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休職29日目

今日はチートデイと称して
終日遊びに振り切ることにしている。
ということで、今日は一日ネカフェに引きこもる予定。
株の勉強もしなければ、経済の本も読むことをしない。
(とか言いながら、さっき積立NISAのポートフォリオを見て
値上がりしていることにニンマリしたのはここだけの話。
やっぱりお金にも働いてもらわないとねー)
この文章もネカフェの一室からお届けしている。

ここに来る途中、どうしてもビジネス街を通ってこないといけなかったのだが
やはり不安がないとは言い切れない。
「私はこんなところで何をしている?」
「同僚やライバルたちはこうしている今も仕事に汗を流しているぞ」
「さっき見た古畑任三郎で、真田広之が暇なく働いていてかっこよかったぞ」
なんて心の中で意地悪な私が私に問うてくる。

それでいいのだ。
その心があるから復職できるのだと思う。
その不安がなければ、復職どころか働くことそのものがこれからできなくなってしまうだろう。
と自分を鼓舞させながら
今日一日は何も考えず、ただただゆっくりする。

そんな中、またしてもひとつの天啓があった。
休職前に私が不安に思っていた事象について。
約1ヶ月を過ぎて、改めて振り返ると
「そんなに大したことねぇなぁ」
である。
まぁこれは日薬が効いているのか
毎晩服薬している薬が効いてるのか
わからないが、
ふと離れて見直すと
本当に大したことでないとしみじみ思う。

もっと踏み込んだ言い方をすると
「なんであんなことで切羽詰まっていたの?」
である。
きっと周りもそう思っていたのだろう。
当事者である私だけが
勝手に切羽詰まって、
勝手に追い込まれていたようにしか感じない。

前の記事でもあった
「なーんだ」の実体験である。

おそらくこれからはこれの繰り返しだろう。
いろんなことに直面した‘直後’は不安に駆られて
またしんどくなると思うが、そのたびに
今回の経験を思い出せば
(冷静に思い出せるように訓練は必要だが…)
きっと対応できるだろう。
そのための休職期間だと思っている。

あの当時に気が付けば
休職などとらなくてもよかったかもしれないと思ったが、
逆にこの休職期間がなければ
ずっと当事者意識で不安とにらめっこばかりで
振り返ることや思い改めることなどする余裕もなかっただろう。
そういう意味でも、
やはりこの休職期間は必要だったのだ。

と結局、自分との向き合いをしてしまっているが
残りの今日は、勉強も自分との向き合いもひとまず休戦。
(毎日休戦しているようなものだが…)

大丈夫、大事なことこそ
明日からだ。



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