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今日の僕を明日の君へ(12)

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 ヒアリングの当日、ノートパソコンの画面には、前時代的な手書きアニメ調の真紅のチューリップがあらわれた。花びらには目鼻口が描かれ、根本から伸びている葉も一緒に動き、感情表現に色を添えている。背景も実写ではなく、キャラクターに合わせた部屋が描かれており、単なる一枚絵ではなく、壁に掛けられた時計は現実の時間に対応しており、小さな窓に映る草原には同じようなテイストの小動物が横切り、たまに部屋の中を覗きこんだ。
 テキストのやり取りの段階で、相手が女性っぽいとは感じ取っており、スピーカーから流れてくる声は、その見込みを裏付けてくれた。ボイスチェンジャーで作り出した声かもしれないが、言葉遣いやアバターの所作は、二十代前半の女性としか感じられない。しかし、先天的に自己の肉体に違和感を持ち、戸籍とは違った性を望むにしろ、ストレス解消の変身願望でネット上でのみコスプレの延長で異性を演じているにしろ、完璧を求める結果として、望む対象よりも「らしさ」を身に着けているのかもしれない。
 聞き取りは幼少期の記憶から始まり、書類上では二歳まで親と一緒に暮らしていたことになっているが、断片すら思い出すことが出来ない。寮での寝泊まりが自分にとっては全てであり、比較のしようがないので、昔を思い出して部屋の隅で泣いている同輩を見ては、不思議な気持ちがしていた。
 聞かれるだろうな、という予想通りに、「いじめとか、寮監や先生、寮長から理不尽な扱いを受けたことは?」と、黒い眉を眉間に寄せたチューリップが聞いてきた。
「あの当時、子供たちが寮で住むことになった大半の理由は、瓦解による親との死別や経済上の困窮でした。そういう中で、人造胎というのは、まだまだ珍しくて、寮内では圧倒的に稀な存在だから、かっこうの攻撃材料であったのは事実です」
「出生って知ることが出来たんですか?」
「今は、そういう欄がない、というか、ほとんど人造胎経由ですからね、記載の必要がなくなってしまいましたけど、当時は、血液型みたいに資料に書かれていたらしいです。寮生には見せない資料でも、手先の器用な子が、必ずいますからね。そういうのが舎監の目を盗んで、またはデータベースにハッキングして、――ハッキングと言っても、舎監のIDは分かっているので、パスワードを総当りで調べるだけですが――、あいつはバイヨウだとか言いふらすんです」
「バイヨウ?」
「培養肉のことです。自分たちは、ちゃんと人間の腹から生まれてきた。それに比べて、あいつらは、培養肉と同じで、クローンみたいに得体の知れないヤツなんだって」
「それは大変でしたね」
 「別に大したことじゃないです」と、軽く笑った。「相手を謗る材料は、なんだっていいんですよ。太っていればデブ、痩せていればガリガリ、背が低ければチビ、背が高ければでくの坊、成績が悪ければバカアホ、成績が良ければガリ勉、探そうとすれば、何かは当てはまるものです」
「でも、その、あの……、気になりませんでした?」
「バイヨウって言われていたことですか? 親の顔も覚えてないくらいですから。バイヨウって言われて、もしかしたら、そうなのかもなぁー、くらいに思ってましたよ」
「強いんですね」
 「違うと思いますよ」と、やんわりと否定した。「それに時間が経つに連れて新しく入って来る寮生は、人造胎の方が増えて来ましたから。最初はバイヨウがマイノリティでしたが、最後は圧倒的なマジョリティになっていました。年上には絶対服従という文化だから表立っては口にはしませんでしたが、若いヤツらは、年上のことを、女の腹で育ったなんて、気持ち悪いって言ってたみたいですよ」
 「それなら私は気持ち悪い方だ」とチューリップは、葉っぱで口を抑えて笑った。年長たちは年少を「バイヨウ」と見下していたが、対して年少たちは年長を、この世界に赤ん坊が誕生するにあたっての女体の「排出口」、それも、下品な名詞でもって裏では呼んでいた。ディスプレイの先にいる人物が男性にしろ女性にしろ、初対面の人間に向かって、聞かせる単語ではないと思い、そのエピソードについては紹介しなかった。
 「透き通った子供たち」と、それに影響を受けた報道や作品を一身に浴びて生きて来たらしく、寮での生活を聞かされたチューリップは、そこから不幸の種を掘り出そうとする質問をした。嘘をつくインセンティブはなく、「自殺する人はいました?」と聞かれれば、「いました」と答え、「失踪者は?」と聞かれれば、「いました」と答え、「精神的な病気を患った方はいました?」聞かれれば、「いました」と答えた。
 「十二才、十五才、十八才の誕生日は、どう過ごされました?」という質問には、「誕生日には特別にケーキがつくんですよ。十二才の時は、きっと、誰かに取られたら最悪だと思って、ご飯を食べる前に手に取りました。でも、中学生になってからは、アレ、これ、あんまり美味しくないぞって、ことに気がついて、高校の時は甘いモノに飢えていた同級生と、物々交換しました。何と交換したのかは今じゃ思い出せませんね」と言った。
 「スゴイエロ」と交換して手に入れた動画は馬と人間の交尾で、心に深手を負ったのが十八の誕生日であった。チューリップが困った顔をしているのは、人馬一体の神秘について隠されたからではなく、事件やら物語などで、多くの人が知っているように、小学校、中学校、高校の卒業に合わせて設定された親との面会日について語って欲しかったのだろう。
「親には会ってませんよ」
「三回とも?」
「えぇ」
「失礼ですが、両親は離婚されているんですよね?」
 チューリップが配慮で発した「失礼」という言葉に、むしろ心がざわめいたが、顔には出さないように努めて、「えぇ」と答える。
「どちらとも、会ってないんですね」
「はい」
 少し間を置いて、「会いたいとも、思わなかったんですか?」と聞いてきた。チューリップの花びらに描かれた二つの瞳は、本人の感情を読み取って、今にも落涙しそうに大げさに潤んでいる。なぜ憐れみを掛けられなくてはいけないのかと腹立たしい。
 「自分のオリジナルが、どんな人間だったのか、まったく興味がなかったと言えば嘘にはなりますが、ただ、その」と、どう表現するか悩んだ末に、「結局、会おうとはしなかったんですから、その程度だったということでしょうね」と言った。
「その程度?」
「その程度」
 嘘をつくつもりはなかったが、聞かれてもいないことを全てさらけ出すつもりもなかった。ビンテージアカウントの価値と同等の誠実さを発揮できれば十分。
 ある寮生は、彼自身も人造胎生まれでありながら、物心つく前から住み着いている古参の寮生を「バイヨウ」と呼んでいた。「おめーもじゃん」と周囲からツッコまれると、「あいつはジュンスイバイヨウ。本物だから」と抗弁したのは、盗み見た資料に、「実父不明」と書かれていたかららしい。
 快適な寮生活を望もうとすれば、舐められて集団の標的にされることは危険であったが、攻撃こそ最大の防御などと意気がるのも苦難の道であり、彼から、「バイヨウ」「ジュンスイバイヨウ」と呼ばれると、お前みたいな小物を一々相手になんかしねーよという余裕の構えで、「はいはい」と呆れたように返事をした。その愛称が他の人々にまで広がることはなかったが、寮における「バイヨウ」寮生と「オマンコ」寮生の割合が逆転するまで彼は頑なに口にして、周りから、「おめーもじゃん」とツッコまれ続けた。
 「実父不明」の真相について、大人になった今でも想像できなし、まして少年には、さっぱりであったが、寮送りになる子供には、「複雑な家庭の事情」は定番で、自らのルーツを奇妙ではあると感じてはいても、受け入れ難い苦悩と見なすようなことはなかった。その程度。
 十二才。
 ほんの二、三年前までは、早々と恥毛の生えた同期を、「恥ずかし」「なにそれ」「気色悪りー」とバカにしていた子たちが、中学進学を前にして、今度は、「まだなの?」「もしかして病気じゃない」「気色悪りー」と無毛をあげつらう。
 仲間の前では、実親に会いたいなどと「腑抜け」「マザコン」「夢見がち」なことを公言することは出来ない。だから、「まったく会う気はないのだけど、あっちがどうしても言うんだよ。変にツッパって、嫌だ嫌だって言うのも、なんか子供っぽくってかっこ悪いって思わない? なぁ? 結局さ、オレが我慢すれば済む話でしょ? しゃーねーよ。仕方なく会って来るけど、だりぃーなぁー、こんなことで休みをつぶされるなんて、なんだかなぁ、どうせなら部屋で寝てたいよ」と、ため息をついた。
 もう親のことなど気にしていない、恨んでもいないし、期待もしていない、と、演じてはいたが、面会日が近づくと緊張でいっそう饒舌になり、または寡黙になり、いつもと変わらないようで突然の腹痛でトイレへ、具合が悪いと医務室へ駆け込んだ。
 金曜日の夕方、一度も話したことのない一つ上の先輩に呼び止められ、「明日、面会日なんだ」と、脈絡もなく聞かされた。自分はきっと寮を出ることになると思う、もしかしたら、もう戻って来られないかもしれない、荷物も整理したいし、友達にも挨拶したいから最低でも一度は戻って来るつもりだし、親にははっきりそう伝えるけれども、仮に、明日、強引に親元に引き戻されることになっても、いつかは会いには来ようと思っている、近くではないので、そう簡単に会いには来られないかもしれないが、決して薄情なことをするつもりはないから、もし明日、面会に行って戻って来ないようなら、オレの仲間たちには、絶対に会いに来るからと伝えて欲しい。切迫した口調で詰め寄られて、「はい、分かりました。伝えます」と約束したが、同じ建物で暮らしているので、顔こそ覚えていたが、名前も、どの部屋に住んでいるかも知らなかった。翌日、翌々日は、六年生たちの集まりを見つけては近づき、聞き耳を立てて、面会から帰って来ない友人について話していたら、「絶対に会いに来るって、言ってました」と伝えようとしたが、そんな機会はなかった。ちゅうぶらりんの頼まれ事を抱えているのは気持ち悪く、どうなったのだろうと心に引っ掛かったままであったが、廊下で、友人たちと談笑する先輩とすれ違い、どうやらあちらは忘れてしまったようで、ちらりと目が合っても表情は変わらず、「ばっかじゃねーの」と快活に笑っているのを聞き、両目を大きく開いて真剣に語る彼が思い出されて、やるせない気持ちになった。
 経済状況が好転して生活が安定した、病気が快癒して子供の面倒を見られるようになった、宗教にはまって過去を悔い改めた、などで親が引き取りを希望することもあったが、面会を切掛にということは、ほとんど無かった。しかし、ゼロというわけではないのが困ったところで、数年に一度、学年の枠を超えて寮全体を驚かせる幸運が、自分にも舞い込むのではないだろうかという夢が目の前でちらつき、日帰り、または一泊の面会に挑むのだが、お土産でも持たされたら「幸運」であり、たいていは手ぶらで帰って来た。
 「つまんなかった」と愚痴り、「飯はうまかったよ」と自慢、「別に、なにも」と口を閉ざし、「デブデブ、すげーデブってて。誰かと思ったよ」と冗談を言い、帰宅後の反応は様々、数日間ショックを引きずるような子もいたが、遅かれ早かれ、元の日常に組み込まれて行った。剽軽なヤツは剽軽なまま、暗いヤツは暗さを維持、嫌なヤツが突然善人になるわけもなく、寮におけるポジションは相変わらずであったが、しかし、面会を境にして、具体的に語ろうとすると言葉に結実することは出来ないが、かつてを知っていると、「雰囲気」「たたずまい」「おもむき」には抜き差しならぬ隔たりがあり、それは一過性ではなく不可逆で、時間が経とうとも剥げ落ちることはなく、彼らに永遠に刻み込まれた。
 舎監から、母親との面会の希望を問われて、「要らないです」と即答すると、「そうか」と直ぐに部屋に戻された。一週間後、また呼び出されて、同じ質問をされて同じ返答、「そうか」であったが、さらに三日後に断ると「そうか」とはならず、舎監は顔を曇らせた。自分を寮に送ったような親と会うつもりはないと突っぱねてみたものの、後々になって後悔する児童を何人も知っていた舎監は、机に置いてあったタブレットを手にした。体中アザだらけで寮に来る子もおり、虐待の有無を改めて確かめたのだろう。
「会いたくないか?」
「会いたくないってわけではないとは思うんですが、会いたいわけでもないです」
 舎監は、「先方さんも」と言って、言葉を切った。母親の方からも、希望は出てなかったのだろう。その程度。
 先輩やら同級生が、狼狽し、強がり、憔悴する醜態を見せつけられて、寮生活を愛していたとは言えないし、平穏とも言い切れなかったが、わざわざ自身を無益にかき乱すような行為をしたくなかった。それでも、大人に配慮して、「会った方がいいですか?」と聞くと、舎監は、「強制じゃないからなぁ」と言った。
 「オレたち、汚ねー捨て子だから」とうそぶいてはいても、自分だけは特別なのではないかと夢見ている子や、または自分も特別ではなかったと夢破れた子たちにとって、事実はどうあれ、やせ我慢を貫徹した同世代は畏敬か侮辱に処するしかなく、ニヤニヤと笑いながら、「本当に会わなかったんだ、へぇー」と冷やかしながらも、感心の眼差しを向ける一方で、ある人物からは、「あいつは本物の培養肉だから」と陰口を叩かれた。
[つづく]

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