無かった。

「いつもそばにいてくれてありがとう。」は僕がおばあちゃんに言わなきゃいけない言葉だと思っていた、でも今わかった、「これからもずっとそばにいてね」これが僕の言うべき言葉なのだと。

僕と後輩は数ヶ月後、会社を立ち上げた、
「株式会社 stay forever」

おばあちゃんが残してくれた遺産は全て会社の運営資金にした。

僕たちは広い世界を目指して、
勇気ある一歩を踏み出した。

《最後まで読んで下さり有難うございます。》

僕の行動原理はネガティブなものが多く、だからアウトプットする物も暗いものが多いいです。それでも「いいね」やコメントを頂けるだけで幸せです。力になります。本当に有難うございます。