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ACTion 45 『行方』

『なんて、ことだ……』
 力が抜けたようにトラの口から言葉は漏れる。
 果たして船賊がネオンをさらう理由はあの高価な楽器にあるとして、ネオンが自ら逃げ出してしまうよりそれは遥かにいただけない結末だった。だが追うとして『バンプ』は遥か遠い場所にあり、万策尽きてトラは脱力する。
 と、背後で『アズウェル』のドアは開いていた。振り返ったとたん飛び出してきたデミに、呆けていた目を丸くしてゆく。
『デミ坊……、デミ坊ではないか!』
 自分でも驚くほど素っ頓狂な声を出すとトラは立ち上がり、デミへ向かい両手を広げた。
『おいちゃん!』
 気づき飛び込んできたデミを、衝撃で舞い上がった砂塵もろとも抱きしめる。すぐにも引き離して揺さぶった。
『一体、何があった? どうしてネオンが極Yに、船賊に連れて行かれなければならん』
『おねえちゃんに会ったの?』
『今ここですれ違った。なんとか助け出そうとしたのだが、ムリだった』
 とたんデミは、いても立ってもいられない様子でトラの腕を振り払う。
『それで、おねえちゃんは、おねえちゃんたちは、どっちへいったの?』
 そこへ駆けつけたのは『アズウェル』のボーイと、オレンジ色のツナギを着込んだ毛むくじゃらの顔だ。通りを見回すなり、まるきりトラと同じ言葉を口にする。
『二人はどこへいった!』
 などとトラが放っておけるわけがない。
『貴様らもネオンをさらうつもりか!』
 慌てて止めに入ったのはデミだった。
『違うよ、おいちゃん。ライオンはボイスメッセンジャーだよ。ぼくもおねえちゃんも一緒に連れられて行ったジャンク屋も、フェイオンから一緒に逃げてきた友達なんだ』
『なんだと?』
 トラはシワの奥で目をぱちくり、させる。ならさすがボイスメッセンジャーという仕事柄だ。声には敏感らしい。毛むくじゃらはやおらトラを凝視した。
『その声は確か、ご老体の店で聞いたモニターの……』
『ネオンを引き取りにきた。トラ・イアドだ』
 名前に毛むくじゃらも理解した様子だった。
『ひと足、遅かったようだな』
『一体何がどうなっている。ネオンは船賊の船に連れ去られていったぞ』
『船にっ?』
 指さしてトラは教え、聞かされたデミが驚き鼻溜を振る。なら教えたのは毛むくじゃらだった。
『その船賊、おそらくはフェイオンで我々を追い回していた奴らだ』
 今度はトラが声を裏返す番となる。
『フェイオンでも船賊に追われていた?』
 事実はデミにとっても初めて聞かされる話だ。
『そんなのぼく、知らなかったよ』
 毛むくじゃらへ眉間を寄せる。
『いや、追われているのはジャンク屋のはずなのだが……』
『どう言うことだ。ならネオンはそのジャンク屋のせいで巻き込まれたということか!』
 詰め寄るトラに牙を剥き返した。
『ええい、わたしもよくわかっておらんのだ』
 うちにも、食べかけのスナックや羽織っていたコート、そして履くタイミングを失った靴を手に手に客たちが通りへ出てくる。辺りはあっという間に埋め尽くされ、にもかかわらず一台のビオモービルは通りへと侵入していた。辺りは押すな押すなの大混乱となり、見かねたボーイが群衆へ手を振り上げ一帯の整理にかかる。おかげで動き出した群衆に背を押され、トラたちは話し込む場所を『アズウェル』の軒先へと変えていた。
『埒が明かん。そのジャンク屋とサスは取引があるのか?』
 デミへと確かめたのはトラだ。もちろん学校へ行っているデミがサスの顧客に詳しいはずもない。しばし考え込み、やがて思い出せた言葉に鼻溜を揺すってみせた。
『うん、そう言えばおじいちゃん、アルトはわしの仕入れ先の一人だ、って言ってたよ』
 トラはシワの中で目を細める。
『デミ坊、サスはどこだ? ならわしはサスと話がしたい』
 だが状況は至る所が塞がれている。
『え、えっと、でもおじいちゃんは今、どこにいるのか分からないんだ。お仕事だと思うんだけど』
『こんな時にか!』
 トラは罵り、声にデミは縮み上がった。かばう毛むくじゃらが口を挟む。
『いや違う。ご老体はなぜジャンク屋が船賊に追われることとなったのか、それを調べるために出ている。ジャンク屋から、つい先ほどそう聞いた』
 今、思えば、渋るアルトから聞いておいてよかったと思う。しかしこれまたデミには初めてとなる話だ。
『ええっ!』
 またもや驚かされて目を丸くし、毛むくじゃらはこうなればと、知りうる限りを吐き出す腹を決める。
『あとひとつ。ジャンク屋は、ネオンをフェイオンへ呼び寄せたのは自分だとわたしに言った』
『何だと? つまりそいつも、わしのネオンを狙っているということか!』
 気付けばパトカーのサイレンがもうそこで鳴っていた。
 トラはチラリ、白くけぶる通りの向こうへ目をやる。
『くそ、サスが戻るまで待っておれるか。何があったのかもう一度、最初から詳しく説明してくれ』
 毛むくじゃらへと投げた。

 通りを客が塞いでいた。目の前にして折り返すのも不自然でならない。見据えてシャッフルは、運転する部下へアゴを振り通り抜けるよう命じる。
 そんなビオモービルの屋根にはミラー効果もそのままにした分隊員たちが乗っていた。明らかな積載量オーバーに、ビオモービルのキャタピラは今にも切れそうに砂塵をかいている。じわり鼻先を群衆の中へとめり込ませていった。
 と、シャッフルの頭蓋内で声は響く。
『中尉』
 基地前で待機中の巡航艇からだ。
『どうした?』
『極Yから対象の引渡し方法について問い合わせが入りました。極Y船舶は現在、アーツェ最寄りの光速前で停泊中。指示を求めております』
『まさか本船に横付けさせるわけにはゆかんな』
 冗談とも取れぬ冗談だ。吐いてシャッフルは指示していた。
『ボイスメッセンジャーが例のメッセージを拾いに来たカウンスラーの音窟があったな。そこで引き取ると伝えろ』
 『カウンスラー』はちょうどここから『フェイオン』近隣に停泊中の本船へ戻る過程で立ち寄れた。何より観光客の溢れるそこなら雑多な種族が集ったところで、何の違和感もないだろうと考える。
 時刻はこちらで指定してもいいか、と問う声へは、ひとつうなずいてから頼む、と返していた。
 たいした剣幕だ。群衆を抜け出せばちょうどと息せき切って駆けつけんとする警察車両とすれ違う。互いに互いが振り返ることこそない。