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今日の僕を明日の君へ(02)

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 リーダーの意向でミーティングには音声のみは許されず、必ずビデオで参加しなくてはならない。「一緒に仕事している以上は、一日に一回でも顔を見ながら話しをしないと、訳が分からなくなってしまう」と述べたリーダーは、一升瓶を抱えた赤ら顔のクマのアバターを使用している。二十数名のメンバーたちの半分は、動物やアニメキャラを自らの代わりに登場させており、残りの半分にしてもエフェクトや合成を施していない参加者は少ない。整髪や化粧フィルターによって、のっぺりとした肌と艷やかな髪を獲得した顔は、時に宇宙人や悪魔のアバターよりも作り物めいて見える。
 「アバターを使わないのは、なにかこだわりがあるんですか?」と聞かれたことがある。深酒による体調不良や無精髭、どうしても言うことを聞いてくれない寝癖にはエフェクトを施すことはあるが、そういう場合、一般的にはCGのキャラクターを被せてしまうようで、毎日毎日、面白味のない顔が映り込んでいるのは、他者には強いこだわりを持っていると映るようだ。
 頑迷な年寄のようにアバターを否定しているわけではなく、自分の容姿に過剰な自信を抱いているわけでもない。強いて答えるとすれば、「どうでもいい」となるが、それでは、ミーティングに参加している人たちを蔑ろにしていると捉えられる可能性もあり、「そういうのに詳しくないんだよ」と笑うと、入社したばかりの新入は、「簡単ですよ」と設定方法やオススメについて力説したので、「暇な時に挑んでみる」と誤魔化した。
 ディスプレイに整列した横長の長方形の一つでは、子供向けアニメに脇役として登場していた酩酊中のクマが、政府から発表された天気の長期予報を紹介し、「平年よりも梅雨の時期は長くなるようです。在宅率の増加が見込まれ、また降雨についての不平不満、ストレスなども高まることが予想されるので、浸透率を稼ぐなら、絶好のチャンス。がっぽり、いきましょう」と締め食った。
 退席ボタンをクリックして、ニュースチェエクから始めようとすると、サブリーダーから再集合の通知を受け取る。会議用アプリを立ち上げると、縁の太いメガネがトレードマークのサブリーダーが待っており、次々とあらわれるメンバーに、「今、なんの仕事している?」と聞く。四人から聞き終えると、「急ぎが入ったから、こっちを優先でお願いできる?」と言い、画面には、亀裂の入った容器から茶色い水が漏れ出している写真が表示される。十数年前に東京から汚染物を受け入れたN村の保管場所で撮られたというキャプションつきで、ネットに今朝から流れ始めたそうだ。最近ではお目にかかれない輪郭のぼやけた画像で、それこそ隠し撮りの証拠であると主張したいのかもしれないが、この種の手法に精通しているエキスパートからすると、「お粗末」と言う他ないが、それすら見越してのクオリティかもしれないと、仕事柄、勘繰ってもしまう。
 微細な感情の揺らめきもアバターで表現できるようになっていたが、無感情に関しては、まだまだリアルには追いつけないようで、危急の案件を聞かされたデフォルメされたネコは、バグったように顔の筋肉の動きを止め、アニメ調の美少女は笑顔が貼り付いたままだった。
 「それじゃ、急いで」という言葉で散会となり、先ずは画像の出所を辿るが転載しか見つからず、オリジナルが掲載されていたとされるアカウントは既に削除済み。差し当たって、「それみたことか!」と盛り上がっているグループを見つけて、「いいね」ボタンを時間差で千ほど押すように自動ツールへ指示、AIに管理を任せているアカウントにN村や近隣に住んでいる条件で検索を掛けると、七人がヒット。しかし、他のプロフィールがしっくりこない。とりあえず、N村付近ではないが、同県に住む既婚者でNPO団体勤務の四十前後の女性を選んで、「N村に知り合いがいるんだけど、水が漏れていることなんて、村民は全員知ってるって」とつぶやかせようとしたが、後々のことを考えて、四十五才で職歴なしの男性に変更する。
 市場を探してみると、現在リトルトウキョウ在住のN村出身の大学生という設定のアカウントが見つかり、底値の十円だったので購入、彼に、「確かめたんですが、大気中の数値は平常値ですよ」と投稿させる。
お茶を飲みながら、当地の風土について読み、汚染物を引き受けた経緯を調べる。
 各々の自治体で保管という原則であったが、首都再建で大量に生み出された汚染物の処理は、施設建設に向けての調査が入っただけで住民から大きな反対運動が起き、どの政治家も最適解を見つけられない問題だった。「新たな発想で、クリーンなネオ東京を!」というスローガンで当選した都知事からの保管場所募集に、唯一手を上げたのがN村だった。
 人口千人に満たぬ鄙びた地域は反対賛成で分裂し、激しい政争の末に、九十九年の期限を区切っての「一時保管」ということで、汚染物を受け入れることに。推進派の頭目である村長の個性的な言動がネットには残っており、リコールの末に再選挙を勝ち上がった村長は、マスコミから反対派へのコメントを求められて、「嫌なら、村から出ていけ」と言い放ち、また、正式な取り決めを結ぶ段階になって保管料の増額を求めたことをリークされると、「金の問題ではない、誠意を見せて欲しい」とうそぶき、建設予定地が妻の親戚縁者の持ち物であることを追及されると「初めて知った」と驚いてみせた。
 当時で既に七十歳を過ぎており、旧来の価値観を引きずった老害だと散々に批判されていたが、調べてみると、今も村長を続けている。過去のエピソードをまとめるだけで一本記事をつくり上げることは可能であったが、そういうのは大手のニュースサイトのAIが、手早く丁寧に仕上げてくるだろうから、「こんな村長じゃ、そうなるわな」というコメントをつけて、リンクを紹介するに留める。家族について調べていると、長男のSNSから孫の名前が判明し、同姓同名同世代の人間が都庁で勤務しているが、同一人物であるかどうかは不明。「もしかして、孫とかがコネで役所に入ったりしているのかな?」と匂わせて、後は、迂闊な人間が尾鰭をつけて断定してくるのを願う。
 過去のニュースを漁っていると、出てくるのは物故者や旬を過ぎた人物ばかりであったが、その中でも、今も第一線で活躍している著名人を発見する。瓦解こそがビジネスチャンスだと公言し、多くの事業を手掛けた「時代の寵児」であったが、グレーゾーンのビジネスモデルは直ぐに政府の規制が入り、数年で会社をつぶした。後に法改正で認められた取り組みもあり、それでもって今は、「悲劇の先駆者」「国につぶされた天才経営者」といった看板で、飯を食っている。人口密集地域から過疎の田舎に汚染物を移動させるのは、極めて合理的な判断であり、倫理を振りかざして批判しているような連中の中には、ぬけぬけと自宅完結型の仕事に従事している者も多く、偽善者よりもタチが悪い、ぬるま湯から出ることのない夢想家だ、と東京からの搬出を推進する論陣を張っていた。
 「こいつ、昔から、こんなこと言っているよ」と、一枚の画像に大騒ぎしている連中に教えてやり、案の定、「汚染水が漏れ出したそうですよ、どうするんですか?」「責任とって」「どうせまた逃げるんでしょ?」と彼のSNSアカウントに攻撃を始める。
 当人は気がついていないのか、反応はなかったが、彼の取り巻きたちが、「また出てきた」「暇だよな、お前たち」「キ○ガイ」と反撃する中に、「経済的な合理性で汚染物の搬出に賛同していただけで、管理の杜撰さは、単に行政の問題だろ」というコメントを見つけたので、自動ツールで「いいね」を五千ほど押すように命じる。うまい具合に転がって、短時間で二万近くの「いいね」が集まったところで、かつての時代の寵児は、「汚染水が漏れたというなら、やっぱり大都市より田舎で保管した方が正しかったじゃねーか。そんなのも分かんねーのかよ、この低能が」と書き込んだので、会社倒産時に自殺した社員の写真が投下されるが、運営側が対処したらしく、「この画像は利用規約に違反していますので表示することが出来ません」と次々と見られなくなるので、いっそう闘争心を煽ることとなり、水彩や油彩加工、イラスト化することで、どうにかしてAIフィルターをくぐり抜けようとし、それを見た取り巻きたちが、「この熱意、気持ち悪い」「病気」「キチ○イ」と書き込んだ。
 午後一時を過ぎて腹が減っていたが、ここが正念場だと固形の栄養食を頬張りながら作業を続ける。
 発端となった画像については、不自然な不鮮明さが争点となっている。アクセスが集中してつながらなくなってしまったN村のホームページには、保管施設についても紹介がされており、掲示板の有志によってデータが復元されたが、問題の画像が本物であると断定できる材料は見つからなかった。「やっぱりフェイクだ」と息巻くが、「テロの標的にもなるのに、全てを公開するわけがない」と言い張り、泥仕合が繰り広げる中で、仕掛けるまでもなく、「N村に知り合いがいるんだけど、水が漏れていることなんて、村民は全員知ってるって」というコメントが拾い上げられたが、直ぐに中年無職という経歴が判明し、双方から注目を失った。
 無名のユーザーによって「発掘」された巨大な写真が掲示板にあらわれ、告発に使われた画像は、そこから切り取られた一部であることが判明する。オリジナルには水漏れはなく、「やっぱり」「最初に見た瞬間、合成だって分かってた」「どっからどう見ても、おかしかった」と俄然勢いづくが、完勝まで押し切れなかったのは、元の画像にしても海外の汚染物保管施設を撮影したもので、N村と同じ会社が建てており、苦しいながらも「偶然だ」という言い訳が出来る余地が残っていた。
 ネットでの騒ぎをテレビ局が嗅ぎつけ、急遽テレビ電話にて村長が出演することに。司会者から「お忙しいところ、ありがとうございます」と言われて、村長は挨拶を返したようだが、高齢な上にひどい訛りで、自動字幕ですら対応できない複雑な言語は視聴者を驚かせたが、それをあざ笑っている暇はなく、「ネットでは偽物ではないか? という意見もあるようですが、こちらはN村の保管施設の写真なのでしょうか?」と問われて、今度は辛うじてコンピューターが聞き取れるレベルで、「水が漏れても、問題はない」と発言した。司会者から、「漏れてるんですか?」と問われても、「問題はないです、大丈夫です、安心して下さい」と、ギリギリの日本語で返すばかりだった。
 潮目が変わり、「それ見たことか」「漏れてないって、よく言えたよな」「あいつら、生きてて恥ずかしいとか思うのかな?」と勝鬨を上げようとしたが、汚染物処理一級の資格を有しているとプロフィール欄に記されているアカウントが、「多くの方が誤解し、恐怖を覚えているようなので、結論だけ書かせてもらいますが、汚染物の保管施設には二重三重のリスクヘッジが施されています。容器から水が漏れるようなことがあっても、大気や土壌が汚染されるようなことは決してありません」と記し、その証拠として、「確かめたんですが、大気中の数値は平常値ですよ」という呟きが引用された。
 「リトルトウキョウ在住で、どうしてN村の汚染値が分かるんだ?」という攻撃が殺到したので、それについては答えないで、「正直に言って僕も村長は嫌いです。でも、それとこれとは別です。正しい情報を多くの人に知ってもらう必要があると思います」「自分の故郷が汚染物の保管場所になっているのは、僕も納得していないです。マイノリティがマジョリティの犠牲にならなくては成立しない社会というのは間違っています」「いろいろ問題があるのは、僕も分かっています。でも、数値上では、N村とリトルトウキョウは同じです。人が住めないとか、健康に影響があるとか、そんなことは絶対にありません」「僕も外に出るまでは施設があることが当たり前で、疑問に思うようなことはありませんでした。でも、外から故郷を見て、初めて、これは異常なことなんだって気がついたんです」と連投する。
 「頭の中まで汚れているぜ」「よく言った」「あんな老人がトップって、恥ずかしくない?」「正しいことは正しい」「もう都庁の内定もらってんだろ」「あいつらキチ○イだから、気にするな」と、次々とぶら下がっていくコメントとは別に、大量のメッセージがダイレクトに送られて来る。賛成にしろ反対にしろ過激な語調であり胸焼けがするが、著名人やマスコミからの取材依頼も混じっていることがあるので、おろそかにはできない。「ベラベラ余計なことしゃべるんじゃない。両親が働けなくなっても、いいのか!」という短い文面をサラリと読み流してしまったが、しばらくしてから、過疎の村を出て、リトルトウキョウにてリアルで学べるエリートは、地元民なら直ぐに特定できるのだと気が付き、十円という底値で買った捨てアカウントであったが、いい仕事をしてくれたと感心する。

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