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今日の僕を明日の君へ(09)

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 一時間の休憩が告げられたので、会議ソフトを落として強制的にルームから退室した。いつもと比べて昼飯にはまだ早く、腹は減っていなかったが、午後のミーティングが長引くことを考慮して無理にでも食べることにする。解凍した小ぶりな冷凍弁当には必須栄養素が全て含まれているが、成分表を取り込んだ携帯から勧められたサプリを、食後に補充する。
 午後は班分けをするらしい。サブリーダーが、「皆様のご希望を可能な限りかなえたいとは思っております。しかし、言わずもがなですが、世論は反対派が占めるでしょうから、我々としては、多くを賛成派で固めることとなります」と言うと、「十対ゼロでも、いいんじゃないの?」と横やりを入れられた。一部から笑い声が発せられたが、サブリーダーは無視して、「そこらへんを考慮に入れて、自主性を発揮して下さるようお願いします」と言い切った。
 ベッドに寝転び、「大した参考にはならねーけど、一応共有しておくから」とリーダーから全員に送られた「汚染値見直しによる経済と政権への影響」というpdfを開く。本文を読む前に執筆者名で検索を掛けると、T院長のシンクタンクに所属する四十代の研究員で、ブラウザには彼の手による記事がズラズラと並び、いくつかは既読の印がついているが、内容はまったく思い出せない。
 リーダーから配られたレポート内では、見直し賛成派、反対派、どちらの意見も満遍なく網羅し、要所では聞き慣れないカタカナの用語を用いて論評が加えられていた。最終的には、「人命及び健康が大事なことは言を俟たないが」と表明してから、「汚染値について語ろうとすると、感情が先走って科学的な議論が出来ない、という意見が海外の専門家からも出ており」と冷静なスタンスでの検討が必要だとし、また「汚染値の改定について国民の間には様々な意見が存在しており、議論を強引に推し進めるのではなく、科学的見地に基づいて可能な限り説明を尽くすべきである。」と、まとめられていた。さすがT院長の部下だと感心し、彼の書いた文章を、すっかり忘れてしまった理由も理解した。執筆の日付は未来になっている。それらしい経歴が記されているが、四十代の研究員というのは存在せず、AIが書いた文章なのかもしれないと推測する。
 昼休みが終わる十分前、仕事用の机に座り、希望する班を問うアンケートサイトにアクセスする。リーダーが賛成派を、サブリーダーが反対派をまとめることになっている。リーダーから、「反対派は楽で、いいねー。どうせ人命尊重って言えば、それで話が通るから」と言われて、サブリーダーは、「賛成派の方が楽でしょ? 政府に従えばいいんだから」と返した。外野からの「キレイに靴を舐めるのも、技術が要るんだぜ」というヤジに、多くのスタッフが苦笑いた。三つの選択肢、「賛成派」「反対派」「おまかせ」から、最後のラジオボタンを選んで、再びミーティングルームに入る。
 既に五人のスタッフが待機しており、楽しそうに会話をしていたようだが、新たな参加者が誰であるかを知って、一斉に黙り込んだ。悪いことをしたな、と思う。もう五分、ベッドで横になっているべきだった。
 ロードマップを見直していると、「どちらの班にしました?」と、ブリキロボットが話し掛けてきた。一個人との対話モードではなく、参加者全員に聞こえるようになっている。
「どっちでも。指示に従うつもり」
「希望はないんですか? 賛成派の方が得意そうだ、とか」
「別に」
 「すごい、オールマイティーなんですね」という声は素直な響きで、皮肉や嫌味ではない。ブリキ以外の参加者たちは興味がなさそうにしているが、笑いを必死にこらえているのか、そうでなければダミーの動画をかぶせているのだろう。
 首藤さんの期待通りか期待はずれか、どちらかは分からないが、抜きん出た好成績を収めることはなかったが、身を隠したくなるような惨憺たる不成績もなく、上の下、または中の上あたりを、いつもうろついている。上に楯突くこともなければ、下に威張り散らすこともない。ただただ淡々と業務をこなすだけの、凡庸な社員の一人に過ぎなかったが、上から持ち込まれた課題へ、他のスタッフたちが、いくつかのアカウントを駆使するにしても、基本的な立ち位置を固定してコメントや動画を投じるのに対して、彼らからすると、右に左に「変幻自在に動き回り」、自らが積み上げたモノを、自らの手によって突き崩すスタイルは奇異に映るらしい。この仕事に相応しいスタンスだと思っているが、だからこそ目についてしまうのだろう。同僚たちは、表では「二刀流、器用ですね」と口にしたが、裏では「矛と盾」と評しており、自ら望んだことではないが社内では、「社長直々にヘッドハンティングした」という経歴と合わさって、それなりに名が通っているようであった。
 ブリキは、「社長が目をかけるくらいの優秀な人材だから、声を掛けてみろ」と、先輩たちからけしかけられたのだろう。
人事について前もって情報が漏れ出すことは珍しかったが、「華奢な美少年が来るらしい」と、女子を中心に話題になったことがある。噂の通りに新しい人員が補充されたが、画面にあらわれたのは剥げ落ちた塗装までもリアルに再現されたブリキロボットのアバターで、「最初くらい素顔を見せてくれない」と言ったそばから、サブリーダーから、ピシャリと「そういうのは訴えられるよ」と注意された。
 声にもロボットらしいエフェクトが掛けられているが、へりくだった丁寧な口調や、流行に敏感な話題の持ち出し方から、鎌をかけずとも、学生を終えたばかりの年齢であることは容易に想像がついた。つまらない雑事であっても素直に「はい」と受け入れ、どんな話しであっても「へぇーそうですか」と感心し、しょうもない冗談にも笑い声を上げるので、女子たちからは可愛がられて、男子たちからはオモチャにされている。
 仕事前の先輩たちを癒やす笑いのモトは十二分に足りたはずであったが、ブリキは話しを止めない。仕方なく、こちらから、「そのアバター、よく出来てるね。どこで買ったの?」と、話題をすり替える。「自分でつくったんです」と、ロボットの頬が赤く染まった。動きも滑らかでリアクションも豊富、「そうなんだ」と驚いてみせ、「これで食べていけるんじゃないの?」と褒めると、「いや、本物のプロには、まったくかないませんよ」と謙遜した。
 開始予定時間を十分ほど過ぎてから午後のミーティングが始まり、「はぁーい、ありがとうございました。皆々様のご協力のおかげを持ちして、ほぼ予定通り、賛成派七、反対派三に分かれました。まぁもっとも、実際に始まってしまえば、どうなるか分かりませんけどね。その時々で動いてもらうことにはなると思いますが、とりあえずは、これで、よろしくお願いいたします」と班編成が発表された。
 「あれっ、どういうこと?」「ブリキ、なんだよ、お前」「おい、裏切り者」と一部から非難の声がゴモゴモと湧き上がり、ブリキは、「えっ、あれ、賛成派を選んだはずなのに」と顔の周囲に大粒の汗を撒き散らした。サブリーダーから、「全部が全部、希望通りにはなりませんでした、あしからず」と言われて、「えぇ、なんだよ、それ」「反対派なんか、人いらねーだろ。勝手に盛り上がるんだから」「アンケート、意味ないじゃん」と不平の声が上がり、ブリキは、「すいませんすいません」と何度も頭を下げた。
しかし、班毎のミーティングに移り変わると、今にも涙がポロリと落ちてきそうなクシャクシャの瞳は、「U」の字を逆さまにした満面の笑みに変わっており、あいつらから切り離したのはサブリーダーの判断なのかもしれない。「人数も少ないし、ほとんど知っているとは思うけど、自己紹介から始めましょうか」と順繰りに挨拶が始まると、個人宛のメッセージが届いた。
「僕、本当は反対派に来たかったんです。だから、とっても嬉しいです。一緒にがんばりましょう! ・・・・・って、生意気ですね。知らないことばっかりなので、いろいろと教えて下さい!! よろしくお願いします!!!」
 この手合は、会社を直ぐに辞めることになるだろう。短期間なのだから、よい先輩を演じることも出来ないことはなかったが、なつかれて、辞める辞めないと相談を持ち掛けられるのも困るので、返事は書かなかった。

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