TRPGシナリオ製作術 【コンセプトを構成する3つの要素】

〇TRPGシナリオのコンセプトという考え方について

前置き無しです。
コンセプトというテクニックを考える上で重要な要素は以下の通りです。

  • コンセプトを分解すると、3つの要素に分けられる

  • 3つの要素を決める順番は順不同で、作者のスタイル次第

  • いわゆるジャンルと呼ばれるものは題材であり、Cにあたる

  • ゲーム的な面白さというものも、作品にとっては題材の一つであり、Cにあたる

  • エンタメ作品に持たせるコンセプトと、商品に持たせるコンセプトは違う


+コンセプトは3つの要素(A,B,C)に分けられる

脚本においてのコンセプトとゲームにおいてのコンセプトは同じ考え方が通用します。それはつまり、『どのような読者、視聴者、プレイヤーに(A)』、『何らかの感情(B)』を、『何らかの方法で提供する(C)』ということです。
よくテーマとコンセプトは混合して考えられることが多いですが、テーマとコンセプトは密接に関係する別々の要素と言えます。密接過ぎて混ざっているように感じてしまうのも納得ですが、切り分けて考えた方が整理しやすいです。例えば、以下の例を分析してみましょう。

+コンセプトとテーマを分けて考えるための例

『家電侍』(かでんさむらい)は、BS松竹東急にて放送されたテレビドラマで、江戸時代の貧乏な浪人が、妻と子供の平穏を神社に願い続けて成就し、未来から家電が送られてくるようになるというストーリーです。
結論から言うと、家電侍は「BS衛星放送を視聴するファミリー向け」に「家族愛による感動」を「家電×侍という組み合わせ」で展開するお話と整理できます。
「BS衛星放送を視聴するファミリー向け」で、コメディで時代劇ということは、テレビを見る世代+BSまで見たい年齢層高めの夫婦がターゲットっぽいですし、「家族愛による感動」は、妻と子の苦労を少しでも軽減したい主人公の侍の願いが叶って家電が届けられる展開 → 妻と子の苦労を知って考え方が変わっていく展開に向かっていくというストーリー展開で表現されており、ターゲット層にも合ったテーマですし、「家電×侍という組み合わせのストーリー」で、タイムスリップモノの展開に沿いつつ、家電がタイムスリップするという一捻りが斬新さと新鮮さを生みつつ、非常に便利な家電で江戸時代の日常をライフハックしていくという『無双系なろう小説』のお約束的楽しみが合体してエンターテイメントを提供していると言えます。さらに言えば、若い世代の人はいわゆる『無双系なろう小説』の展開に慣れていても、年齢層が高めのターゲット層の人たちは新鮮な気持ちで『無双系』を楽しめるという要素もあります。

家電侍のテーマは「家族愛」です。家電と侍の組み合わせと、家族愛というテーマには直接大きな影響はありません。しかし、家電が江戸時代に届けられたのは、主人公が妻と子の健康を想い苦労を労う心があったからこそという舞台設定が永遠とテーマに関わってきます。
テーマとコンセプトは混合されがちですが、実はコンセプトという脚本テクニックの中に、テーマという脚本テクニックが内包されていると言えるでしょう。そのため、混合されていると勘違いされがちなのかもしれません。

+AとBとCは完全に順不同

『どのような読者、視聴者、プレイヤーに(A)』、『何らかの感情(B)』を、『何らかの方法で展開する(C)』を決める順番は順不同です。Bのところにテーマが当てはまることが多いですし、アイデアやネタが題材として組み合うことによってCが出来上がることが多いです。

Bを先に決めると自ずとAとCが定まっていくはずですし、それに沿った題材も浮かび上がってくるはずです。
逆に面白い題材の組み合わせが思いついた場合、それをCに当てはめるとすると、自ずとその題材に沿ったAとBが決まっていきます。
一番難しいのがAから決める方法で、これはプロの人たちがやっている順序かもしれません。「〇〇というターゲット層に刺さるストーリーを書くかぁ」と考えて小説を書き始めることが出来る人はプロ級です。
しかし、ニッチな狭いターゲット層はポイントを押さえやすいので難易度は下がりますし、「自分自身」をターゲットにするのも自分の好きなものを詰め込めばいいので難易度が下がります。
ターゲット層は常に自分! というストロングスタイルでAを固定する考えはモチベーションを保ちやすく、資料集めもあまり必要とせず、パッションで書き切れるのでオススメです。

要約すると以下の通りです。

・『どのような読者、視聴者、プレイヤーに(A)』というのはターゲット層のこと。広ければ広いほど普遍的なコンセプトになりがち。逆に狭ければ狭いほど攻めたコンセプトにできるが、ターゲット層が狭いので大衆受けしない。「自分自身」をターゲットに想定して書くのはセオリー。

・『何らかの感情(B)』というのは、ターゲットに感じて欲しい感情。喜怒哀楽といった標準的な感情を想定しても良いが、笑いや感動は案外『喜怒哀楽』が混ざり合っていたりする。ここにテーマを設定するのがセオリー。

・『何らかの方法で展開する(C)』というのは、どのような描写や設定を使って、Aで決めたターゲット層に楽しんでもらうのかを決定すること。Cの塩梅などの方針はBで決めたことに沿う。Aの人たちがBで決めた感情を抱いて物語のエンディングを迎えるのを理想として、どういったアプローチで楽しんでもらうのかという方法をCとする。

+ジャンルや〇〇系という考え方はCにあたる

よく言う『ジャンル』をつかさどっているのはCの部分です。コメディだろうとサスペンスだろうとSFだろうと、Bの方針に沿ってC(ジャンル)があって、その組み合わせによるストーリー展開でAの人たちを楽しませるという考え方が重要です。

+ゲーム的な面白さはCにあたる

テレビゲームでいうところのゲームデザインやゲームプランもまた、Aの人たちに楽しんでもらうのを前提として考えていますし、ゲームデザインとゲームプランがCにフォーカスされているのが普通です。
脚本的な考え方と違って、Bに沿ったゲームデザインやゲームプランというのはあまりありませんが、逆にBに沿ったゲームデザインやゲームプランが含まれているゲームには、メタ目線で相応の大きな感動が生まれます。

+コンセプトは製作者側のためにあるテクニックで、実は顧客であるユーザーは関係ない

これも勘違いされがちなのですが、エンタメ作品だろうと家電だろうと、コンセプトはありますが、ユーザー側はコンセプトに価値がありません。「コンセプトに同感できるなぁ」とか「変なコンセプトだなぁ」ぐらいの感想は出てくるかもしれませんが、ユーザーがコンセプトを知って感動するのは、製作者側目線に立って初めて起きる現象です。
TRPGシナリオのコンセプトも、有名なシナリオをコンセプトという目線で分析することは可能ですが、分析したことでPLとして面白いかどうかは関係ありません。しかし、シナリオ執筆をする上で参考にすることはできます。しかし、その程度のことです。
つまり、高尚で見栄えの良いコンセプトを考える必要はありません。PLはシナリオコンセプトを知らなくても楽しめますし、安易にシナリオコンセプトを共有することでネタバレになってしまう可能性すらあります。
しかし、GMがシナリオコンセプトを把握するのは、シナリオを回すうえで重要かもしれません。シナリオはGMに対する指示書でもあり、エンタメ作品としてPLにどう楽しんでほしいのかを説明する上で、簡潔にまとまったコンセプトは参考になります。

+AはAでも、Aの人たちを「楽しませる」のとAの人たちに「売る」のは違う

コンセプトという考え方は、もともと商品を売るということに関するビジネス的な考えから生まれた発想と技術です。Aを平たく言うとターゲットということになりますが、「ターゲット(A)」を決めて、その人に「欲しい(B)」という感情を、「どういった性能(C)」でもって想起させるかが商品を売る時のコンセプトという考え方です。
つまり、買って貰えれば正義、売れた奴が勝ちという発想です。Bが完全に『売る』『買って貰う』『購買欲』といった言葉に固定されています。

大事なことなので2度書きますが、Cという性能でAという人たちに欲しい(B)と思ってもらうように考えます。これは最初に説明した脚本技術としてのコンセプトと少し違います。

分かりやすいのはソーシャルゲームのガチャ文化です。ゲームの方は戦略シミュレーションだったりカードバトルだったり育成シミュレーションだったりしますし、それに合わせて作られたストーリーは脚本技術的コンセプトとテーマというテクニックを脚本担当の人が駆使して制作しています。

しかし、ガチャというシステムは「売る」「利益を上げる」というところを担ったシステムです。基本無料のソーシャルゲームが運営出来るのもガチャというシステムがあるからこそです。
ゲームのプレイヤーでかつ課金プレイヤーをターゲット(A)に欲しいと思ってもらう(B)ために、美麗なグラフィックや強い性能、綺麗な演出のアイテムやカードを用意して射幸心やコレクター要素やゲーム的な優位性を提供する(C)というのがガチャというシステムです。

+コンテンツのコンセプトと、ガチャという商品部分のコンセプトは違う

一世風靡したウマ娘を分析してみましょう。『ウマ娘 プリティーダービー』(ウマむすめ プリティーダービー)は、Cygamesによるスマートフォン向けゲームアプリとPCゲームといったメディアミックスコンテンツ(漫画、アニメ含む)です。もちろんウマ娘はメディアミックスコンテンツとして、コンテンツとしてのコンセプトがあります。
特に競馬好きのゲーマー男性に向けて(A)、競馬のスポーツ的な面白さや競走馬たちの歴史を熱いドラマや切ないドラマとして(B)描きつつ、美少女×競走馬×育成×アイドルという題材過多なお祭り感(根底にあるコメディ、ギャグテイストはここが担っています)(C)をコンセプトとしています。

ゲーム、アニメ、漫画など、ウマ娘のコンテンツは上記のコンセプトで制作されていると思われますが、ゲームのウマ娘にはガチャ要素があります。しかし、Cygamesがビジネスとして売れるゲームを作ろうとしてコンセプトを考えたとして、上記のウマ娘のコンセプトは商品を作る時のコンセプトと発想が違うということが見てとれます。
商品を作る時のコンセプトとはつまり、コンセプトにおけるBの部分が「欲しいという感情を想起」させるのが商品を作るときのコンセプトです。それに対して、ウマ娘のBは『競馬のスポーツ的な面白さや競走馬たちのドラマをそれぞれのテーマとしたもの』がBです。

商品とエンタメ作品の違いがここに現れます。ターゲットに売るためにコンセプトを考えるのが商品で、ターゲットを(喜怒哀楽を基本とした)感動させるためにコンセプトを考えるのがエンタメ作品です。

TRPGシナリオは商品ではなくエンタメ作品ですので、どうしたら売れるのかを考えるのは目標がズレています。しかし、シナリオが売れて欲しいと考えることは間違いではありません。一見すると矛盾しているこの考え方を整理するのが、TRPGシナリオのコンセプトを考える上で重要です。TRPGシナリオを執筆するときには売れる、稼ぐことを考えるのを一旦やめる必要があります。

そして、これを勘違いしたエンタメ作品、つまりコンセプトのBを『テーマ』ではなく『売る』に据えてしまったがゆえに、信用を失って失墜していくエンタメ作品が後を絶えません。悪い例、反面教師として心の中で思い浮かべてみて下さい。(あのアニメとか、あのゲームとか……)
ターゲットに感動して欲しいのであって、売りたいが先行するとダメになります。Bに『売る』を据えるということは、Cの題材の方針もBに沿って『売れるような題材』になります。ターゲット(A)にたくさん売るため(B)に売れるような題材を寄せ集めた(C)エンタメ作品なんてのは上手くいかなくて当然です。
ウマ娘の(C)は題材過多で詰め込み過ぎだとファンの人たちにすらツッコまれていたにも関わらず、ソシャゲ業界で堂々のトップに輝いたのは、(B)が凄かったからです。(競走馬のドラマが「事実は小説より奇なり」を地で行く凄みがあったというのもありますが、これは『競走馬』を題材(C)に選んだことによる恩恵とも言えます)

〇稼ぐための商品を考えるときのコンセプトと、楽しんでもらうエンタメ作品を考えるときのコンセプトは、違うテクニックである

家電侍の例もウマ娘の例もですが、どちらもエンタメ作品であり、売れる、稼ぐというのをコンセプトに見据えていません。しかし、BS放送は契約者がいなければ成立しませんし、ソシャゲもガチャシステムが無ければ運営費用を稼げません。
ではなぜエンタメ作品は「売る」「稼ぐ」という考えがコンセプトから除外されても良いのでしょうか。それは、結果として製作者側にお金が集まれば良いからです。
家電侍を制作、放送しているBS松竹東急は完全無料チャンネルです。ウマ娘もゲームは基本無料です。しかし、BS松竹東急もCygamesも、結局作品が多くの人々に対して好評であれば、巡り巡ってお金になるシステムが確立されています。エンタメ作品は多くの人に高評価されれば良いのであって、エンタメ作品単体で稼ぐことを考える必要がないという構造があります。

逆に言えば、「売れる」「稼げる」システムはエンタメ作品ではなく、それを売る製作者側がシステム構築していなければなりません。どんなに世間で多くの人々から高い評価を受けても、お金が入るシステムがない、または稼げるようなシステムを構築できていない製作者には1円も入りませんし、稼げません。

これを混同してしまって、売れるためのエンタメ作品を作ろうとすると失敗します。これはTRPGシナリオに限らず、世の中の総てのエンタメ作品に言えることです。売れる、儲ける、稼ぐためには、コンセプトという考え方とはまた別のシステムとテクニックを使う必要があります。

+おまけとして、エンタメ作品のTRPGシナリオで稼ぎたい人向けのアドバイス

前述した通り、エンタメ作品で稼ぐのではなく、エンタメ作品で世間から評価されることが利益につながるシステムを構築する必要があります。その過程で重要なテクニックがブランド化、ブランディングです。
どの会社も自社ブランドに価値を持たせようと考えています。これは個人でもそうです。自分というブランドに価値を与える、ここに売れる化のシステムが組み込めます。
しかし、回りくどいことに、会社にしろ個人にしろ、ブランド化するときのコンセプトもまた『売れる』『稼げる』というワードはNGです。考えてみましょう。

例えばCygamesを例にあげて企業コンセプトを見てみますが、そこに『売れる』『稼げる』というワードは当然ながら含まれていません。
(Cygames Researchという研究機関は『"実用性と基礎的理解の双方を同時に満たす研究テーマを発展させることが、科学の躍進によってまったく新しい利益を生み出すことにつながるという考え方”』を理念として掲げていますが、デジタルゲームの研究開発という点から見てこの理念は至極真っ当なに感じられます)

なので、あえて架空のTRPGシナリオ制作者を一人作って、その人のブランディングコンセプトを考えてみましょう。
有名シなんて言われるシナリオをいくつか世間に発表済みで、TRPGシナリオ集にも常連のように名を連ねている有名なシナリオ制作者が居たとして、その人のブランディング上のコンセプトを想像してみます。

+ブランドにすらコンセプトという考えが当てはまる

ブランディング例として、Aは「いわゆるタイマン、うちよそシナリオ好きのTRPGプレイヤー」をターゲットに、Bは「メリバ中心の切ない感動」という方針で、Cは「PL同士のRPが重視されるストーリー」という特徴を持ったシナリオが得意なシナリオ制作者を自身のブランディングコンセプトに据えている人が居たとします。
こういったシナリオ制作者がシナリオを発表した場合、まずシナリオ制作者のファンが反応してくれます。ブランディングに成功している場合、ファンの人たちは既に「タイマンシ、うちよそ系」に興味のある人々がポジティブな感情で集まってくれています。
こういったファンの人々が集まってくれているという状況が出来上がったのは、作ったシナリオが多くの人から高評価を得られていて、なおかつ特定のターゲット層がファンになってくれるほどぶっ刺さるシナリオを執筆することが出来たからこそだと言えます。

人が集まっていて、しかも好意的なファンの人々であれば、シナリオに値段が付いていても購入してくれます。
一方で、値段が付いたことによって責任も発生します。買ってくれた人に満足してもらえるようなクオリティのシナリオを発表する必要がありますし、SNSなどで宣伝するはずが、TRPG関連の発言で炎上してしまう事態になれば逆効果です。何なら過去の発言すら発掘されて炎上することすらあります。

シナリオ執筆者は積極的に自身のブランドを『売り』込む戦略を取る必要があり、ここで初めて『売る』という考えが重要になります。売るという考え方はコンセプトというテクニックではなく、ビジネス戦略業界のテクニックが必要になります。

+ビジネスというのは信用を売り買いすること

つまり、シナリオ制作者の信用がブランディング的価値と直結しています。信用できるから数百円のシナリオを買ってくれるということです。「この人のシナリオを買えば、楽しいTRPG体験が出来るだろう」という信用に価値があります。

実は、この数百円はシナリオクオリティと釣り合う額ではなく、製作者の信用と釣り合う額である必要があります。例えば、15時間シナリオは1000円で、3時間シナリオは300円といった値段設定があったとして、プレイ時間や文字数ではなく製作者の信用と釣り合っているかどうかの方が重要です。
全く無名で、シナリオのレビューも無く、なおかつSNSで迂闊な発言をして炎上し、印象が最悪な人から15時間シナリオを1000円出して買いたい人はいません。製作者と作品は別で、炎上騒動と切り離して考えてくれる人は少数派ですし、レビューもない無名の人が書いたシナリオは、自分の肌やノリが合わない可能性がリスクになってしまいます。(無名のシナリオは、値段設定やトレーラー画像などが判断材料になるでしょう)
例えば微妙なラインとして、「この作者さんの3時間ぐらいのギャグシナリオは好きなんだけど、10時間超えるとなるとちょっと躊躇しちゃうな……」といったターゲットは、値段設定云々ではなくシナリオ制作者の信用値不足で買うのを躊躇している可能性があります。値段設定を見直すより、じゃんじゃんシナリオを世間に発表する方が信用を得られて解決する可能性があります。「最近よく名前を聞くシナリオ作者さんだし」という心境の変化も信用値が増えたことによるものです。

+万が一、信用を下げてしまうようなイマイチな作品を発表してしまうと……

ゲーム業界でよくある出来事として、世間から芳しくない評価を受けているにも関わらず作品が改善されないまま放置される現象があります。実は、機会損失というマイナス要素以上に、信用を失い続けるマイナス要素の方が辛い状況です。面白くなかったという評判は甘んじて受け入れるにしても、改善出来るのに改善しないと思われると不味いことになります。ネット回線が整った昨今において、アップデートで改善できるのが当たり前になったゲームの内容を改善しようとしないのは、運営の努力不足だとして信用を失います。
TRPGシナリオにおいても、自分がイマイチな作品だと思っているものはすぐに公開を中止して書き直すか、値段設定を下げるか、いっそお蔵入りさせましょう。それが世間に公開されている間、その作品を買ったKPが「イマイチだな」と思った瞬間に、以降の新作シナリオを買ってくれなくなるかもしれません。この人の作品は買わなくて良いな、という逆の信用が生まれます。

「未完の小説に価値無し」といった言葉や、「イラストは公開することで上手くなる」といった、『成長するためのテクニックや考え方』はたくさんありますが、TRPGシナリオとゲームは「未完に価値無しでなおかつ公開したところで道半ば、必ずバグや不具合を見つける羽目になり、アップデートし終わってようやく完成」です。
面白いで済むバグや不具合で済めばいいのですが、ゲームプレイに支障があるバグや不具合は直ちに改善しないといけません。これはゲームでもTRPGシナリオでも起きる可能性があります。一人で作っているのなら、なおさらです。テストプレイすら潜り抜けてバグや不具合は潜んでいます。そういったバグや不具合が潜んでいるのは最早仕方がないとして、それでも改善する必要があります。ストーリーがイマイチなら、それも具合が悪いので不具合の一つです。描写を追加したり減らしたり、最悪の手段として公開中止も考えましょう。何も修正しないことで発生する信用低下はビジネスとして無視できないです。

つまり、信用をコツコツ築いていけば、徐々に売れるようになっていくというところに落ち着いてしまいます。脱サラしてTRPGシナリオ執筆で食っていくとかいうつもりでチャレンジするなら貯金額と借入限度額という制限時間がありますが、趣味でやっていくということであれば、のんびり出来ることから地道にやっていくのが遠回りのようで近道です。

脱サラして制限時間付きでTRPG執筆をするのであれば、SNSとかで宣伝するといったビジネス戦略込みになってくるので、今回のコンセプトの話から脱線します。

+おまけのまとめ『面白そうだから売れる≠面白いから売れる』

結局のところ、面白そうだからシナリオを手に取っていただけることになりますし、面白かったらリピートしてくれるファンになってくれるかもしれませんし、遊んだPLがSNSで報告とかしてくれたら口コミで広がっていくでしょう。
面白いから売れるというのは時系列的に間違いです。面白そうだと思った人が買うから売れます。面白いという経験者は既に買っていて、それをレビューで聞いた人は今から買うかどうか考える段階です。面白いから売れるわけではありません。面白そうだと思ってから買います。
そのため、どんなにレビューが公表でも、いざ購入するかどうかの瀬戸際で面白そうだという判断材料を増やすことは重要です。
そして、一番信用のある判断材料は、シナリオ制作者に対する信用値です。

1つの作品が注目されてバズッたとき、慌てず騒がず、信用を勝ち取るために行動しましょう。つまり、結局は地道にシナリオを作って発表し続けることになります。

ここでようやく本題に戻ってきます。
面白いエンタメ作品を制作する上で重要な『コンセプトのA , B , C』をどんなシナリオにも明確にしっかり設定して書き続けるのが重要です。ターゲット層(A)、想起して欲しい感情(B)、題材(C)です。ターゲット層(A)、売れる(B)、題材(C)ではありません。
エンタメ作品としてA,B,Cを設定して方針とし、シナリオ執筆中に迷っても見返せるようにしておきましょう。

商品としてのコンセプトという考え方はここで切り上げて、以降はエンタメ作品としてのコンセプトの考察に戻ります。この商品としてのコンセプトという考え方はよく混同されているので、大きく取り上げてみました。

〇Aの『ターゲット層』の設定が実は一番難しいかも

+じゃあターゲット層ってどんなのがあるの?

実は筆者も具体的なターゲット層をしっかり理解できていません。CoCには「うちよそ」と呼ばれる文化があって、原住民TRPGプレイヤーたちとソリが合わないという噂だけ持っているため、今単純にTRPGプレイヤーからターゲット層といったものを切り分けるのなら、

  • うちよそ勢

  • (うちよそ勢も含めて)理想のロールプレイをして遊びたい大人の人形遊び勢(←筆者はココ)

  • コンシューマーRPG、デジタルゲームのRPGの延長として無限の可能性を楽しみたい(ルール周りを突き詰めたり、アドリブによって物語を作っていきたい)勢

の3つなんじゃないかと密かに思っています。

しかし、これは筆者がそう思っているだけで、読者の皆さんはもっと切り分けられるという方もいらっしゃるかもしれません。もしもっと具体的なターゲット層が思いつくという方は、それは強みです。その感性でもって繊細なターゲット想定をして、そのターゲットを直撃できるテーマと題材を選出することが出来るということです。

+自分自身もターゲットと想定出来る

上記のようにターゲット層を切り分けることも出来ますが、自分自身をターゲットとすることができます。これは単純明快で、自分に向けて、自分に刺さるテーマを設定し、自分が面白いと思える題材をコンセプトとして設定するという考え方です。
「オリシは自分が一番回りたいのに回れないのがバグである」なんて名言がありますが、自分が一番回りたいというシナリオを作ろうとするのはモチベーションを保つ上でかなり有利ですし、色々な制作シーンで起きる問題をシンプルに解決することができます。
何かのテーマで悩んでいるNPCが、どちらかの答えを選ばないといけないシーンがあったとして、本来そういったシーンはターゲット層に向けた選択を取るシーンを書くべきです。しかし、自分がターゲットであれば迷うことはありません。なんなら『GMがシークレットダイスで決めてよい』としても良いということになります。
どんな悲惨な物語も最後はハッピーエンドが好き、ということであれば、どんな状況からでもハッピーエンドになるようなシナリオを書けばいいのであって、他人を気にする必要はありません。

筆者もターゲット層を分けて分析することを放棄していますが、自分自身をターゲットにするという考え方が一番しっくり来ているという理由があります。

〇Bの『何らかの感情』って結局なんなん?

+シンプルに考えると喜怒哀楽、そしてそれを想起する何らかのテーマに対する選択

コンセプトのBは、シナリオのストーリー中、一番の山場でPLに感じて欲しい感情を設定すると良いです。山場の設定はシナリオ制作者の流派によって様々でしょうが、ここで決定した感情をPLに感じて欲しいというものを設定しましょう。ここにテーマを当てはめてコンセプトとし、シナリオの方針に出来るのであれば、それもまたオススメです。

例えば、罪と罰というテーマで最近ホットな話題の『私人逮捕』を取り扱うとしましょう。「過剰な暴力を伴う私人逮捕をしているNPCを見つけて、主人公であるPCは嫌悪を抱くのか、同調するのか」というシーンは見所になるでしょうし、ストーリーが進んだ結果「PCは私人逮捕配信者のNPCにハメられて妻や子供が死んでしまい人生のどん底に落とされるが、そのNPCは数々の私人逮捕をしてファンから賞賛されている配信者で、PCは復讐をするかそのNPCを許すのか選択を迫られる」というシーンも面白くなるでしょう。ここで山場にどういった感情を持ってほしいのか決めるのがコンセプトのBの部分と言えます。

別の案として、シナリオ都合でテーマを複数設定したいとか、どんでん返しのシーンでテーマに関する感情とは別の感情を抱いて欲しいとか、そういった諸事情によってBにテーマを当てはめない考え方もあるでしょう。その場合は、やはり山場に感じて欲しい感情を具体的に設定しておくと良いでしょう。コンセプトはシナリオ執筆中の方針としての役割がありますので、迷った時に見返してシナリオの方向を修正出来れば良いのです。
前回の記事にも書きましたが、テーマが無いTRPGシナリオもまたアリですので、Bにテーマを当てはめなくてもOKです。

〇Cの『何らかの方法で展開する』の何らかとは?

+ありていに言えば題材のこと

コンセプトのCは簡単に言えば題材のまとまりのことです。題材の中で、特に重要な題材を決めておくことで、シナリオを書く前のイメージを固めたり、シナリオを書き始めてからの方針となります。
この題材がシナリオの基本的な雰囲気を決定づけることになります。家電と侍はやっぱりコメディでしょうし、私人逮捕と復讐はシリアスになるでしょう。
TRPGとしてのゲーム的な部分を題材とすることもオススメします。戦闘主体なのか、探索主体なのか、RP主体なのかといった具合です。
更にジャンルもコンセプトに据えるのもオススメします。警察モノなのか、SFコメディなのか、うちよそなのかというのもジャンルに含まれると思います。
いっそのこと『コメディ』とか『ラブコメ』とか『シリアスなヒューマンドラマ』でも筆者が良いと思えば良いです。

+TRPGシナリオにおけるゲーム要素はCとBに関わるようにする

探索にしても、戦闘にしても、ゲーム要素を考えるときはCとBに関わるところにゲーム要素を追加するのが良いです。CとBは物語の根幹に関わり続ける要素が設定されているはずです。そこにゲーム要素を追加することによって、TRPGのお楽しみを山場に集中させることが出来ます。逆に、それ以外のシーンからゲーム的な要素を減らすことによって、バランスを調整することもできます。
全ての状況においてTRPGシステムのルールに従い続けてダイスを振りまくるようなゲームシステムの塊のようなシナリオは、緊張と緩和といったリズムから外れてかえって集中力が散漫になってしまうことになりかねません。
そのようなことにならないようにバランスを取る必要がありますが、そういった方針としても、コンセプトを決めておくことが役に立ちます。

〇まとめ

ビジネスとしての戦略のことをグロースハックと言うらしいですが、エンタメ作品を作るうえでのコンセプトと、グロースハック的コンセプトにはターゲットに感動して欲しいのか、ターゲットの購買欲を刺激したいのかの違いがあります。
この違いに気付かずに『売れるTRPGシナリオ』をコンセプトに据えて作成しようとすると、結局『売る』のがコンセプトのシナリオが完成します。しかし、シナリオ執筆する上で一番完成して欲しいシナリオは『面白い』のがコンセプトのシナリオだと思います。この違いに十分注意しないと、『売れるコンテンツ』を意識しすぎて『面白いとは程遠い』ゲームやアニメたちと同じ末路を辿ります。
シナリオを売りたいから、人気になってほしいからとグロースハック的コンセプトを取り入れるのは一旦止めて、『自分をターゲットにした自分が遊びたいシナリオ』を書いてみましょう。もう既に何作も書いた人は、過去作を見直してアップデートすることも考えてみてください。
面白いシナリオをコツコツと発表する理由も、過去作を地道にアップデートする理由も、シナリオ購買者になる世の中のGMたちの信用を得る確実な手段であるということです。作者への信用がシナリオの価値に反映されて、価値があるからユーザーは値段に納得出来るようになります。(「納得」は全てに優先するぜッ!!)

逆にグロースハック的な考えでもって自分自身をブランディングするときにも、コンセプトという考え方は有用です。自分のブランディングに迷った時、どういった方針でこれから活動していくべきか、コンセプトを見直してみてください。

あえて強い言葉を使うと、一昔前のネット文化だった嫌儲主義(お金を稼ぐのは悪であるという主義)を今でも引き摺っているのはすごくダサいです。プロとアマチュアの線引きは曖昧になり、皆が真剣に趣味から価値を生み出してきた結果、TRPGシナリオにも値段が付いて売られている今があります。

しかし、だからこそ一昔前に物凄いクオリティの作品をネット上に無償で発表してきた『有志の人々』は、『売れるようなコンテンツを作ろう』ではなく『(自分も)面白いと思えるコンテンツを作ろう』という気合と根性があったからこそ、作品クオリティが高かったし、面白かったのかもしれません。

この記事を通して、TRPGシナリオ執筆をしたい人たちへの刺激や活力、発見に繋がってくれるのであれば幸いです。他の記事もTRPGシナリオ制作について書いてありますので、チェックしてみてください。

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