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【書評】「デザイン・マーケティング・ブランドの起源」泉 利治 著

 つねづね、「ブランド」とか「ブランディング」という言葉は、なんでこんなに意味のわからないものになってしまったんだろうかと思っている。そのため、その原因の解明に少しでも役立ちそうな本やその他の情報源は、常時探しているというか、いわゆる「アンテナを張った」状態になっている。そこで、この本をネット上でたまたま見付けた時、即座にアマゾンで注文した。

今回取り上げる本
タイトル:「デザイン・マーケティング・ブランドの起源」
著者:ブランドワークス研究所 泉 利治
初版発行:2015年8月27日
発行所:牧歌舎

 著者の泉氏はホンダの系列企業で車のデザインを行い、さらにPAOSでCIプランナー(今で言う企業ブランドの戦略立案をやる職種)、インターブランドでは専務取締役を務め、その後独立してブランドワークス研究所を設立している。広告やコンサル業界以外の人には馴染みが無いかもしれないが、PAOSもインターブランドもその筋では超有名な企業だ。いわゆる華々しい経歴の持ち主である。

 さて通読した感想は、一言で言えば、

「名前負け」

である。内容が完全にタイトルに負けている。今までnoteでは「とっても良い本でした」しか言っていないような気がするが、今回は珍しく批判的なことを書く。それだけがっかりしたということだ。僕の永年の問題意識が、解決に向けてさらに前進するかと期待していたのに、その期待が裏切られた感じである。ただし、僕が一方的に期待して一方的に裏切られた、と言っているようなものでもあるので、著者にとっては迷惑であろう。


この本の主題と構成など全体的ながっかり

「はじめに」において、この本の主題が次のように披露される。

❶門外漢にも分かるように、デザイン、マーケティング、ブランドとは何かを解説する。
❷そのためにそれぞれの起源を説明する。
❸これらの三者は一卵性の三つ子であり、三者個別に取り扱っているが、互いに関連し合っている。

 このように「はじめに」で大上段に振りかざしており、実はかなり期待が高まった。この先すごいことが書いてあるのではないか?とわくわくした。労作ではある。しかし、以降の本文ではその企てに成功しているとは言い難い。

 この3分野の起源に遡るために、その最初の専門家にフォーカスして解説する、というアプローチは、別に悪くはない。デザインではレイモンド・ローウィ、マーケティングではラルフ・ローレン、ブランドではチャールズ・フレデリック・ワース、計3名のパイオニアを取り上げている。

 本の章立ては次の通りである。

【この本の章立て】
はじめに
第1章 レイモンド・ローウィのデザイン
第2章 ラルフ・ローレンのマーケティング
第3章 チャールズ・ワースのブランド
第4章 ビジネストリニティー戦略
あとがき

 ただし、彼らがそれぞれの分野の最初の職業人である、ということを証明していない。言い換えれば、彼ら以前にそれぞれの分野の職業人はいた可能性があるのに、なぜ彼らを最初の人と認定するのか、明らかではない。

 また誤字脱字が少なくとも5〜6箇所はあった上、構造がおかしい文章も少なくない(いわゆる、「日本語になっていない」というもの)。マックス・ウェーバーのことを「マックス・ヴェイバー」と書いている(ウェーバーの綴りはWeberなので、ドイツ語風に表記してヴェーバーとするなら正しいが、ヴェイバーは明らに間違い)。また、「〜のようだ」とか「〜であるが?」など、推測や自信のなさそうな文末があまりにも多く、辟易した。

 著者が「あとがき」で開示しているように、もともとはWEB上のコラムだったものを加筆訂正して本にしたものだ。その出自が本になっても鮮明に残っている。なんでこれで本にしようと思っちゃったんだろ…

「バリューチェーン」の独自解釈へのがっかり

 第3章では「バリューチェーン」についての独自解釈を展開しており、ここもたいへんがっかりした。

「コカ・コーラでいうとモノとしての砂糖水からライフスタイルの象徴にするための戦略転換をする(中略)その行為、もしくは活動をバリューチェーンの創出と呼ぶのではないか?」(p199)

「私なりの解釈をすると「儲けを持続させる仕組み」がバリューチェーンである。」(p199)

「整理してみると持続性のあるビジネスモデルとはバリューチェーンで形成されているビジネスモデルのことである。」(P200、原文まま。「、」が1個も無い!)

おそらく、バリューチェーン分析という手法を理解していないのに、バリューチェーンについて語ろうとしているので、このような意味不明な、もしくは読書感想文のような主張をしてしまうのだろう。

ビジネストリニティー戦略へのがっかり

 第4章では、ビジネストリニティー戦略を「デザイン、マーケティング、ブランドの三つをうまく融合させる戦略」と定義して、これを実行すればビジネスで良い業績を挙げることができると説く。この章で述べられる著者の理論も、たいへんがっかりである。

 逐語的にはとりあげないが、たとえば、デザイン、マーケティング、ブランドは「その順番に実行されてうまく機能する」(P212)と言っている。実務をこのように実行してうまく機能させるには、この三者の定義をかなり珍妙なものにしなくてはならないだろう。

 通常、マーケティングはデザインの前にも(というかほぼ前に)行われる。商品のターゲットやポジショニング、コンセプトなどを決めるのはマーケティングの段階と言えるが、これはデザインに着手する前に決めておくべき内容である。著者自身も別の箇所では、「デザインされたものとはそのコンセプトという"核"を中心に出来上がっているものなのである。」(P215)と述べており、コンセプトはデザインに先んじて作ることを理解している。もしや、マーケティングを単なるプロモーションのことだと思っているのではあるまいか。

 著者は「ブランドとは評判である」(P213)と定義しているが、これは最近の実務や研究の動向も考えると、ブランドの範囲をかなり狭くしてしまっている。たとえば田中洋(中央大・院・教授、日本マーケティング学会前会長)によれば、ブランドとは3つの次元(個人、企業、社会)をもつものであり、各次元は次のように定義される。すなわち、❶「個人が企業や商品についてもっている知識の体系」、❷「企業の商標等」、❸「社会に共有された意味」である。ブランドについては数かぎりない定義があるが、この田中先生のものより優れた定義は、まだ見た事がない。

良かった点

 批判ばかり書いてきたが、良かった点もある。紹介されているエピソードには、面白いものも多かった。

 「ライフスタイル」はもともと心理学用語であり、元来の意味は単なる生活のルーチンやパターンのようなものではなく、考えや信念、「人生に取り組むスタイル」という意味であった(第2章、p84)。

 ライフスタイルによって人間を9つの類型に分類した時(スタンフォード大のVALSプログラムによる)、「外向的である」という共通点を持つ3つの類型の合計で、アメリカの全人口の77%を占める。ラルフ・ローレンはこの77%(3つのカテゴリー)の人々の価値観を具現化したので、大いに売れた(第2章、p98〜99)。

 さらに、ポロ・バイ・ラルフ・ローレンはイギリスでも売れたが、ボリュームゾーンである庶民のインサイトをがっちり捉えたためである(第2章、p142)。ポロは古き良き上流階級のライフスタイルを目指したブランドであり、これは庶民にも貴族にも好まれるものだった。庶民は、収入がそこそこあっても(つまり購買力があっても)、上流階級御用達の、伝統的なイギリスブランドの店には、入る気になれない人が多かった。しかしアメリカ発祥のポロならば、庶民も気兼ねせず買い物に行けたのである。

 ブランドの名前やシンボル、イメージカラーなど(著者の用語では「ブランドインフラストラクチャー」)は、価値を蓄積するコップのようなものだ、という説明はたいへん良かった(第4章、p216)。すなわち、このコップは最初は空っぽである。その中にビールが入ったらビールと呼ばれるし、ジュースが入ったらジュースと呼ばれる。中に入ったものでその価値が変わるのである。

 著者が意識しているかどうかは不明だが、このコップは個人の頭の中と社会の中にあると言える。そしてこれらのコップの中には、企業、個人、社会の三者が価値をためていく。このことは、ブランドは企業と消費者の合作だという主張と整合する。

 この本の最大の価値は、本稿の冒頭でも書いたように、有名企業でキャリアを積んだ著者によって書かれているということ、またその著者の40年以上の実務経験にもとづく所感が表明されている点なのだろう。エッセイとして読んだら良いのである。

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